E・S・ガードナー/尾坂力訳 一九八一年 ハヤカワ・ミステリ文庫版
私にとっては、飛行機や新幹線での長距離移動におあつらえむけだったペリイ・メイスンシリーズ。
そういう機会もなくなったんで、もう読まないかと思ったんだが、ちょいとしたひまつぶしに読んでみた。
原題「THE CASE OF THE ONE-EYED WITNESS」は1950年の作品。
持ってんの一九八九年の五刷だけど、古本ぢゃないかなあ、なぜか函館の書店のカバーがかかってんだよね、読んだとしたら九〇年代前半だ。
もう、すっかりなかみは忘れてんだけど。
ストーリーは、遅い夕食を秘書のデラといっしょにたまたま入った店でとっていたメイスンが電話に呼び出されるとこから始まる。
新聞記事と570ドルの現金が入った包みを今その店に届けさせたから、その記事をある人に見せて伝言してくれと頼まれる。
なんだかわかんないんだけど、困ってるひと助ける正義感と、なにしろ好奇心がつよいメイスンだから、引き受けちゃう。
行った先では深夜にもかかわらず、ちゃんと応対してはくれたが、相手の男は心当たりがない、人違いでしょという。
おとなしく退散するメイスンだけど、ひっかかるものあるんで、真夜中過ぎなのにそこからドレイク探偵社を呼び出して、その家の張り込みをさせる。
そうすると、その日の未明にはそこで火事が起きたんで、連絡を受けたメイスンは現場にすっ飛んでいく。
ここんとこで、暴走運転をとがめるパトロール・カーの警察官が「火事はどこだって言うんだ?」って言ったときに、
>メイスンはアクセルを踏んだまま、顔もむけずに、「ウェスト・ロレンドの六九二〇番地だ」(p.64)
って正確なこと答えて、警察官がおどろくって場面があるんだけど、ストーリーのことは忘れてたのに、これだけはおぼえてた。
スピード違反の運転手に対して、なんでそんなに急ぐんだって意味で、「火事はどこだ」っていうのは小説や映画でよくあるみたいだけど、それにまともに答えるってのには初めて読んだときも笑ったもんだ。
かくして、住宅の火事跡からは死体がみつかって、しかも火事でぢゃなくて殺人の疑いを警察はもつ。
なんで火事現場にメイスンと探偵がいたのかってことで、警察はメイスンの動きを警戒して遠ざけようとするんだけど。
弁護士のほうは、車のナンバーとかから、前に電話受けただけで正体のわからない依頼人の身元を探そうとする。
まったくもって、本作の特徴的なとこは、依頼人が誰だかわかんないのに、主人公の弁護士はそのひとのために骨を折るという変わった展開。
そんなこんなで関係者とおぼしき人物の家を訪れたメイスンは、またもや殺された死体を発見してしまう。
そこへ、秘書のデラに尾行をつけていた、おなじみのトラッグ警部がやってきては、
>きみは自分の依頼人が誰かわからないくせに、つぎの殺人がどこで行なわれるかわかるとは、気味の悪い才能を持ってるんだね。
と、いつものように、皮肉たっぷりに言われちゃうんだが、まあ、殺人現場居合わせ率高過ぎなんでしかたない。
で、殺人の疑いのかかる女性を追っかけて、ようやくつかまえてみると、私は電話もしてないしお金も送ってないなんて言う。
結局、逮捕されて供述書もとられたあとで、面談したメイスンは正式に代理人となること了承され、例によって圧倒的不利なまま予審に突入する。
問題の片目の証人ってのは、どこに出てくるかっていうと、メイスンが依頼人のアリバイを確立しようと探偵たちを使って陳述をとったバスの乗客のひとりの女性のことである。
メイスンが企てたのと反して、その女性は検察側の証人として、被告は最初からはバスに乗ってなかったって言う、アリバイの成立の妨げとなる。
その彼女が片目に炎症があるとかで眼帯あててるんだけど、メイスンは彼女がメガネなしでは人物の正確な認定はできなかったはずってことを足掛かりに、反対尋問で戦うんだが。
もちろん最後は主人公が勝つんだけど、あれこれと伏線を回収してって、最後は意外な種明かしで解決するって意味ぢゃあ、けっこうおもしろいなと思った。
どうでもいいけど、未明の寒い火事現場から、探偵のポールのアパートにきたメイスンがふるまわれるのが、熱いバター入りラム。
探偵が、バターの大きい塊を入れた陶器のコップに、湯気のたつ熱いラム入りの液体を注いで、スプーンでかきまわして、弁護士にわたすと、メイスンは「こいつはまったくすばらしいな」「これは何なんだ? 配合は秘密か?」なんて言う。
ポールは、「寒い所で仕事をするときなどは、これが一番だ」「こいつは、おれがだいたい見当をつけて考え出した代物なんだ」「肉桂を少し、砂糖少々、ラム酒を大量に、バター、湯、それからさらに……」 っていうシーンがあるんだけど、なんか、いいなあ、それ、飲みたい。