見もの・読みもの日記

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古くて、新しい/立憲君主制の現在(君塚直隆)

2018-04-12 20:38:51 | 読んだもの(書籍)
〇君塚直隆『立憲君主制の現在:日本人は「象徴天皇制」を維持できるか』(新潮選書) 新潮社 2018.2

 21世紀にいまさら立憲君主制?と思われるかもしれないが、読んでみたら面白かった。私は小中学生の頃に、戦後日本の象徴天皇制は立憲君主制と別種の制度であり(天皇=君主じゃないから)、世界史的に見て、非常に例外的な制度であるように習った記憶があるのだが、なんのことはない、これを「立憲君主制」の一亜種と考えれば、特別ユニークではないことに合点がいった。はじめに、君主制には「絶対君主制」「立憲君主制」「議会主義的君主制」があるという古典的分類が示される。この分類では「立憲君主制」は専制主義に立憲的な見せかけを施したもので、20世紀の後半に次々に君主制を捨て、共和制に転じた(エジプト、イラク、イランなど)。21世紀の今日、君主制を採る多くの国では、議会制民主主義のもとで統治が行われている。したがって本書は「議会主義的君主制」を含めて、広く「立憲君主制」と称していくことが確認される。

 次に、立憲君主制の母国であるイギリスにおいて、どのようにこの体制が形成されていったかを検討する。いきなり話が10世紀(!)にさかのぼることにびっくりした。中世のイングランド王国を統治したアゼルスタン王は、地理的・社会的に多様な有力者を集めて「賢人会議」を定期的に開催した。多いときは100名程度の有力者(聖職者・世俗の諸侯)が集められ、立法、単一通貨、王位継承などの問題を話し合うことで、政治的安定性が維持された。その後の国王もこれを継承し、12世紀にはフランス語で「パルルマン」という名称が定着し、13世紀には「パーラメント=議会」と呼ばれるようになる。14世紀には、のちに「貴族院」「庶民院」と呼ばれる二院制が成立する。

 16世紀、エリザベス1世は議会との協力の下、弱小国イングランドを大陸の強大国の侵略から守ることができた。しかし次代の国王たちは議会と対立し、内乱、混乱ののち、17世紀末に名誉革命が成立する。「名誉革命」はフランス大革命などと比較すると、世界史全体を揺るがすような大事件ではなかったが、「議会を通じて表明される国民の意思が政治を動かしていく」議会君主制への移行を可能にしたという点できわめて重要、という著者の指摘にとても納得した。私の高校時代の世界史の先生は(フランス革命もだけど)名誉革命の経緯を詳しく講義してくれたので、40年近く経った今も、習ったことを鮮明に思い出すことができる。一生の財産となる授業をしてもらったと思っている。そして、イギリスに名誉革命があり得たのは、10世紀までさかのぼる、国王と国民(の代表者)の話し合いの歴史があったから、ということを初めて理解した。

 イギリス王室については、さらに20世紀から21世紀にかけて、二度の大戦をどのように乗り切り、大衆民主政治の時代にどう対応したかが紹介されている。1997年のダイアナ事件の背景として、サッチャー保守党政権時代に奨励された「自由競争」により、国民の間で王室や上流階級に対する「恭順」の感覚が急激に衰弱し、経済的に取り残された人々の間ではダイアナに対する「自己投影」(ダイアナも自分も弱者である)が強まったという指摘はとても興味深い。いまの日本との類似も感じられる。エリザベス女王はこの危機に敢然と立ち向かい、広報活動につとめ、歳費を透明化し、2013年には王位継承法を「絶対的長子相続制(男女を問わない)」に変更し、カトリックの排除も改めた。こうした改革は国民に好意的に受け入れられているという。素晴らしい。

 続いて、北欧(ノルウェー、スウェーデン、デンマーク)、ベネルクス(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)の君主制の近現代のありかたを紹介する。非常に興味深かったのは、ナチス・ドイツの侵略に対する抵抗の象徴となった国王、女王たちの存在である。ナチスに占領されたコペンハーゲンに留まり、毎朝、護衛もつけずに愛馬で散歩したというデンマークのクリスチャン10世。亡命先のロンドンで奮闘したノルウェーのホーコン7世、オランダのウィルヘルミナ女王。この、君主と国民が一体となってファシズムに勝利した体験があってこそ、ヨーロッパ諸国の「立憲君主制」は20世紀を永らえたのだと思う。

 大戦の記憶が薄れるにつれ、君主制の基盤が揺らがなかったわけではない。しかし、ここに紹介されているヨーロッパ諸国の君主は、社会(国民)の変化にあわせて、その存在意義をきちんとアップデートしていると感じた。本書は、イギリス国王の役割のうち「国民の首長(Head of Nation)」としての役割を(1)国民統合の象徴、(2)連続と安定性の象徴、(3)国民の功績の顕彰、(4)社会奉仕への援助、に分けて説明している。(3)(4)は別の組織でも代替できるが、(1)(2)は君主制だけが持つ機能で、民主主義の弱点を補完する面があると思う。

 ここまで読むと、日本の象徴天皇制を本書の「立憲君主制」の一部に含めることに違和感はなくなる。そして、各国の君主制のありかたを参考にしながら、象徴天皇の責務や生前退位、女性への継承権などの問題を考えていく必要があると感じた。
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