見もの・読みもの日記

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細工・軽業・生人形/江戸の見世物(川添裕)

2016-12-23 22:31:10 | 読んだもの(書籍)
〇川添裕『江戸の見世物』(岩波新書) 岩波書店 2000.7

 もともと見世物とか芝居興行とか神事・祭礼に関心があり(←我ながら大雑把な括り)、今年の秋に国立民族学博物館(みんぱく)で行われた特別展『見世物大博覧会』は、噂を聞いて、どうしても見たくて見てきた。そして、年末になって、書店で本書を見つけた。読み終わってから「アンコール復刊」のオビがついていることに気づいた。

 江戸の見世物とはどのようなものだったか。著者はまず、文化文政期の二人のご隠居、十方庵敬順の『遊歴雑記』と烏亭焉馬の『開帳見世物語』を中心に、江戸の見世物の賑わいを紹介する。著者は、さまざまな資料から近世後期の見世物の全体構成とジャンル別変遷を調査している。それによると、江戸での興行件数では「細工」がもっとも多く、次いで「曲芸・演芸」「動物」「人間」の順。このことは後でも触れられるが、近代以降の我々が「見世物」という言葉から想起する、蛇女、熊女、蜘蛛男の類は、全くなかったわけではないが、少なくとも主流ではなかったのだ。

 以下、近世後期にブームの起きた見世物を年代順に紹介する。はじめに「籠細工」。文政2年(1819)一田庄七郎が浅草奥山に巨大な小屋を掛け、江戸における細工見世物ブームのきっかけをつくった。当時の浮世絵(引札)に残されているのが、籠で作られた巨大な関羽像。坐像で二丈二尺(6.7メートル)または二丈六尺(7.9メートル)という記録が残っているという。みんぱくの『見世物大博覧会』でも、見上げるような籠細工の関羽像が展示されていたが、あれは復元だったのかな。ネットで探したら「名古屋市博物館所蔵」という情報がヒットした。しかし、浮世絵の関羽のほうが威厳があって堂々としているなあ。「巨大な細工物」に惹かれる気持ちはよく分かる。お台場のガンダムを見たいと思うようなものだろう。

 籠細工に続いて、さまざまな素材を用いた「細工物(奇妙な細工)」ブームが幕末まで続く。今でも各地の祭礼で出会う細工物(一式飾り)、私は大好きだ。「とんだ霊宝」と称して、ありがたい仏様を生臭の魚貝でもじる細工物も現れる。若冲の『野菜涅槃図』をこうした流れの中に位置づける指摘は、なるほどと思った。また、こうした細工物が、なぜそんなに魅力的だったかを考えるには、音曲や口上(語り芸)の存在を忘れてはならないだろう。

 それから「舶来動物」には、盛だくさんのご利益が付随すると考えられた。ラクダがたまたま番いで伝来したこともあって、夫婦和合の神としてあがめられたというのは面白い。安政年間には「軽業」ブームがやってくる。幕末期最大の軽業スター早竹虎吉をはじめ、多くの曲芸師が海外に渡った時期でもある。虎吉の技芸は評価されたが、にぎやかすぎる音曲とか、日本の歴史・物語に根付いた趣向などは理解されず、「異文化接触」の苦労があったようだ。病気のためアメリカで客死したというのは惜しまれる。いつかもう少し詳しいことを知りたい。

 もうひとつ、安政年間に始まる「生人形」。松本喜三郎、安本善蔵、安本亀八、秋山平十郎、竹田縫之助、大江忠兵衛の名前があがっているが、最初の三人は熊本出身。竹田、大江は、からくり人形づくりの系統である。初期の「鎮西八郎島廻り」は、伝統的な物語の趣向に基づきながら、異国・異界のイマジネーションを取り入れているのが幕末らしい。やがて、生人形はリアルな人肌の再現に力を入れるようになる。もちろんお色気路線もあったことは、木下直之氏『美術という見世物』も指摘している(あ、久しぶりに読み返したい)が、著者によれば、上半身をあらわに身仕舞をする姿を「生人形」につくられた遊女黛は、安政の大地震の折、金三十両を出費して、お救い小屋に炊き出し鍋を大量に寄贈した話題の遊女だった。その「当代性」が江戸の人々を喜ばせたのだろうという。

 最後に、著者が横浜の弘明寺の近くに生まれ、門前町の賑わいの中で育った回想が語られている。著者は私より少し年上だけど、昭和の子供を熱狂させたドリフターズの『8時だョ!全員集合』の屋体崩し、噂に聞くユーミンのコンサートや『紅白歌合戦』の小林幸子など、「見世物」の残照のようなものが挙げられていて、興味深かった。特に『全員集合』の大道具大仕掛けを担当する株式会社金井道具は、江戸の細工見世物の職人に淵源を持つという話には感慨をもった。しかし今やテレビの魅力も衰退し、「見世物」はどこに行ったのだろう。ディズニーランドかなあ。プロジェクションマッピングや季節のイルミネーションなど、街(路上)に出たのかもしれない。
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