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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

ジェイムス・ジョイスを読んだ猫

2015-09-08 17:43:36 | 読んだ本
高橋源一郎 1990年 講談社文庫版
この夏の平日の通勤電車のなかで読み返してみた。
オリジナルは1987年らしい。あとがきにいわく、
>ぼくがここ二年ほどの間に書いたものの中から、本に関するものはかなり、マンガやテレビやアカハナグマに関するものは少しだけ、選んで入れてあります
というエッセイ集。
そういうことなので、第一部には「旅日記(のようなもの)」なんて紀行文を思わせるタイトルがついてるけど、なかみは読んだ本のことばっかりだったりする。
クアラルンプールに出かけてったようだけど、成田空港のロビーでも、飛行機のなかでも、現地についてからはホテルのベッドでも海辺でも、とにかく本を読むのだ、みたいなことが並べてある。
だから、第二部の「ブックインタヴュー」は当然読書のことばっかりである。
と思いきや、テレビのこととか、そのなかでもコマーシャルで使われるコピーについても、けっこう割いている。そうだなあ、あのころコピーなるものが急に脚光を浴びるようになったような気がするしねえ。
そんななかでも、「中曽根康弘句集」をとりあげた一章があるんだけど、私にとっては、あーこれこの本に入ってたんだっけーと、長く忘れてたのを思い出させられたもの。
昭和六十年に首相だったときに詠んだ句「言うべしと ボタン押す指汗ばめり」についての解説がおもしろくて。
>我が家で来客がある度にこの句を読ませたところ、ひとりのこらず意味をとりちがえた。クイズ番組の解答者が詠んだ句だ、というのである。どいつもこいつも風流心に欠けた奴ばかりだ。これはもちろん、ボンの先進国首脳会議(サミット)に出席した作者が、発言するためにボタンを押そうとしたところ、レーガンに「ヤス、このボタンの中の一つは核発射ボタンだぜ」と耳うちされた時の句である。季語は「ボタン」、季節は「世界の終わり」。
「A子ちゃんの小説論」という文庫のわずか3ページの章もおもしろい。
>A子ちゃんは、いま流行りの女子大生です。(略)何とその上に、小説を書き賞を獲りベスト・セラーになってしまったのです。
で始まるこのエッセイでは、作家である「私」がA子ちゃんに議論を挑むんだけど、A子ちゃんの発言がおもしろい。
>(略)読者のことなんか全然考えてないのは、おじさんの方よ。(略)作家は誰でも、自分の中に読者をもちながら小説を書くでしょ。(略)まあ、こういっても、おじさんには『現実』に本を買ってくれる読者しか想像できないでしょ。作家はね、自分が想像しうる読者の読める作品しか書けないのよ
なんていうA子ちゃんなんだけど、実は本名ウンベルト・エーコさんのことだっていうオチがついてるが。
あと、「村上龍『だいじょうぶマイ・フレンド』を読む」では、
>『だいじょうぶマイ・フレンド』の解説を書くことになったので、久々に村上龍の作品を読みかえすことにした。(略)どうにも止まらなくなって、(略)この「村上龍再読運動」には、ぼくだけでなく妻も参加してしまったのでおよそ三日の間、我が家の家事は停止してしまったのである。
で始まって、村上龍の解説をしてくれてるのが、最近読み返してる私にとってもおもしろい。私は『だいじょうぶマイ・フレンド』は読んだことないけど。
著者は、
>現代文学のアンソロジーを編むとして、一つの作品じゃなく全作品を選びたい作家がいるとしたらやっぱり村上龍だけのような気がする。
という高評価である。
第三部は、「'60年代のおもちゃ箱」ってタイトルで、ウォーホルとかカポーティとかストーンズとかいろいろ書かれてる。
コメント
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