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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

ボドキン家の幸運

2021-09-12 18:29:14 | 読んだ本

P・G・ウッドハウス/森村たまき訳 2021年6月 国書刊行会
ウッドハウスは何冊か短編集を読んだっきりだったんだけど、この7月に書店で長編らしい厚い新刊が積んであんの見かけて、ちょっとおどろいた。
帯に「本邦初訳」なんて書いてあるんで、まあ私にとっても新しいものに間違いないし、すぐ買うことにした。
「ウッドハウス名作選」って銘打ってあるし、「新シリーズ登場」という語もあるし、次回配本は9月って帯の裏表紙にあるから、これからいろいろ出てきてくれるかと思うと期待してしまう。
原題「The Luck of the Bodkins」は1935年の出版だという、ふるくてもおもしろいものはおもしろい。
本作の主人公は、モンティ・ボドキン、かのドローンズ・クラブのメンバーである若き紳士、金持ちらしい、父が爵位をもってるので将来は世襲するんだろう、友達からは「最高にいい奴」といわれる好青年。
モンティは、ふとしたことから、ガートルード・バターウィックという女性と恋に落ち、ひそかに婚約を交わす。
ガートルードは、イングランド代表の女子ホッケーチームのメンバーなんだけど、「ホッケー場にあっては良心の呵責なく敵の向こうずねを強打できるくらいに冷血で容赦なき戦闘機械でありはするが、ホッケー場を離れた彼女は純粋に女性的で、珍しくて美しいものに対する女性らしい愛情に溢れている(p.86)」という、かわい子ちゃん。
ガートルードは社長令嬢で、その父親というのがガンコで、職のないものとは結婚なんかさせんというんで、たぶん働く必要のないモンティなんだが、子供と家庭のための雑誌の副編集長になったがクビになり、エムズワース卿の秘書になったがクビになり、私立探偵事務所の腕利きの助手という立場に現在はある。
そうやって結婚のために一所懸命なのに、あるときカンヌに滞在してると、彼のことをとんだ浮気ものと勘違いしたガートルードから電報ひとつで婚約破棄を言い渡されてショックを受ける。
そのとき、たまたまカンヌの同じホテルにいたのが、ハリウッドの映画会社の社長のアイヴァー・ルウェリンという有名人、太った男。
この親爺さんの性格は、関係者によると「もしアイキーに一人娘がいて誕生日にはお人形さんを買ってあげようって約束したとして、もしその子に分別があったら最初にするのは弁護士のところに行って違約条項付きの契約書を書きあげて署名することよ(p.242)」ということらしいが、当世のビジネスマンだから仕方ない。
このルウェリン氏の妻グレイスは元女優の美人なんだが、妻の妹のメイベルが言うには、グレイスがパリで真珠のネックレスを買ったんで、ルウェリン氏が船でアメリカに戻るときに、そのネックレスを持って無申告で税関をすり抜けてくれって要求している。
ルウェリン氏はいくらなんでもそんな犯罪行為はいやだっていうんだけど、できなけりゃ離婚だと言われて困り果てる。
そんな話をしているところへ、全然別のどうでもいい件で話しかけてきたのがモンティなんだが、あまりのタイミングのよさに、ルウェリン氏はモンティのことを税関のスパイで、いまの作戦を盗み聞きされたと思いこむ。
かくして、モンティとガートルードの仲はどうなるのか、ルウェリン氏は妻の真珠を密輸できるのか、っていう二本立てが軸になって物語は動いてく。
舞台は、サウサンプトンからニューヨークまでおよそ6日で航行する大型定期船アトランティック号、時代はいつだろ、大戦と大戦の間ってのはたしかだが、禁酒法が廃止になってるんで、やっぱ1935年ころってことか。
カンヌでの偶然の出会いから一週間後に、登場人物たちは同じ船に乗り合わせる。
ガートルードはホッケーの試合でのアメリカ遠征、モンティはそれを追っかけて話をつけるために乗る。
ルウェリン氏は妻の妹メイベルとアメリカへ帰るんだが、モンティの姿を見つけて、彼はやはり税関のスパイなんだと恐れる。
同じ船に乗ったモンティの友人が、レジー・テニスンという若紳士、家柄はいいんだけど、カナダにでも行って、ちっとは働け、と家族から言われて大西洋をわたることになった。
それで実はレジーはガートルードの従兄弟であり、モンティから今回のいきさつを聞いて、関係修復のために一肌脱ごうとしてくれる。
モンティから見てもレジーはいい奴なんだが、「一つ不満があるとしたら、それはこの友人がいつも自分は何だって知っていると思い込んでいる人物だということだった。他の点では頼りになる奴だが、どうすればいいかを得々と語り、あるいは既にしてしまったことについては、それが間違っていたと言いつのる彼の性癖がとてつもなく苛立たしいという事実からは逃れようがない(p.135)」っていう欠点がある。
それから同じ船には、レジーの兄であるアンブローズ・テニスンも乗る、アンブローズはレジーとちがって海軍省勤務という堅い職にあり、そのかたわら小説を書いてたんだが、どういうわけかそれがルウェリン氏の目にとまったらしく、脚本家として契約してアメリカに渡ることになった。
同じ船には赤毛のスター女優ロッティ・ブロッサムも乗っている、彼女は自ら「女の子にはね、愛する人の下にダイナマイトの筒をときどき一本押し込んであげる権利があると思うの。彼がいい気になりすぎた時はってことだけど、ねえそうじゃなくって?」(p.188)と発言するように、危険な女性なんだが、アンブローズと婚約してる。
ちなみに、このお騒がせ女優が子ワニを飼ってるってのも楽しい設定、ワニがペットといえば、岡崎京子の名作『pink』みたいじゃん。
さらに、余計なことしいのスチュアード(客室乗務員)が随所に顔を出してくるんだが、慇懃無礼っぽいおしゃべりは、かの執事を思い出させてくれておもしろい。
これらの登場人物が狭い船内に会して、当然のことながら、ハプニングの連続とかで、モンティとレジーが何度も繰り返して言うように「歯車が入り組んで」いる状態になってしまう。
たとえば、モンティとガートルードは和解するんだが、そのたんびにロッティが近くをうろちょろしてるのを、ガートルードがモンティは浮気もんだと思い込み、また破局してって繰り返し。
ルウェリン氏は、税関のスパイなんて買収すればいいんだって気づき、モンティに映画に出演してくれってもちかけたりするが、当然断られて、さらに悩むことになったり。
まあ、きっとハッピーエンドになるんだろうなと想像するんだけど、なんともリズム感がよくて、気持ちよく速く読むことができて楽しい。
うーん、小説って、こういうのでいいんだよな、って思うことが多くなった、最近。


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