量的緩和競争の新局面
このところの世界経済の関心は米国経済回復の停滞と金融緩和の発動である(としだ・まさゆき氏松井証券)。実際このところの米国株式市場の1万1000ドル台回復は、11月のFOMC(連邦公開市場委員会)での金融緩和期待が織り込まれた結果と見られている。一方で、それは日銀の量的緩和決定直後の円安トレンドを打ち消し、15年来の円高を招いた。当時、私を海外に単身赴任させた円安レベルだ。違うのは新興国を含めた世界通貨安競争という側面があることだ。
今朝の日本経済新聞のトップ記事は主要先進国の中央銀行が競って量的緩和を実施し、資産内容の劣化する懸念を伝えた。GDP比中央銀行の資産残高は日銀が25.8%と異常に高いが、欧州銀行21.4%、英国17%、米国16%に急増した。だが、その資金は国内で消費されていないと。
リーマン・ショック後、各国政府は史上かつてない規模の金融危機対応と景気刺激策を実施したのが功を奏し、世界を崩壊の淵から救った。しかし、その対策コストはただではない、各国政府は一方で史上最大の借金を背負った。この規模の経済対策は持続性が無く、いつかは止めなければならない。今年春まで順調に回復していた経済は対策効果が薄れた夏場頃から停滞するようになり、新たな量的緩和が昨今のメインテーマになった。昨日バーナンキ連銀議長は追加緩和を強く示唆したと報じられた。
超過剰流動性は新興国に向かう
だが、一方でこの超金融緩和は史上初めてと思われる世界的な過剰流動性の時代を迎えたことを認識する必要がある。米国では金融緩和で溢れた資金がドル安を招き、コモディティ(金や石油など)や株式などのリスク資産に流れて価格上昇させ、「過剰流動性相場」になったと見做されている。最近のネットや新聞報道からこの「超」がつく金融緩和状態がもたらす影の部分について少し触れてみたい。この副作用も超がつく強烈なもので世界が再び振り回される恐れがある。
先ず世界でどれほどの規模のお金が動いているのか見てみる。2007年に新興国に流入した民間資金1兆2800億ドルはリーマン・ショック後激減したが、今年8250億ドルに拡大する見込み。新興国は自国通貨の上昇を抑える為に為替介入し、積み上がった外貨準備高は5兆100億になった。10年前の7.4倍の規模だ(10/10日本経済新聞)。先進国の金融緩和で溢れたマネーがあらゆる経路を通って新興国に向かうという構図である。特に問題なのがその過程で投機的な性格に変化したマネーだが、大元の資金源という点では我々一般人も深く関わっている。
日本マネーも新興国に向かう
資金流出の経路として、先ず日本企業の海外展開がある。自動車産業は新興国生産拡大の投資を増やし、生産の主力を海外に移す計画だ。ここに来て内需型サービス産業の新興国への進出が目立って増えていると報じられている。関連して日本企業の海外企業買収が急増し今年度上期は前年同期比54%増(1兆5300億円)えた。
民間企業年金は新興国企業の株式に投資する動きが既に広まっているが、来夏には「公的年金」も運用成績を上げるため新興国の株式へ投資する方針という。団塊世代の年金を確保する為には4%以上の運用成績が求められるからという。又、高利回りの外債投信に巨額の個人マネーが流入し、今年度上期の投信資金流入額が3.2兆円になった。この多くは新興国の通貨で運用されている。
中国不動産バブルは第2のサブプライムか
これに対して殆どの新興国は海外からのマネー流入を抑制しようと躍起になっているが、今までのところ効果は限定的だ。既に報じられているように、中国の不動産バブルは非常に危険な状態にある。北京の不動産価格は2003年の8倍になったが、驚くべきことに半分はリーマン・ショック後の2年間で上昇した。不動産価格が地方政府の財政を支える特有の構造問題が、当局の対応を及び腰にしているようだ。今朝の日経新聞によれば一旦は沈静化した中国主要70都市の不動産販売価格が9月に前年同期比9.1%上昇、元高を見込んだ投機資金が流入したと報じている。
この資産バブルが弾け中国の「サブプライム」になれば世界経済の牽引車から、二番底というより新たなチャイナ・ショックが世界経済を揺さぶる、誰もが怖くて正面切って言い出せない最悪シナリオだ。不動産バブルのソフトランディングは誇り高い中国政府の取り組み如何にかかっている。米国の不動産バブル時、私は祈るしかないと思ったが、今度も人差し指と中指をクロスするしかない。この時限爆弾を抱えて人民元の切り上げに慎重な中国政府の気持ちも分からないではない。
アジア危機や南米危機に比べれば今回新興国は格段に準備が出来ている。だが、量的緩和競争で益々だぶついた過剰マネーは先進国内で消化できず、水は低きに流れるが如く「高金利・高成長」の新興国へ流れ続け株式や不動産市場の高騰を生んでいる。世界は「先進国デフレ」と「新興国バブル」が共存する不安定な状況に入りつつあると同新聞は伝えている。リーマン・ショック以前と比べて勝るとも劣らないいびつな状態だ。
目をつぶれば正気を保てる?
このブログ記事は解決策を提案するといった不遜な目論見はない。ここで大局を失わないため参考にした日経Web版の記事の締め(8/11)を紹介する。「国家間の相互依存が高まり、マネーが国境を越えて瞬時に動く時代。何かをきっかけに市場関係者がパニックに陥ると、世界経済には火の粉が降りかかる。金融危機を乗り越えたかのように見える国際金融・資本市場だが、マネー動揺の震源地となりかねない「リスクのマグマ」は至る所でたまりつつある。」
主題に戻って、二番底回避のため冒頭に紹介したように再度の金融緩和が予定されており、「マグマ」は上記引用記事(日経Web8/11)の後更に大きくなりつつあるように感じる。そんな中、欧州中央銀行は7日政策金利を年1%に据え置き金融緩和に向かう姿勢を見せなかったのは、私にはある意味救いを感じた。目先の景気刺激策より財政再建を目指す姿勢は、選挙対策で景気刺激策を巡ってバタバタする日米と一線を画し落ち着きを感じさせた。選挙がドライブする景気対策に長期的視点を織り込めるだろうか。■