尖閣列島の領有権を巡る日中摩擦について、日本国民の反応が概して冷静だったのは何故かについて、私見を論じてみたい。私の印象では、2004年にアジアカップで日本が優勝した時の中国ファンの暴動に比べて、今回は日中両国民共に極めてクールな対応だった。
度を過ぎた中国の抗議
中国政府が矢継ぎ早に打ち出した露骨な日本制裁と日本批判は、日本とって見れば国際ルール無視の強圧的な振る舞いであった。レアアース輸出制限などは日本の代表的なハイテック企業に打撃を与え、船長釈放後も謝罪と賠償を求めるという一方的とも思える要求をした。
異常に冷静だった日本世論
これが一昔前なら、強引な中国と適切な対応が出来ない政府を非難する声が轟々と響き渡たり日本列島が熱くなったはずだ。だが、新聞・テレビが報じる世論の動きは、中国への反発より事件がもたらす経済的損失に視点を置いたものが多く、全体として異常なほどに冷静な反応だった。
冷静だった原因は
テレビ報道を見るに、一連の中国の対応に反発をしているのは、中高年のタカ派コメンテーターだった。だが、国民は何故これ程に冷静だったのか。その理由は、国民の変質として1)日本国民が政治的に成熟した、2)国民の高齢化が進んだ、3)若者が大人しくなったことが考えられる。1)と2)は関連している。年をとれば反発しても穏やかで実利を優先する、いわば成熟した世論を形成する。だが、3)若者の変化は別物だ。
若年世代の無意識下の反乱
かつてデモ行進などで日本の進路に影響を与えた二大勢力が変質した。70年代を代表する全共闘運動が終焉し学生運動が消滅、労働者も労使一体化が進み賃上げ闘争に変化し組合離れが起こった。そして政権交代後、与党化した。現代の若者はバブル崩壊後に育ち人達だ。見かけ上総じていえるのは、若年世代が大人しくなった。換言すると、若者が飼いならされて羊になった。
高齢者が社会保障制度を手厚くしろと政治力を発揮するのに、若者は高い失業率で苦しんでいる。雇用を求めて暴動が起こっても不思議でない状況で何も起こらないとしたら、南海の孤島の領有権に無関心なのは当然かもしれない。無意識下の若者の精一杯の反乱とでも言うべきだろうか。
或いは国民全員が自信喪失
もう一つはバブル崩壊後の20年の経済停滞で、今年中国のGDPは日本を追い越し、日本は諦め自信を失ったことが背景にある。ことにリーマンショック後、海外貿易に依存した経済回復の途上にある日本は、理由は何であれ中国を刺激しないように丸く治めたい気持ちの方が強い。筋を通すよりビジネス、つまり金のほうが大事だ。それが成熟したという言葉の本音だろうか。
だが、中国でも5年前の過激な反日デモとは様変わりした。報道ではデモは北京のみで100人前後の小規模だったという。むしろ首相や外交担当の報道官の方が過激で強圧的な発言を繰り返した。中国のことだから、これもまた政府の意図を反映していることは間違いない。全ては政府の管理下でコントロールしようという意図が透けて見える。
作られた日中摩擦の構造?
日本ではデモ行進等など国民が何も意思表示しなかったかといえば、実はそんなことは無かった。政府はコメントせず、新聞・テレビは何も報じなかった。しかしあるネットメディアによれば、渋谷で2600人が参加したデモ行進を海外のメディアは報じている。日本人も意思表示しているが、メインストリームは無視した。
政府にとっても、政府を批判するメディアにとっても、都合の悪い情報は無視されたわけだ。だが、海外ではCNNなどで写真つきで報じられたらしい。政府・メディア双方に国内世論をヒートアップさせない配慮があったのかも知れない。例えそれが望ましい結果を生んだとしても、我が国にも情報操作があるのかと思うと気持ちが悪い。■