丸谷才一・木村尚三郎・山崎正和 一九八六年 文藝春秋
これ、去年の9月に手に入れた古本なんだけど。
なまけものなもんだから、一年も積ん読状態にしといてしまった。
「鼎談書評」ってあるとおり、書評だから、なんかとっつきにくそうに勝手に思っていてしまったんだけど。
読んでみたらとんでもない、ものすご面白いこといっぱい語られてて、あっというまに読んでしまうことになった。
初出が書いてないんだけど、帯の裏表紙のほう見たら、「'85年読書人が注目した36冊」って書いてあるんで、1985年なんでしょう、媒体はまあ文藝春秋に決まってるでしょうし。
著者のうち木村尚三郎さんという方のお名前は私は知らなかったんだけど、歴史学者ということで、
>歴史家の立場からしますと、過去の歴史に対して裁判官になってはいけないと、私はかねがね思っています。(p.158)
なんて意見には感心させられちゃうし、随所でいい見解をみせてくれる。
山崎正和さんはいたるところで文明論を展開し、おもしろい議論を呼んでくれる。
>明治百年の長きにわたって、日本人にとっては勤労が宗教で、働いてさえいれば、あらゆる人生の心配事を忘れることができた。しかし、いまや、勤労は人生の中心的な価値ではないという考え方が広まっている。現実に老後が長くなり、職場にいたくてもいられない人が増えてきた。そういう時代に現れた新しい宗教が、健康もしくは老後に備えるための自己抑制なのでしょう。(p.383)
なんてのは30年以上前にして鋭い見方だと思う。
著書もたくさんあるんで(私は読んでないけど)、ものの書き方にもいろいろ厳しいし、
>私は長いこと、注を書くことにはイデオロギー的な反対意見を持っていました。注をつけるのは怠け者のすることだ、というのが私の考えで、特に学術書において注をつけないというのが、私の主義だったんです。(p.150)
などという哲学も披露してくれているのは参考になる。
丸谷さんは言うまでもなく文学が専門なので、歴史論や文明論を相手にまわして堂々と文学について語ってくれてて、やっぱいちばんおもしろい。
>戦前の日本では、情報のないのが、いわゆる随筆の資格でした。(略)
>戦後の随筆はむしろ情報性が主眼で、情報性の提出の仕方が芸であるというふうになりました。(p.102)
とかってのは、学術的な分析っぽいけど、
>どうやら、鉄道ものの小説、随筆は、自動車と飛行機の発達によって、鉄道が衰えようとするときに生まれたようです。その意味で、永井荷風の花柳小説が、芸者が亡びようとするときに書かれたことと軌を一にしているわけです。(略)
>つまり、山崎さんも指摘したように、鉄道文学には、亡び去るものへの哀歌という局面がある。(p.340)
なんてのは、博識とかなんとかってより、うまいこと言うなあって感じでいい。
そうかと思えば、絵に短い文章をつけた本をとりあげたときには、
>そもそも、七百字で書けっていうのが無理な注文なんです。まるで米粒にいろは歌を書け、というようなものですからね。(p.212)
って、本職の大変さをサラッと言ったりするんだが、それにつづく、
>新聞や雑誌のコラムならば、それがワサビのように作用することはあるかもしれない。だけど、ワサビばかりたて続けに食べさせられるこっちの身にもなってもらいたい。
というのには、もしかしてコラムとか集めた単行本が読んでてつらく感じることあるのはこれ?、って妙に納得というか膝を打つものあった。
全般的には、おもしろいって感じが先行するんだけど、やっぱ本の読み方には厳しいものあって、あちこちで、ここ掘り下げてないとか、書き方が物足りないって、発言が飛び交うことが多いのが印象的。
章立てと、とりあげられてる本のタイトルは以下のとおり。
元禄の週刊誌記者が見た日本
『元禄御畳奉行の日記』『古地図と風景』『昭和マンガ風俗史』
福士明夫と張明夫にみる日韓関係
『海峡を越えたホームラン』『中国科学の流れ』『魔法使いのチョコレート・ケーキ』
パリ、その愉しみと悲しみ
『タブロー・ド・パリ』『包みの文化』『現代語で読む日暮硯』
文学者と博物学者の関係
『ナチュラリスト志願』『西遊記の秘密』『乱歩と東京』
御霊信仰が生んだ特攻作戦
『魔性の歴史』『ドストエフスキー』『ジョークのたのしみ』
上を向いた独逸と伏目がちのドイツ
『滞欧「箙梅日記」』『ドイツ 冬の旅』『らんぷと水鉄砲』
永井陽之助『現代と戦略』の読み方
『現代と戦略』『ボディランゲージを読む』『ロシアの心・ロシアの風景』
『愛人』にみるフランスの快楽主義
『愛人』『映画字幕五十年』『火の鳥 アカショウビン』
保守革命に揺らぐアメリカ
『レーガンのアメリカ』『母国考』『スモカ広告全集』
不可思議な都市・東京の読み方
『東京の空間人類学』『十八世紀パリの明暗』『椰子が笑う 汽車は行く』
ニッポン人はなぜ野球が好きか
『ニッポン野球は永久に不滅です』『古句を観る』『クラバート』
高齢化社会への提言
『老いを創める』『不思議、TOKYO。』『ビールと日本人』