見もの・読みもの日記

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大人のためのファンタジー/映画・ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅

2016-12-22 22:27:56 | 見たもの(Webサイト・TV)
〇デビッド・イェーツ監督、J.K.ローリング脚本『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』(MOVIXつくば)

 ハリー・ポッターシリーズの作者J.K.ローリングによる新作ファンタジー。物語は、ハリーたちが活躍する70年前の1926年まで遡る。ニューヨークの港にあやしいトランクを提げた一人の男性が下り立つ。彼、ニュート・スキャマンダーは、ホグワーツの卒業生で、現在の職業は魔法動物学者。たまたますれ違った人間(マグル、米語ではノーマジ)とトランクを取り違え、さらに魔法生物が逃げ出してしまう。その頃、ニューヨークの街には、何か巨大で邪悪な謎の力が出没し、アメリカ合衆国魔法議会(マクーザ)は警戒を強めていた。議会の職員であるティナ・ゴールドスタインと妹のクイニー、ノーマジ(人間)のコワルスキーは、ニュートとともに騒動に巻き込まれていく。

 面白かった~。愛らしかったり、神々しかったり、ときには少し困りものの魔法動物の造形は、J.K.ローリングの世界ならでは。そして、それを生き生きと画面に出現させる技術も素晴らしい。邪悪な謎の力は、オブスキュラスと呼ばれる不定形な存在で、虐待され、抑圧された子供から生み出され、その子に取りつき、最後にはその子も殺してしまう(と言っていたような)。10歳以下の子供にしか取りつかないというのが、いわゆる「叙述トリック」で(以下ネタバレ)、実はクリーデンスという、たぶん少し精神的に弱い青年が宿主だったと最後に判明する。彼は前半で尊大な上院議員からののしられるのだが、字幕は「変人」でも「フリーク」という単語が聞こえて、ドキリとした。

 暴れまわるオブスキュラスに対し、ニュートが「怖がらないで!」みたいに優しい言葉をかけて近づく場面は、ナウシカを思い出した。まあ、怯えや恨みが邪悪な力を作り出すという考え方は、世界共通にありそうだけど…。というか、近代文明に共通の思想かもしれない。

 クリーデンスの養母(人間)は新セーレム救世軍という団体のリーダーで、魔女と魔法の根絶を目指している。これ、映画でも公式サイトでもあまり説明がないけど、もちろん17世紀末のセイラム(セーレム)魔女裁判を背景にしている。そしてアメリカ東海岸なら、1920年代でもこういう団体が存在して不思議ではないかなと思う。でも、さすがにアナクロなんだろうか。どうなんだろう。

 1920年代のニューヨークの風俗は魅力的に描かれていた。いま調べたら「狂騒の20年代」とか「狂乱の20年代」と言うのだな。ジャズ・ミュージックが花開き、フラッパーが女性を再定義し、アール・デコが頂点を迎える、とWikiにある。主人公のニュートと黒髪のキャリアウーマン、ティナの淡い恋もいいけれど、太っちょで人のいいコワルスキーと金髪で無駄に色っぽいクイニーの恋がステキだった。全ての魔法生物が捉えられ、オブスキュラスが排除されると、魔法議会は破壊されたニューヨークをもとに戻し、全ての人間の記憶を消すことを実行する。コワルスキーは仲間たちに別れを告げて、記憶を失う。

 数か月後、念願のベーカリーを開業したコワルスキーのもとにクイニーが現れる。この出会いはとても素敵だ。私たちは、意図的に消された記憶の底からでも、愛する人を「想い出す」ことができるのである。この映画、実は子供より大人を幸せにしてくれる作品かもしれない。

 しかし、気づいてしまったことを書いておこう。3年後の1929年には世界恐慌がやってくるのである。コワルスキーのパン屋は大丈夫かなあ。蛇足。コワルスキーというのはポーランド系の姓らしい。ゴールドスタインはドイツ系?と思ったら、ドイツ圏のユダヤ系に多いようである。
コメント
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