○黒川古文化研究所 第106回展観『中国の花鳥画-彩りに込めた思い-』(2011年10月15日~11月13日)
関西展覧会めぐり小旅行の〆めは、迷った末に此処にした。今年の春に続いて、2度目の訪問。展示室に入って、あ、春よりずっといい、と感じた。やっぱり山水画よりも、明るく華やかな花鳥画のほうが、日本人の遺伝子が騒ぐのである。
展示は、絵画より前に、銅鏡や玉製品、磁器などの文様に表された花鳥の意匠から入る構成。昨年、奈良県美で行われた『花鳥画』展を思い出す。『羽状文地四獣文鏡』のシッポの長いクマとか、『「日光」禽獣鏡』のゾウ、シカ、サル(?)とか、可愛いな~。こういうモチーフが、正倉院の工芸品に流れていったのかな~と考える。
絵画は明清ものが中心だが、その前史が簡潔にまとめられていた。花鳥画(花卉画)の画法は、五代十国時代に「輪郭線の内部を彩色する鉤勒填彩(こうろくてんさい)」と、「輪郭線を描かず色彩の濃淡で表現する没骨(もっこつ)」が作られ、前者は職人、後者は文人の画法とされた。…これ、一生懸命メモしてきたのだが、いまネットで検索すると、ほとんど同じことを書いている書籍がヒットする。中国絵画史としては基礎中の基礎なのだろう。
明代。前期の画家・辺文進の花鳥図は、空間が平板だが、中期の呂紀は、浙派の山水樹表現に学び、空間の厚みを取り入れた。本展に呂紀の作品は出ていないが、同時代の陳箴『鳥花山水図』や紀鎮『春苑遊狗図』を見ると、なるほど空間の奥行きを感じる。前者は、高い山嶺を背景に群れ飛ぶスズメ。後者は、桜の木の下でじゃれあう2匹の仔犬と見つめる母犬(?)を描く。母犬の渦巻くシッポがかわいいが、ツメが長くて、小熊のように獰猛そうでもある。
清代。日本美術に大きな影響を与えた画家に沈南蘋がいるが、本展には、その師匠である胡湄の『花鳥図』も出ている。胡湄は、明中期の呂紀と清中期の沈南蘋をつなぐ重要なキーパーソンであるらしい。ただし、沈南蘋は、呂紀系の花鳥画に学ぶとともに、李郭派などに淵源を持つ華北山水画系の皴法(しゅんぽう)を取り入れ、鉤勒填彩に加え、文人花卉図的な没骨法を併用した。これは、明末以降の南宗画(北宋画)重視の傾向にのっとったもので、沈南蘋の作品には「北宋人に倣う」という款記が多い。うん、言われてみれば、そうだ。以上は会場の解説から。私の誤認があるかもしれないが、複雑な中国美術史の大筋が頭に入るまとめかたで、ありがたかった。
沈南蘋の『花鳥図』は、柘榴の木に集まる小鳥(文鳥?)、薔薇、露草、萱草、タンポポ、そしてオシドリを描く。縮れて絡まる細い葉、棘のある茎など、いくぶんマニエリスティックな印象。もう1点『梅花山茶游鴨図』には水面下に頭を潜らせた鴨、沈南蘋の甥にあたる沈天驤の『蘆雁図』には、真っ逆様に急降下する鴨が描かれており、若冲作品を思い出す人も多いと思う。
会場には、このあと、江戸絵画(あまり有名画家はいない)が展示されている。会場の解説によれば、中国から日本絵画への影響の波は三度あるそうだ。(1)隋唐→奈良・平安/(2)宋元明→室町:カクカクした線、斧劈皴(ふへきしゅん)が特徴。→雪舟、狩野派/(3)明清→江戸:没骨、隈取りによる遠近感、雲紋皴が特徴。これも分かりやすかった。中国絵画史が頭に入ると、日本絵画の見かたも、深くなってくるような気がする。
清朝の花卉図(揚州八怪といわれる、親しみやすい花卉図を描いた李鱓とか陳撰とか)も好きだ。水彩画タッチが抒情的。家庭用のデジタルフォトフレームを使って、図冊の中から複数作品を見せる工夫がされていて、ありがたかった。詳しい解説は、全て「ワープロ貼り紙」で、凝った演出は全くしていないのだが、研究所を名乗るだけあって、美術好きには気持ちのいい展覧会だったと思う。今回から始めたという、拡大鏡の無料貸出もGood Job! 辺文進描く鶴とか、沈南蘋のオシドリとか、鳥の羽根の描写はすごい。肉眼とは全く違う絵画の世界が開けてくる。この「腕の振るいどころ」があるから、画家たちは花鳥画、なかでも鳥を描き続けたんだな、と感じられる。
今週末は、公開研究会ですね。行かれる方は、どうぞ楽しんでください!
関西展覧会めぐり小旅行の〆めは、迷った末に此処にした。今年の春に続いて、2度目の訪問。展示室に入って、あ、春よりずっといい、と感じた。やっぱり山水画よりも、明るく華やかな花鳥画のほうが、日本人の遺伝子が騒ぐのである。
展示は、絵画より前に、銅鏡や玉製品、磁器などの文様に表された花鳥の意匠から入る構成。昨年、奈良県美で行われた『花鳥画』展を思い出す。『羽状文地四獣文鏡』のシッポの長いクマとか、『「日光」禽獣鏡』のゾウ、シカ、サル(?)とか、可愛いな~。こういうモチーフが、正倉院の工芸品に流れていったのかな~と考える。
絵画は明清ものが中心だが、その前史が簡潔にまとめられていた。花鳥画(花卉画)の画法は、五代十国時代に「輪郭線の内部を彩色する鉤勒填彩(こうろくてんさい)」と、「輪郭線を描かず色彩の濃淡で表現する没骨(もっこつ)」が作られ、前者は職人、後者は文人の画法とされた。…これ、一生懸命メモしてきたのだが、いまネットで検索すると、ほとんど同じことを書いている書籍がヒットする。中国絵画史としては基礎中の基礎なのだろう。
明代。前期の画家・辺文進の花鳥図は、空間が平板だが、中期の呂紀は、浙派の山水樹表現に学び、空間の厚みを取り入れた。本展に呂紀の作品は出ていないが、同時代の陳箴『鳥花山水図』や紀鎮『春苑遊狗図』を見ると、なるほど空間の奥行きを感じる。前者は、高い山嶺を背景に群れ飛ぶスズメ。後者は、桜の木の下でじゃれあう2匹の仔犬と見つめる母犬(?)を描く。母犬の渦巻くシッポがかわいいが、ツメが長くて、小熊のように獰猛そうでもある。
清代。日本美術に大きな影響を与えた画家に沈南蘋がいるが、本展には、その師匠である胡湄の『花鳥図』も出ている。胡湄は、明中期の呂紀と清中期の沈南蘋をつなぐ重要なキーパーソンであるらしい。ただし、沈南蘋は、呂紀系の花鳥画に学ぶとともに、李郭派などに淵源を持つ華北山水画系の皴法(しゅんぽう)を取り入れ、鉤勒填彩に加え、文人花卉図的な没骨法を併用した。これは、明末以降の南宗画(北宋画)重視の傾向にのっとったもので、沈南蘋の作品には「北宋人に倣う」という款記が多い。うん、言われてみれば、そうだ。以上は会場の解説から。私の誤認があるかもしれないが、複雑な中国美術史の大筋が頭に入るまとめかたで、ありがたかった。
沈南蘋の『花鳥図』は、柘榴の木に集まる小鳥(文鳥?)、薔薇、露草、萱草、タンポポ、そしてオシドリを描く。縮れて絡まる細い葉、棘のある茎など、いくぶんマニエリスティックな印象。もう1点『梅花山茶游鴨図』には水面下に頭を潜らせた鴨、沈南蘋の甥にあたる沈天驤の『蘆雁図』には、真っ逆様に急降下する鴨が描かれており、若冲作品を思い出す人も多いと思う。
会場には、このあと、江戸絵画(あまり有名画家はいない)が展示されている。会場の解説によれば、中国から日本絵画への影響の波は三度あるそうだ。(1)隋唐→奈良・平安/(2)宋元明→室町:カクカクした線、斧劈皴(ふへきしゅん)が特徴。→雪舟、狩野派/(3)明清→江戸:没骨、隈取りによる遠近感、雲紋皴が特徴。これも分かりやすかった。中国絵画史が頭に入ると、日本絵画の見かたも、深くなってくるような気がする。
清朝の花卉図(揚州八怪といわれる、親しみやすい花卉図を描いた李鱓とか陳撰とか)も好きだ。水彩画タッチが抒情的。家庭用のデジタルフォトフレームを使って、図冊の中から複数作品を見せる工夫がされていて、ありがたかった。詳しい解説は、全て「ワープロ貼り紙」で、凝った演出は全くしていないのだが、研究所を名乗るだけあって、美術好きには気持ちのいい展覧会だったと思う。今回から始めたという、拡大鏡の無料貸出もGood Job! 辺文進描く鶴とか、沈南蘋のオシドリとか、鳥の羽根の描写はすごい。肉眼とは全く違う絵画の世界が開けてくる。この「腕の振るいどころ」があるから、画家たちは花鳥画、なかでも鳥を描き続けたんだな、と感じられる。
今週末は、公開研究会ですね。行かれる方は、どうぞ楽しんでください!