見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

壮大な冗談/万里の長城は月から見えるの?(武田雅哉)

2011-11-12 21:37:44 | 読んだもの(書籍)
○武田雅哉『万里の長城は月から見えるの?』 講談社 2011.10

 万里の長城は、月から見える唯一の建築物である。――確かに私はこの言いまわしを、どこかで聞いたことがある。テレビのナレーションだったか、書物の上だったか、それとも中国旅行で出会ったガイドさんの発言だったかもしれない。無論、科学的にはありえないと思ったし、今でも思っているが、向こうも用心深く「…と言われています」と表現しているものを、まっこうから否定するのも大人気ないので、鷹揚に笑って済ませたような気がする。

 それを、よせばいいのに、とことん追究してみたのが本書である。まず、「月から(あるいは宇宙から)見える長城」という伝説は、伝統的な中華思想(中国=最高の価値という思想)の持ち主である中国人が作り出したのかと思ったら、そうではなくて、むしろヨーロッパ人が中国について書いた初期の文献に散見される、というのが面白かった。

 16世紀のポルトガル人宣教師による報告が、長城の存在を西洋に伝えた最古の一例だという。早いか遅いか…意外と遅い感じがした(ちなみに日本人はいつから知っているんだろう?)。その後、18世紀半ば、イギリス人の古代遺跡研究者、ウィリアム・ステュークリ(William Stukeley)が「(長城は)月から見分けることができるかもしれません」と書いたのが早い例で、19世紀末のヨーロッパのジャーナリストは「月から見ることのできる地球上で唯一の人間の手になる建造物であるという評判をも享受している」と書いているので、すでに伝説が人口に膾炙していたことが分かる。

 そして、20世紀初頭には、我らが岡倉天心も「月から見えるほどの長さをもつ地球上唯一の建造物といわれる」と書いている。一方で『ニュー・サイエンティスト』などの科学雑誌では、啓蒙的な科学者が、この伝説を否定する啓蒙記事を何度か書いている。しかし、「月から見える」という伝説は、「…と言われる」「…という評判がある」等の曖昧表現を伴いつつ、何度も繰り返し言及され続けた。要するに、人類は、民族や国籍を問わず、この種の壮大なホラ話が大好きなんだと思う。

 人類が実際に月に到達するようになっても、伝説は終わらない。ここでも、西洋人の宇宙飛行士がリップサービスで「見えた」と言ってしまったこともあるのに対し、2003年、中国人宇宙飛行士の楊利偉は、正直に「長城は見えなかった」と発言して、大紛糾を引き起こしたというのが可笑しい。中国では、小学生の教科書に「長城のレンガ」という読み物が使われており(近代的なビルディングをうらやましいと思っていた長城のレンガが、月から見える偉大な建築の一部だと知って自信を取り戻す、なかなか愛国的な教材)、その是非をめぐって、議論が起きたという。まあ読み物なんだし…月にウサギがいてもいいのと同じくらい、いいんじゃないの?と私は思う。

 それより苦笑を禁じ得ないのは、「見えぬなら、見せてしまえ」的な中国人の発想。著者も最後に書いているように、中国人の心の拠りどころである長城(日本人にとっての富士山みたいなものか)は、今後、ますます長く、立派に"復元"されていくに違いない。さらには強力な電飾を施され、いつか本当に月から見える長城に大改造されるのではなかろうか。うん、それでこそ中国(笑)という気がする。
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2011秋の展覧会など拾遺

2011-11-12 11:45:18 | 行ったもの(美術館・見仏)
仕事が押したり、関西に出かけたりしていて、このところレポートを書いていない「行ったもの」拾遺。

■板橋区立美術館 江戸文化シリーズNo.27『実況中継EDO』(2011年9月3日~10月10日)

 9月19日に榊原悟先生の講演会を聴きに行って、展覧会のレポートはまた別稿、と思っていたら、書き逃した。宮内庁三の丸尚蔵館所蔵の応挙筆『群獣図屏風』が初見で、インパクトがあった。応挙の動物画のコラージュみたいで、あまり全体の構成とか考えていないのではないかと思われるのだが、その寄せ集め感が、かえって面白かった。東博の博物画コレクションは大好きなので、あらためて「美術」として展示されている図は、なんか勝手に面映ゆい感じがした。

■日本橋高島屋 『大和の尼寺 三門跡寺院の美と文化展』(2011年10月19日~11月1日)

 法華寺、中宮寺、円照寺の歴史と儀礼、尼僧の修行生活を紹介する展覧会。近世~近現代の工芸品が中心だが、中には室町・鎌倉に遡るものもあった。小袖を裂いて仕立てたという中宮寺の幡(ばん)や打敷、円照寺の春日神鹿厨子が愛らしかった。円照寺の文秀女王御作という『男子一代出世競べ双六』は、四隅から官・農・工・商のいずれかを選んでスタートするもの。時代を写していて、面白い。

■浄土宗大本山 増上寺 『三解脱門』一般公開(2011年9月17日~11月30日)

 戦後初の一般公開。楼上には釈迦三尊像、十六羅漢像および歴代上人像が安置されている。十六羅漢像は玉眼、色鮮やか。動物はいない。羅漢のステレオタイプにならず、個性を描き(造り)分けている。第十六尊者の注荼半諾迦(ちゅだはんたか)だけ、達磨ふうに赤い頭巾をかぶる。歴代上人像31体は、3~40世(欠落あり)の法主に定められている。小さな像だが、これもぶつぶつ喋り出しそうな人間味がある。

■東京国立博物館・本館特別2室 特集陳列『板谷家の絵画とその下絵』(2011年10月25日~12月4日)

 住吉家から分立し、江戸中期に幕府の御用絵師に加わった板谷(いたや)家を紹介する。東博は、2010年3月、板谷家最後のご当主から、絵画・歴史資料1万点を寄贈いただき、現在整理中であるとのこと。いや~博物館の展示の裏で行われている整理や鑑定作業って大変なんだろうなあ、と思う。今後に期待。

■東京国立博物館・本館特別1室 『中国書画精華』(前期:2011年10月18日~11月13日)

 久しぶりに、伝・毛松筆『猿図』を見た。東博のサイトにある短い説明「単なる写実を越えたすぐれた表現」に同感。「中国の猿ではなく日本猿」は不思議だなー。なぜそんな作品が描かれたんだろう。おなじみの館蔵品に混じって、山梨・久遠寺の伝・胡直夫筆『夏景山水図』や岐阜・永保寺の『千手観音図』が見られるのも嬉しい。後者は、白い雲に乗った白衣の千手観音で、様式化されない肉厚の腕が生々しい。
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ご近所散歩(竹虎図)@2011年11月

2011-11-12 08:41:25 | なごみ写真帖
光琳の『竹虎図』×2。駐車場の竹林にて。



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