木村晋介会長の回答は「藤井猛」だった。「藤井聡太じゃないよ、藤井猛のほうだよ」。
ちょっと私には意外だった。もっとタイトル戦の常連が出てくるのかと思ったのだ。「彼は解説がボソボソとした喋りで、諧謔的なところがあるよね。そこがいい。あと『藤井猛全集』ですか。あれも奧さんとの出会いの話なんか面白くて、上質のエッセイになってるよね」
なるほど、私も藤井九段の解説は好きなので、大いに頷くところはあった。
木村会長は「黒田節」を歌う。それが最後に「サンタルチア」で終わる、いつもの芸である。
最後は、豪華七連発小話である。7つ一気は初めてだ。私たちは「スチャラカチャンたらスチャラカチャン」とリズムを取る。
「まずは韓国の歌、行きます。スチャラカチャンたらスチャラカチャン、は~コリャコリャ(KOREA)」。
もはや殿堂入りの芸である。以下、中国、ロシア、北朝鮮、江の島、天国、赤ちゃんの話と続いた。私たちは心から笑ったが、これが私たちからの喜寿の祝いになっているのだと思った。
午後4時からは打ち上げ会である。テーブルを長細く繋げて、宴会場を作る。私の右には作家のA氏、左には白髪・短髪の年配の男性が座った。この方がどなただったか……。どこかで拝見しているはずだが、ハッキリしない。
みなに缶ビールとお弁当、お菓子が配られた。司会進行は久し振りの長田衛氏。まずは乾杯である。
私は左の年配氏にビールを注ぐ。このときはすでに、年配氏の正体を思い出していた。
それは桂扇生師匠で、あれは数年前、大久保駅近くの居酒屋で、師匠の落語を初めて聴いたのだ。木村会長プレゼンツの将棋&落語会で、湯川博士幹事を通じ、なぜか私が呼ばれた。
ゲスト女流棋士は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった、矢内理絵子現女流五段だった。扇生師匠の落語もよかったが、矢内女流五段の凄まじき美しさにクラクラしたのを憶えている。
60秒スピーチの時間となった。もちろん全員が述べるが、その順番は長田氏のハラひとつである。
長田氏「この前将棋の本を読んでいましたら、『○○歩打』という表記がありまして。これはおかしいですよねえ。『打』というのは、同じ駒がそこに行けるのと区別するために付けるわけでしょ? それを歩打にしたら、二歩じゃないですか」
言わんとしていることは分かるが、池田書店の「必勝大山名人シリーズ」は、駒を打つとき、必ずこの表記だった。
さて60秒スピーチは、みなうまいことコメントを述べる。やがて私が指名された。
「あ、あんたが大沢さん!?」
扇生師匠が頓狂な声を挙げる。私は苦笑いしつつ、話し始めた。
「木村先生、このたびは喜寿おめでとうございます。木村先生はむかしフジテレビの土曜日にやっていた『7人のHOTめだま』のパネラーをしておられました。先生がタレント弁護士のはしりだと思います。
木村先生とは社団戦にいっしょに出場しておりまして、今年の将棋ペンクラブはチーム7勝8敗でした。そのうち7敗が3-4でして、だいたい私と木村先生が負けるんですね。
だけど先生が時々勝つことがありまして、いまのはうまく指せた、とか仰るわけです。
でもそれは私ひとりに責任がかかってきちゃうんで、非常にマズイんですね。先生はあまり勝たれないようにお願いします」
木村会長を貶めてしまうので結構な「勝負手」だったが、どうだったか。
扇生師匠のスピーチである。「木村先生は多芸多才で、落語もうまい。『片棒』なんぞはアタシよりうまい……」
スピーチを聞きながら、みなは弁当をつまむ。これが恵子さんのお手製で、どれも美味いが、とくにお稲荷さんが絶品だ。
こうした食事を毎日摂れる湯川幹事は幸せだ。だけど本人はそれに気付いていないのだろう。
みなのスピーチが終わり、歓談の時間である。私は思い切って扇生師匠に話し掛けてみた。プロとアマの落語の違いは、声量の違いにある。プロは腹の底から声が出ている。アマがどんなに稽古をしても、プロの域には達しない……と、持論を述べた。
師匠が新ネタを仕入れるときは、弟子から教わるときもあるという。
「だけど教わってオワリ、というわけには行きませんわね。ちょっと食事でも行こうか、ということになる。それが高くついて……」
このあたり、南芳一九段や中原誠名人に挑む米長邦雄九段が、若手棋士に指南を乞うた状況とよく似ている。とにかく扇生師匠が面白おかしく話すので、新作マクラをライブで聞いている気になった。
そこに、酒が入って半分酔っぱらっている湯川幹事が来た。
「扇生さん、あんた仮にもプロとあろう者が、片棒はオレよりうまい、なんて言わないでよ」
湯川幹事のマジな口調に、扇生師匠も戸惑い気味だ。
「いや、本当にうまいんだからしょうがないじゃない」
まあ、本気を出したらプロがうまいに決まっているが、木村会長の片棒も確かにうまいのだ。和光市の「大いちょう寄席」で聞いた片棒は絶品だった。ここは木村会長の喜寿の祝いの場でもあるし、そこをリップサービスで……とも思えるが、それを認めないのが、湯川イズムともいえた。
楽しい宴会もお開きの時間である。最後は湯川幹事の音頭で、三本締めとなった。将棋ペンクラブはこれが好きなのである。
「パパパン、パパパン、パパパン、パン!×3」
おあとがよろしかった。
私は自身のスピーチが気になったので、木村会長に改めて挨拶に赴いた。
幸い木村会長は気分を害していなかったようで、とりあえずホッとした。
木村会長、これからも元気で、将棋を楽しんでください。
(おわり)
ちょっと私には意外だった。もっとタイトル戦の常連が出てくるのかと思ったのだ。「彼は解説がボソボソとした喋りで、諧謔的なところがあるよね。そこがいい。あと『藤井猛全集』ですか。あれも奧さんとの出会いの話なんか面白くて、上質のエッセイになってるよね」
なるほど、私も藤井九段の解説は好きなので、大いに頷くところはあった。
木村会長は「黒田節」を歌う。それが最後に「サンタルチア」で終わる、いつもの芸である。
最後は、豪華七連発小話である。7つ一気は初めてだ。私たちは「スチャラカチャンたらスチャラカチャン」とリズムを取る。
「まずは韓国の歌、行きます。スチャラカチャンたらスチャラカチャン、は~コリャコリャ(KOREA)」。
もはや殿堂入りの芸である。以下、中国、ロシア、北朝鮮、江の島、天国、赤ちゃんの話と続いた。私たちは心から笑ったが、これが私たちからの喜寿の祝いになっているのだと思った。
午後4時からは打ち上げ会である。テーブルを長細く繋げて、宴会場を作る。私の右には作家のA氏、左には白髪・短髪の年配の男性が座った。この方がどなただったか……。どこかで拝見しているはずだが、ハッキリしない。
みなに缶ビールとお弁当、お菓子が配られた。司会進行は久し振りの長田衛氏。まずは乾杯である。
私は左の年配氏にビールを注ぐ。このときはすでに、年配氏の正体を思い出していた。
それは桂扇生師匠で、あれは数年前、大久保駅近くの居酒屋で、師匠の落語を初めて聴いたのだ。木村会長プレゼンツの将棋&落語会で、湯川博士幹事を通じ、なぜか私が呼ばれた。
ゲスト女流棋士は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった、矢内理絵子現女流五段だった。扇生師匠の落語もよかったが、矢内女流五段の凄まじき美しさにクラクラしたのを憶えている。
60秒スピーチの時間となった。もちろん全員が述べるが、その順番は長田氏のハラひとつである。
長田氏「この前将棋の本を読んでいましたら、『○○歩打』という表記がありまして。これはおかしいですよねえ。『打』というのは、同じ駒がそこに行けるのと区別するために付けるわけでしょ? それを歩打にしたら、二歩じゃないですか」
言わんとしていることは分かるが、池田書店の「必勝大山名人シリーズ」は、駒を打つとき、必ずこの表記だった。
さて60秒スピーチは、みなうまいことコメントを述べる。やがて私が指名された。
「あ、あんたが大沢さん!?」
扇生師匠が頓狂な声を挙げる。私は苦笑いしつつ、話し始めた。
「木村先生、このたびは喜寿おめでとうございます。木村先生はむかしフジテレビの土曜日にやっていた『7人のHOTめだま』のパネラーをしておられました。先生がタレント弁護士のはしりだと思います。
木村先生とは社団戦にいっしょに出場しておりまして、今年の将棋ペンクラブはチーム7勝8敗でした。そのうち7敗が3-4でして、だいたい私と木村先生が負けるんですね。
だけど先生が時々勝つことがありまして、いまのはうまく指せた、とか仰るわけです。
でもそれは私ひとりに責任がかかってきちゃうんで、非常にマズイんですね。先生はあまり勝たれないようにお願いします」
木村会長を貶めてしまうので結構な「勝負手」だったが、どうだったか。
扇生師匠のスピーチである。「木村先生は多芸多才で、落語もうまい。『片棒』なんぞはアタシよりうまい……」
スピーチを聞きながら、みなは弁当をつまむ。これが恵子さんのお手製で、どれも美味いが、とくにお稲荷さんが絶品だ。
こうした食事を毎日摂れる湯川幹事は幸せだ。だけど本人はそれに気付いていないのだろう。
みなのスピーチが終わり、歓談の時間である。私は思い切って扇生師匠に話し掛けてみた。プロとアマの落語の違いは、声量の違いにある。プロは腹の底から声が出ている。アマがどんなに稽古をしても、プロの域には達しない……と、持論を述べた。
師匠が新ネタを仕入れるときは、弟子から教わるときもあるという。
「だけど教わってオワリ、というわけには行きませんわね。ちょっと食事でも行こうか、ということになる。それが高くついて……」
このあたり、南芳一九段や中原誠名人に挑む米長邦雄九段が、若手棋士に指南を乞うた状況とよく似ている。とにかく扇生師匠が面白おかしく話すので、新作マクラをライブで聞いている気になった。
そこに、酒が入って半分酔っぱらっている湯川幹事が来た。
「扇生さん、あんた仮にもプロとあろう者が、片棒はオレよりうまい、なんて言わないでよ」
湯川幹事のマジな口調に、扇生師匠も戸惑い気味だ。
「いや、本当にうまいんだからしょうがないじゃない」
まあ、本気を出したらプロがうまいに決まっているが、木村会長の片棒も確かにうまいのだ。和光市の「大いちょう寄席」で聞いた片棒は絶品だった。ここは木村会長の喜寿の祝いの場でもあるし、そこをリップサービスで……とも思えるが、それを認めないのが、湯川イズムともいえた。
楽しい宴会もお開きの時間である。最後は湯川幹事の音頭で、三本締めとなった。将棋ペンクラブはこれが好きなのである。
「パパパン、パパパン、パパパン、パン!×3」
おあとがよろしかった。
私は自身のスピーチが気になったので、木村会長に改めて挨拶に赴いた。
幸い木村会長は気分を害していなかったようで、とりあえずホッとした。
木村会長、これからも元気で、将棋を楽しんでください。
(おわり)