見もの・読みもの日記

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闇にひそむ後鳥羽院/怨霊とは何か(山田雄司)

2014-09-01 22:05:50 | 読んだもの(書籍)
○山田雄司『怨霊とは何か:菅原道真・平将門・崇徳院』(中公新書) 中央公論社 2014.8

 歴史上、怨霊となった人たちが好きだ。敗者好きと言ってもいいかもしれないが、判官びいきとはちょっと違う。敗者であることを受け入れた悲劇のヒーローよりも、怒れる怨霊となって祟りをなし、今なお気味悪がられる悪役たちが好きなのである。

 本書は「日本三大怨霊」と呼ばれる(←そもそも、この括り方の由来が知りたい)菅原道真・平将門・崇徳院について、それぞれ1章を設けて記述する。全国各地に散らばる鎮魂の史跡、御廟や神社・塚などが写真入りでたくさん紹介されていて嬉しい。

 まず前段では、古代の霊魂観を論ずる。霊魂(たましい)は、油断をしていると身体から抜け出してしまうと考えられていた。中国では、頭部(脳)の中の魂が、髪の毛の中を通って抜け出すと考えられていたため、毛先を露出させず、髷を結い、さらに頭巾や簪で留めておかなければならなかった。毛先を露出させた髪型は幽霊や、霊魂と通じる巫(かんなぎ)・道術者のものだった。

 「怨霊」という言葉は漢訳経典にはなく、9世紀初頭、(日本の)仏教者によって作り出されたと推測されている。迷える霊魂を慰撫するには、儒教的対応や神社の祈祷では限界があり、死後の世界の体系をもっている仏教の力が必要だったのだ。「怨霊」鎮撫に大きな役割を果たしたのが入唐僧の玄で、玄が帰国した頃から変化観音の作例が相次ぐ。これらは災害の因をなす怨霊を鎮圧するとともに、時には怨敵を祈り殺す呪詛の像としての性格もあった(観音なのに、こ、怖い)。一例として挙げられているのが霊山寺の観音像。私は2010年に拝観して、確かに「異形」という印象を持った。お姿は霊山寺のホームページで見られる。

 その後、最澄、空海らの時代になると、呪術による調伏ではなく、経典を読誦し、仏法の理を説くことで、怨霊をなだめ、成仏させる方法が確立する。

 「三大怨霊」の中で、最も上手く慰撫されたのは菅原道真だろう。醍醐天皇の皇太子・保明親王とその皇子・慶頼王を祟り殺し(たと信じられ)、醍醐天皇をも地獄に突き落とした道真が、明治維新後、楠木正成などと並ぶ「忠臣の鑑」に祭り上げられていたのには笑った。評価って変わるものだなあ。醍醐天皇もいい面の皮だ。道真が純粋に学問の神様として崇められるようになったのは戦後のことである。

 これとは逆に平将門は、今なお祟り神の「都市伝説」を再生産し続けている。興味深いのは、江戸時代に将門を題材とした文芸作品や錦絵が多数作られたこと。山東京伝の読本『善知鳥安方忠義伝(うとうやすかたちゅうぎでん)』はそのひとつで、歌川国芳の名作浮世絵『相馬の古内裏』を生んだ。

 崇徳院は「日本史上最大の怨霊」とも呼ばれている。安元年間、後白河院周辺の人々の相次ぐ死(建春門院滋子を含む)、太郎焼亡と呼ばれる大火災などの社会不安は、人々に崇徳院と頼長の怨霊を意識させた。これを語って(煽って?)いたのは、かつて崇徳院に仕えた藤原教長ではないかというのは面白いな~。

 しかし、その後の崇徳院の怨霊の「成長」には、後鳥羽院の怨霊問題が強く影響しているという。私は、後鳥羽院には、あまり怨霊のイメージを持っていなかったので、非常に面白かった。水無瀬神宮所蔵の『後鳥羽院置文案』には「我身にある善根功徳をみな悪道に回向」し、魔縁となって祟るという宣言がある。ここから『保元物語』の崇徳院怨霊像が創造されたというわけだ。なんと「日本史上最大の怨霊」の実体は、表舞台で荒ぶる崇徳院にあらずして、闇にひそむ後鳥羽院であられたか! ぜひ一度、水無瀬神宮に詣でてみなければ。そして、もちろん後醍醐天皇も怨霊だったのね。明治維新後の価値転倒で曖昧になってしまったけど。

 なお、崇徳院が讃岐に流された『保元の乱』以降「武者の世」が始まったという歴史観は、幕末の国学者や尊皇の志士たちにも強く意識されていた。王政復古を実現するためには崇徳院の神霊還遷が必要と考えられ、最終的に現在の上京区の白峰神宮となった。

 室町時代に入ると、世阿弥は「怨霊」の代わりに「幽霊」という言葉を用い、恐ろしい「幽霊」を創作した。なるほど、先日、太田記念美術館で『江戸妖怪大図鑑・幽霊』を見てきたところだが、「幽霊」すなわち「怨霊」に置き換えてもよいのだな。また中世以降、「怨霊」という考え方が希薄化するに従い、「怨親平等」(敵味方一切の幽魂を弔うこと)の思想が一般化する。ただし、近代においては「怨親平等」の思想が政治的に利用されてきたことにも著者は注意を促している。
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