P・G・ウッドハウス/森村たまき訳 2021年 国書刊行会
去年11月ころに買っといたんだけど、最近になってやっと読んだウッドハウス名作選の二つ目。
原題「Uncle Fred in the Springtime」は1939年作の長編。
タイトルにもなってる主人公のフレッド伯父さんというのは、
>第五代イッケナム伯爵フレデリック・アルタモント・コーンウォーリス・トウィッスルトンは、長身痩躯、粋な口ひげと頭の回転の速さと進取の気性をうかがわせる目をした、威厳に満ちた人物だった。(p.44)
と紹介される貴族、そういわれると立派なひとみたいだけど、ところがまともぢゃない。
伯父さんというからには甥がいて、その甥とはドローンズ・クラブなんかに出てきたポンゴ・トウィッスルトンなんだけど、そのポンゴに言わせると、フレッド伯父さん=イッケナム卿は「扁桃腺の奥の奥まで頭がおかしい」ということになる。
しかしイッケナム卿からみればポンゴなんて「陰気で、憂鬱で、いつも疑心暗鬼で不安で一杯」な若者ということになる、ただしイッケナム卿はポンゴのことが大好きである、伯父さんのほうが陽気すぎるだけで。
イッケナム卿もいつもおかしいわけぢゃなく、ハンプシャーの邸宅にいるときは比較的おとなしいんだけど、ひとたびロンドンの都会に出てきたりすると、実年齢60以上のはずなのに精神年齢22歳くらいになっちゃって、過剰な何かをやらかす。
なので奥方からはロンドン行きを禁じられてて、愛妻家なんでおとなしく従ってるんだけど、ひとたび伯爵夫人がどこかに行って不在だったりすると大都会の空気を吸いに行き、バカげたことをする。
この貴族階級の人間がヘンなことをするというのが、イギリスユーモア小説のいいとこで、貴族は頭のおかしなのばっかり、執事とか庭師とかのほうがよっぽどまとも、って図式がおもしろい、アガサ・クリスティーなんかでも殺人犯すのは上流階級ってとこに意味があるのといっしょ。
本作でも、大衆席賭け屋あがりの私立探偵でトランプゲームで儲けるのが得意なんて怪しい登場人物はいるけど、それよりやっぱ上流階級のひとたちのほうがヘンなことばっかりする。
本作でも、ほかに出てくる妙な貴族としては、まずは『エムズワース卿の受難録』でおなじみのエムズワース伯爵、飼い豚をこよなく愛して、屋敷内の実権は妹に握られてる愛すべきご老人。
もうひとりはダンスタブル公爵、この人は癇癪もちで、甥のホーレス・デヴンポートが駅まで送りについてこなかっただけで、火掻き棒を振り回して居間の家具を御破壊あそばされたというアブナイひと。
で、ダンスタブル公爵がエムズワース卿のブランディングズ城にお客として滞在するんだが、豚をめぐってトラブルになったりして、エムズワース卿の妹が、精神科医のサー・グロソップを呼んできてってエムズワース卿を使いに出すんだけど、それを聞きつけたフレッド伯父さん=イッケナム卿がその精神科医になりすましてブランディングズ城に乗り込む。
当然すんなりうまくいくはずはないんだけど、いかなる困難に直面しても、イッケナム卿は、
>こいつはただの追加の障害物ってだけだし、我々は障害物は大歓迎なんだからな。障害は人を奮起させ、その者のうちなる最善のものを引き出すんだ(p.184)
とか、
>自分の有能さは自分でよくわかっているし、時々自分でも絶対的に驚くことがあるくらいだ。このワンダーマンの力に限界はないのかと、俺は自問する(p.261)
とかって、自信満々、その場の思いつきで人々の追及をかわして鮮やかに立ち回る。
豚の一件以外にも、若者である甥たちは常にカネがなくて困ってたり、ちなみに伯父さんたちは甥にカネを貸さないが、若者たちは例によって惚れやすくて恋におちたり、でもすぐ喧嘩したりとか、複雑に登場人物たちの思惑がからみあうんだが、最後はめでたしになるべくしてなるのはわかってんで安心して読み進める。
まあ、いいかげんなことばっかり言ってるようだけど、イッケナム卿って、若いひとたちの幸せを願ってる、いいひとなんぢゃないかなって気がする。
なお、本書には、短篇の『ゆけゆけ、フレッド伯父さん』(Uncle Fred Flits by)が収録されてんだけど、これがおもしろい。
甥のポンゴをつれての散歩の途中で大雨に降られると、知らないひとの家のはずのドアの呼び鈴を押して、「オウムの爪を切りに伺いました。こちらは助手のウォルキンショー君で、麻酔をかけてくれます」なんて言って応接室にあがりこむフレッド伯父さん、最高。