○NHK取材班『NHKスペシャル:グーグル革命の衝撃』 NHK出版 2007.5
NHKスペシャル『グーグル革命の衝撃-検索があなたの人生を変える』は、2007年1月21日に放送された。あまり熱心なテレビ視聴者ではない私は、翌日、職場の上司に「見た?」と話題を振られるまで、そんな番組が放映されたことも知らなかった。本書は、当時の放送内容(たぶん)を基礎に、その後(本年2~4月)の最新情報を付加して、まとめられたものである。
企業としてのグーグルの歴史と実態は、所詮、自分には無関係なものと思って読む限り、お伽話のようで興味深い。年に1度のパーティ(グーグルダンス)、「エンジニアの楽園」と呼ばれる職場環境、社員の夢の書かれたホワイトボード。創業者「ラリー・ペイジ」のネームプレートが残るスタンフォード大学の研究室、最初のオフィスとなったメンローパークの住宅街のガレージ、消費電力と放熱がネックだったと初期のビジネス、等々。
グーグルが我々にもたらしたものは様々である。検索順位をめぐる争いは、今や企業の命運を制するもので、その駆け引きは凄まじい。その一方、2001年に仕掛けられた「グーグル爆弾(ボム)」のエピソードには笑ってしまった。検索順位って、こんな単純なことで操作できるんだなあ。しかし私は、逆説的だが、容易に操作され得るところに、却ってグーグルの検索順位の数学的信頼性(ヘンに思想的・政治的な加工がされていない)を感じた。現在は「対策」が取られているそうで、むしろこっちのほうに私は警戒感を抱いてしまう。
検索履歴を通じて個人情報が収集されることには、私は、今のところ、あまり危惧を感じていない。私はログインしてグーグルを使っているのだが、グーグルの「おすすめニュース」は一向に私の趣味に合ってこない。私が関心を持っている主題と、グーグルを使用する主題に微妙なズレがあるからか。「グーグルに全てを委ねるのか」という問題設定は、まだちょっと気が早いように思う。グーグル、もうちょっとパーソナライズ頑張れよ、と言いたい。
驚いたのは、アメリカの大学生・専門学校生の多くが、情報源の客観性を判断することや、検索結果を絞り込むことができない、という調査結果である。また、大学院生になっても、検索エンジンしか使えない(調査研究用のデータベースで調べる方法を知らない)という事例も報告されている。楽に流れるのは人間の習いではあるが、これは危うすぎる。こういう若者が、アメリカの政権を選び、その結果が世界に覇権を及ぼすのかと思うと、真面目に背筋の凍る話である。
図書館の蔵書を電子化するプロジェクト「グーグル・ブックサーチ」については短く触れられていただけだが、将来に対する影響は大きいと思う。英語圏の書物が全て電子化され、自在に検索できるようになったら、「知識のインフラという意味では、日本語と英語の間に格段の差が開く」という野口悠紀雄氏のコメントが印象的だった。ただ、「英語でなければおよそ知的な作業ができなくなってしまう」とまで言われると、過去の文献を全文検索できなければ、知的な作業はできないのか?という疑問を感じたが。
NHKスペシャル『グーグル革命の衝撃-検索があなたの人生を変える』は、2007年1月21日に放送された。あまり熱心なテレビ視聴者ではない私は、翌日、職場の上司に「見た?」と話題を振られるまで、そんな番組が放映されたことも知らなかった。本書は、当時の放送内容(たぶん)を基礎に、その後(本年2~4月)の最新情報を付加して、まとめられたものである。
企業としてのグーグルの歴史と実態は、所詮、自分には無関係なものと思って読む限り、お伽話のようで興味深い。年に1度のパーティ(グーグルダンス)、「エンジニアの楽園」と呼ばれる職場環境、社員の夢の書かれたホワイトボード。創業者「ラリー・ペイジ」のネームプレートが残るスタンフォード大学の研究室、最初のオフィスとなったメンローパークの住宅街のガレージ、消費電力と放熱がネックだったと初期のビジネス、等々。
グーグルが我々にもたらしたものは様々である。検索順位をめぐる争いは、今や企業の命運を制するもので、その駆け引きは凄まじい。その一方、2001年に仕掛けられた「グーグル爆弾(ボム)」のエピソードには笑ってしまった。検索順位って、こんな単純なことで操作できるんだなあ。しかし私は、逆説的だが、容易に操作され得るところに、却ってグーグルの検索順位の数学的信頼性(ヘンに思想的・政治的な加工がされていない)を感じた。現在は「対策」が取られているそうで、むしろこっちのほうに私は警戒感を抱いてしまう。
検索履歴を通じて個人情報が収集されることには、私は、今のところ、あまり危惧を感じていない。私はログインしてグーグルを使っているのだが、グーグルの「おすすめニュース」は一向に私の趣味に合ってこない。私が関心を持っている主題と、グーグルを使用する主題に微妙なズレがあるからか。「グーグルに全てを委ねるのか」という問題設定は、まだちょっと気が早いように思う。グーグル、もうちょっとパーソナライズ頑張れよ、と言いたい。
驚いたのは、アメリカの大学生・専門学校生の多くが、情報源の客観性を判断することや、検索結果を絞り込むことができない、という調査結果である。また、大学院生になっても、検索エンジンしか使えない(調査研究用のデータベースで調べる方法を知らない)という事例も報告されている。楽に流れるのは人間の習いではあるが、これは危うすぎる。こういう若者が、アメリカの政権を選び、その結果が世界に覇権を及ぼすのかと思うと、真面目に背筋の凍る話である。
図書館の蔵書を電子化するプロジェクト「グーグル・ブックサーチ」については短く触れられていただけだが、将来に対する影響は大きいと思う。英語圏の書物が全て電子化され、自在に検索できるようになったら、「知識のインフラという意味では、日本語と英語の間に格段の差が開く」という野口悠紀雄氏のコメントが印象的だった。ただ、「英語でなければおよそ知的な作業ができなくなってしまう」とまで言われると、過去の文献を全文検索できなければ、知的な作業はできないのか?という疑問を感じたが。