おれたちが子供の頃は
運動会と言えば乾いた土のグラウンドであった
ところで今日は中学校の競技会
競技場はオープンしたばかりの町自慢の全天候型
競技場だ
中学3年になったおれは100mの選手で
記録は12秒1(なぜ66才のおっさんが中学生でここに居るかは知らない)
直線トラックの端でクラウチングスタートのしぐさでかがんでみた
尻を持ち上げて、顔を上げキッとはるか前方を睨む
10mほど前に正式なスタートラインがあって
そこにはこれから走る女子が数名動いていた
その中に、ひときは足長すらりのエミーが
髪をポニーテールに結び、さっそうと闘いに挑むかっこよさ
どうにもエミーにはかなわない
勝てそうでかてない
エミーは100mを11秒台くらい出なければおれに勝てない
だが何度走ってもおれは負ける
エミーの公式記録は2年の時、12秒5だったと思う
負けるわけがないのになぜか負けてしまう
エミーのすらりとした姿態が示すように走り高跳びの記録もかなりのものだ
そのエミーが10m先でスタートの準備をしているのを見たとき
同じように四つん這いになっていたおれは急に力が抜けた
いや・・・力ではなく気持ちが抜けてしまった
急にやる気が無くなったというか、尻の力がす~っと抜けて
スローモーションで最新式の全天候型トラックの樹脂のうえにへたり込んだのだ
つぶれた蛙みたいに、ぺたーっと樹脂面に張り付いていた
顔から胸腰、つまさきまでのしイカのように平になり重力に押しつぶされた
ところが気分と来たら快感としか言いようが無く
それはエミーに完全に無条件降伏した快感であった
負けを認める幸せを感じたのは人生で初めてだった
おれを医務室に運ぶタンカの中で、おれは最高の喜びを感じていた