○玄田有史『希望のつくり方』(岩波新書) 岩波書店 2010.10
2005年、著者の勤務する東京大学社会科学研究所が「希望学」というプロジェクトを始めると聞いたときは、正直、ええ~と思って引いてしまった。新興宗教じゃあるまいし。以来、このプロジェクトの成果(叢書『希望学』全4巻が出ている)には、なるべく用心して触らないようにしてきた。
しかし、本書の冒頭で「希望学の正式名称は『希望の社会学』です」と述べているのを読んで、疑いを解いた。個人の心の持ちようとして希望を考えるのではなく(それは哲学あるいは心理学では学問の範疇に入るのかもしれないが、限りなく宗教に近い)、希望と社会の関係を発見しようとしてきたという。よかった。それでこそ社研である。
大学のプロジェクト研究というのは、さまざまな専門をバックグラウンドにした研究者たちが、わいわいと活気ある意見交換をしながら進んでいく。そのプロセスが、本書からは垣間見えるようで面白い。
たとえば「希望とは何か」という問いに対して、はじめに社会思想研究者のスウェッドバーグさんは「Hope is a Wish for Something to Come True」という定義を示した。すると、行動を大切にする比較法社会論の広渡清吾さんが、「by Action」を付け加えることを提案する。さらに、希望を社会のものとするために、教育学者の門脇厚司さんは「with Others」を加えてはどうかとアドバイスする。著者は、なるほどと納得しながら、お互いを尊重するという意味で「Each Other」でもいいな、と考える。
名前は示されていないが「情報検索システムを開発している研究者の方」に、曖昧検索という手法を用いて、過去の新聞記事の中から「希望」と関連の深い言葉を検索してもらったという話も興味深かった。最初に現れたのは、意外にも「水俣」という言葉だったという。これに関する著者の分析は本書の記述に譲りたい。
大学の先生というのは、引きこもって本ばかり読んでいたり、ライバルを排除して独占的な発明・発見を目指す職業ではなくて(そういう側面もあるだろうけど)、こんなふうに対話を重ねて、共同知を形作っていく職業なんだなあ、ということがよく分かり、新鮮で面白かった。
著者と若い世代(中学生や高校生)の対話、地域で希望の再生に取り組む釜石の人々の話、著者自身の(大学教師になりたての頃の)失敗体験など、具体的なエピソードが率直に語られていて、読み飽きない。
自分の人生に希望がほしいと思っている人にも、自分の人生はいいとして、地域や社会全体にもう少し希望をつくりたいと思っている人にも、保証された特効薬ではないが、暖かい読後感を与えてくれる1冊である。でも、若いうちから(結果的に)こんな人生指南めいたものを書いてしまって、著者はこのあと大丈夫なんだろうか、と少し心配でもある。
2005年、著者の勤務する東京大学社会科学研究所が「希望学」というプロジェクトを始めると聞いたときは、正直、ええ~と思って引いてしまった。新興宗教じゃあるまいし。以来、このプロジェクトの成果(叢書『希望学』全4巻が出ている)には、なるべく用心して触らないようにしてきた。
しかし、本書の冒頭で「希望学の正式名称は『希望の社会学』です」と述べているのを読んで、疑いを解いた。個人の心の持ちようとして希望を考えるのではなく(それは哲学あるいは心理学では学問の範疇に入るのかもしれないが、限りなく宗教に近い)、希望と社会の関係を発見しようとしてきたという。よかった。それでこそ社研である。
大学のプロジェクト研究というのは、さまざまな専門をバックグラウンドにした研究者たちが、わいわいと活気ある意見交換をしながら進んでいく。そのプロセスが、本書からは垣間見えるようで面白い。
たとえば「希望とは何か」という問いに対して、はじめに社会思想研究者のスウェッドバーグさんは「Hope is a Wish for Something to Come True」という定義を示した。すると、行動を大切にする比較法社会論の広渡清吾さんが、「by Action」を付け加えることを提案する。さらに、希望を社会のものとするために、教育学者の門脇厚司さんは「with Others」を加えてはどうかとアドバイスする。著者は、なるほどと納得しながら、お互いを尊重するという意味で「Each Other」でもいいな、と考える。
名前は示されていないが「情報検索システムを開発している研究者の方」に、曖昧検索という手法を用いて、過去の新聞記事の中から「希望」と関連の深い言葉を検索してもらったという話も興味深かった。最初に現れたのは、意外にも「水俣」という言葉だったという。これに関する著者の分析は本書の記述に譲りたい。
大学の先生というのは、引きこもって本ばかり読んでいたり、ライバルを排除して独占的な発明・発見を目指す職業ではなくて(そういう側面もあるだろうけど)、こんなふうに対話を重ねて、共同知を形作っていく職業なんだなあ、ということがよく分かり、新鮮で面白かった。
著者と若い世代(中学生や高校生)の対話、地域で希望の再生に取り組む釜石の人々の話、著者自身の(大学教師になりたての頃の)失敗体験など、具体的なエピソードが率直に語られていて、読み飽きない。
自分の人生に希望がほしいと思っている人にも、自分の人生はいいとして、地域や社会全体にもう少し希望をつくりたいと思っている人にも、保証された特効薬ではないが、暖かい読後感を与えてくれる1冊である。でも、若いうちから(結果的に)こんな人生指南めいたものを書いてしまって、著者はこのあと大丈夫なんだろうか、と少し心配でもある。