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好きな本とかについて、ちょこちょこっと書く場所です。蔵書整理の見通しないまま、特にきっかけもなく08年12月ブログ開始。

4週間ぶりに乗馬

2015-01-19 19:13:25 | 馬が好き
乗馬にいく。
ことし初めてということになるが、1月も19日だから、初乗りとかなんとかという感じはない。
そういうのは三が日に乗るとかぢゃないとね、気持も新たにとか、身が引き締まるとかって思いはない。
あらためてことしの目標とか、そういうのもない。いまさら向上する余地もないし。
数だけはかぞえてみたら去年の練習は48回ということになるか。ことしは何回乗れるやら。
さて、きょうの馬は、ポートマジン。

いたいた。すぐ寄ってくるようなとこある。
あいかわらずカワイイし、それでいて乗ってみれば、やる気満々の歩き。馬のジャマをしないようにしよう、ってのが私の目標っていえばそうなんだけど、そういうつもりで練習するには、うってつけの馬だ。

寒いよねーとか言いながら馬装する。私もコーデュロイのキュロットだし、上にも一枚着ていく。
部班の柵のなかでウォーミングアップしてたら、いつのまにか先頭に立たされてしまった。うーん久しぶりだし後ろでラクしてたかったんだけど、自然体でいくつもりなので、後ろに回ろうと画策したりはしない。
部班はいつものように、速歩のうちに馬を反応させる。歩度を伸ばせ・詰めろがうまくできないと、あとで駈歩しようったって、いうこときかない。
歩度を詰めて蹄跡行進、「斜めに手前を替え、斜線上歩度を伸ばせ」の号令がでるけど、斜めに向いてから脚バンバンやってるようでは失格である。
短蹄跡で、前に出たい馬を抑えてるぐらいの感じで進んでおいて、斜めに入ったらすこしゆるめただけで馬が勝手に伸びていくようでなくてはいけない、ということで。
だいたい、歩度を詰めたときに、スピード殺しちゃうだけで、前進気勢を保ったうえで折り合ってるって感じがちっともない。
伸ばすとき、というかスピードアップするときは、スッと反応してくれるんだけど、抑えようとするとケンカになりそう。
納得あまりいかないままだけど、輪乗りを命ぜられる。ここでも伸ばしたり詰めたり。その反応がよくないと駈歩できないよ。伸ばすほうの反応はいいから何とかなると思うけど。

駈歩発進。スッと出る。扶助への反応というより、馬自身のヤル気だけで出てる感じ。ジャマしないように、とにかく前に出ることを優先。
歩度を伸ばしたあと、こんどは詰める。ガチッとおさえようとだけすると、速歩に落ちちゃうよ。前に動いてくのを保ちながら、しっかり座って、詰める。
詰めようとして、いうこときいたら、すぐかえしてやるようにする。引っ張らなくても、こっちの意図したペースを守れるように。
おちついてペースを保ててたら、すぐにホメる。伸ばすときに脚に反応したら、それもすぐホメる。
駈歩のまま蹄跡を進む。歩度を伸ばせといわれたら、脚ドンといれて、あとはジャマしないようにする。
元気よく走っていくよ、ポートマジン。馬が気持ちよく走れるのが一番だよね。
イメージとしては、休みのあいだに久しぶりに見返した「シービスケット」って映画の、馬を勢いよく走らせるシーンを思い出す。ホー!ホッホー!とか奇声をあげたいんだが、さすがにしない。
何度か駈歩を伸ばしたり詰めたりして、そのあと速歩でも詰めたり伸ばしたりする。駈歩の直後の速歩は、馬がズンズン進みたがるので、そこを詰めるのが大事。
「もたれてくるようなところあるので、かえすところつくってあげるように」と言われて、詰めたらかえす、力入れ続けないとブツブツ唱えながら乗る。
駈歩のほうが乗りやすいな、速歩のほうがバトルになりがちと感じるんだけど、それって人間の安定性のほうの問題ぢゃないかと前にも言われたと思い出す。

そういうわけで、部班終了。
もうちょっとやっててもいいということなので、しばし休憩したあと、柵の外に出て、各個であれこれする。
比べると、駈歩のときのほうが明確にかえしてやることができたのに対し、速歩はグダグダだったんで、速歩で輪乗りして、ときどき広いところに出てって、詰めたり伸ばしたりする。
あいかわらず伸ばすときはスッスッと素晴らしい勢いで出てってくれるんだけど、詰めるときにうまくいかない。落ち着いていうこときいてくれたときは、声に出してホメる。
さっき部班のなかで納得いかなかったんだけど、動いてるなかで詰めることが少しはできたかなってときは、なんていうか反撞が大きい感じがするんで、このイメージでいいんぢゃないのかなって自分では思う。
ポートマジンは動きがよろしくて、それでいて腰にやさしくて、いつまでも乗ってたい感じがする馬なんだけど、あんまりいつまでも私のような重いやつがドシンドシンと背中イジメててはいけないので、適当なとこで終わりにする。

冬場に馬の肢を洗ってると、以前「お湯で洗うと蟻洞になる、ウチでは絶対お湯をつかわせない、水で洗わせる」とある大牧場のオーナーが言っていたのを思い出す。それって厳寒期の北海道の話だけどね、なかなか私にはできそうもない。

馬の写真がいつも変わり映えしない気がするので、たまには肢など撮ってみる。
後肢をこうして立っているときは、リラックスしてるんだそうである。モデル立ち?
手入れおわったら、リンゴやる。あー、やっぱ乗馬は楽しい。
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ラッフルズホテル

2015-01-16 20:57:49 | 読んだ本
村上龍 1989年 集英社
実にひさしぶりに読み返してみた。
1989年9月13日発行なんだけど、私の持ってるのは同年9月29日で、はや第三刷である、すごい。
あらためて「あとがき」みたら、「これは映画『ラッフルズホテル』の小説化である。」って書いてる、作者が。
映画が先なの?そうだったっけ?
まあ、いずれにせよ、私は映画は観てないけど。
なんでこの小説読もうと思ったのかすら、おぼえてないなあ。
お話のほうは、かつてベトナムで戦場カメラマンをやって、いまは別の事業に成功して金持ちになってる男が、「からだのどこかに空洞ができてしまった」という感覚にとりつかれて、自分のなかのその空虚さを埋めるためにいま一度カメラを手にとる。
主に有名人のポートレートを撮ることが、うまいこと軌道にのったころ、彼の前に「写真を撮って欲しいんです」と一人の女優が現れる。
ちなみに、電話一本かけてきたと思ったら、すぐ日本からニューヨークに飛んでくるという行動力である。
で、しばし親密になるんだけど、男は女優から逃げていく。
そして、男を追って女優がやってくるのが、シンガポールのラッフルズホテルというわけだ。
筋書きは、ちょいと幻想的なところがあって、そんなに理詰めでとらえるようなものぢゃないと思う。
それより、表現の方法として、ある同じ時間・場面の章を、最初に片方の人物の視点から書いたら、次にもう一方の人物の側から繰り返し書き直すという技巧を用いていて、ちょっとおもしろい。
そんな特殊なテクニック、印象に残りそうなものだけど、今回読み返すまで、まったく忘れてた。
ホントに一度これ読んだのかな、俺?(情けない。)

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魔獣狩り外伝

2015-01-14 19:58:31 | 読んだ本
夢枕獏 昭和61年 祥伝社ノン・ノベル
私の持ってるのは平成元年の第25刷。
去年、実にひさしぶりに3冊を読み返したことから、ついでに探し出してきた、サイコダイバー・シリーズの第4巻。
「長編超(スーパー)伝奇小説」ってキャッチはいいんだけど、副題として「聖母隠陀羅編」とあるんだが、意味わかんないよ、隠陀羅w
(なんか暴走族的なノリだなと、字面を見て思ってしまう。)
裏表紙にいわく、「精神(サイコ)ダイバーとは人間の頭脳に潜入し、その秘密を探り出す特殊能力を持った超戦士である」ってんだが。
前のシリーズで主役のひとりだった、そのサイコダイバーの九門鳳介がこの物語では主人公。
屋久島の自然のなかで人の存在を凌駕するような大木と語らっているところを探し当てられて、仕事を依頼される。
サイコダイバーの定義として“人間の頭脳に潜入し”とか上で言っといて、実は今回の潜る対称は“屋敷”だったりする。なんでもありだからいいのか。
その屋敷は、どういうわけか、ふつうの人が敷地に一歩踏み入ると、なんだか幻覚ばかり見えてしまうという化け物屋敷という状況になっている。
木の枝や葉がヒラヒラ動く人の手に見えたりしてね、とにかく、ぐちゃぐちゃ・ぬとぬと・もぎもぎしてばっかである。
私はそういうのキライでもないんで、そんなに抵抗ないが。
あまり深く考えないで、とりあえず前へ進んでくように、何も残らなくても、読んできゃいいだけのことだから、いいんだけどね。




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オリエント急行の殺人

2015-01-13 18:43:05 | 読んだ本
クリスティ/蕗沢忠枝訳 昭和35年 新潮文庫版
前回のホームズから推理小説つながり。
私の持ってるのは昭和55年の24刷なので、ホームズと同じころ読んだんだろう。
クリスティのポワロものは数冊しか読んでないんだけど、たしか私にとってはこれが最初だったと思う。
事件はタイトルのとおり、オリエント急行のなかで起きた殺人。
ポワロは、シリアでの事件を解決して、スタンブールで少し滞在しようかと思ってたところを、急いでロンドンに呼び戻されたんで、この列車に乗り合わせることになる。
被害者はアメリカ人の富豪なんだが、事前から身の危険を感じていて、いちどはポワロに護衛を依頼するんだけど、ポワロは「あなたの顔が気に入らんのです」と言って断る。失礼だなあ。
お話の筋書きは有名だろうから、あらためて詳しくは書かないが。
雪でストップした寝台列車という密室のなかで、何か所も刺されている被害者が見つかって、乗り合わせてた鉄道会社の重役の依頼で、ポワロが捜査をする。
ポワロは、同じ車両に乗っていた、国籍も年齢も身分もバラバラな、12人に順番に面接をする。
そのやりかたは、ポワロいわく
>(略)まず参考人を観て、その人柄を把握し、それに拠って十人十色の質問を発するのです
というもの。さらには、
>人間の心理は、尊重せねばね。
なんて言って、ある人物があの性格で短剣で何回もめった突きをすることはありえない、などといった断定もする。
そんなことを繰り返して、ひととおり証言をきいたあと、あたりまえだけど事件の真相に迫る。
ひとを観察して、あとは脳細胞をフル回転して考えれば、結論は出るだろうという進め方なんだが、実はこのへんが私がポワロものを好きにならなかった原因だといえる。
よくできたお芝居だなあという気はしたかもしれないけど。どうもできすぎてる感があって、好きになれなかったように思う。

どうでもいいけど、私の持ってる文庫本、本文のタイトルは「オリエント急行の殺人」なのに、カバーだけは「オリエント急行殺人事件」になっている。
これって、1974年の映画のタイトルである。
ずいぶん前にレンタルでビデオを観たと思う。イングリッド・バーグマンの印象しか残ってない。
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シャーロック・ホームズの叡智

2015-01-09 21:01:02 | 読んだ本
コナン・ドイル/延原謙訳 昭和30年 新潮文庫版
私の持ってるのは昭和55年の44刷。
新潮文庫のホームズものだが、作者のドイルはこんな名前の短編集は出してない。
原典どおりに翻訳を出すと文庫本が厚くなるからという理由で(?)、出版社が勝手に間引いちゃった短編を最後に寄せ集めて一冊にしたもの。
困るなあ、そういうことをされては。元の構成で並べる順番もたがわずにまとめてくれないと。
以下は本書のコンテンツだけど、うしろに括弧書きしたのは本来の短編集に入ってた位置。
「技師の拇指」(「冒険」の9番)
知人が連れてきた急患をみるワトスン先生。その推力技師は片手の親指を根元から切られていた。
手当をすましたあと、その患者はホームズに、自分がまきこまれた奇怪な事件について語る。
「緑玉の宝冠」(「冒険の11番)
あるとき取り乱してホームズのもとへ相談にきたのはロンドンの銀行の重役。
さる高貴な人物に至急の現金の融資を頼まれ、担保として預かったのは国宝の宝冠。
金庫に置くのも不安で自宅へ持ち帰ったが、夜遅くなって物音で起き出すと、そこにはカネの無心ばかりする息子が、一部が壊れた宝冠を持って立っていたので、取り押さえたのだという。
「ライゲートの大地主」(「思い出」の6番)
ワトスンは過労で倒れたホームズをつれて、田舎住まいの知り合いのところへ静養にいく。
しかし、そこではコソ泥騒ぎにとどまらず、殺人事件まで起きてしまい、二人は巻き込まれる。
捜査の途中で、現場に集まった人々の目くらましに、いろんな手をつかうホームズの動きがおもしろい一作。
「ノーウッドの建築師」(「帰還」の2番)
事件がなくて退屈していたホームズのところへ、血相を変えて駆け込んできて助けを求める青年弁護士。
ノーウッドの建築師から遺産を譲り受ける書類を作成したが、翌朝には放火殺人の容疑をかけられる。
あらゆる状況が青年に不利にはたらき、こんどこそはレストレード警部に軍配があがるかと思いきや、最後に真相をあぶりだすホームズの手際がおもしろい一作。
「三人の学生」(「帰還」の9番)
奨学金試験のギリシャ語の試験問題が机の上に置かれていたところ、誰かが不正に盗み見ていた。
容疑は三人の学生にかけられるが、不祥事が表ざたにならぬうちに犯人を見つけてほしいと依頼されたホームズ。
鉛筆の削りかすとか机の上のひっかき傷などの物証を分析して、比較的円満に解決する。
「スリー・コータの失踪」(「帰還」の11番)
ケンブリッヂ大学の優秀なスリークォーターバックが理由も言わずにいなくなったと、チームの主将が相談にくる。
捜査線上にレスリ・アームストロング博士という医師が浮上するが、ホームズいわく“本人さえその気になればモリアティ教授の後釜になれるほどの人物”という手ごわい相手で、追跡は難航する。
「ショスコム荘」(「事件簿」の11番)
ショスコム荘の調教師長が、雇い主のサ・ロバート・ノーバトンがおかしい、妹の愛犬もよそへやってしまったと相談に来る。
サ・ロバートは借金で首がまわらない状態だが、ショスコム・プリンスという馬で今回のダービを勝つチャンスがある。
どうでもいいけど、ホームズに「君は競馬のことをいくらか知っているかい?」と訊かれたワトスンが、「知らなくってさ。僕は戦傷者年金を半分はそれに注ぎこんでいるよ」と答えるのが、意外であり頼もしい。
「隠居絵具師」(「事件簿」の12番)
美術用材料製造業を引退して隠居生活をしていた老人がホームズに相談してきた。
年下の妻が自分のチェス相手の医師と出奔、資産も持ち逃げ、行方がわからないという。
ホームズの代わりにワトスンが現地に赴くが、ホームズは何かウラ事情があると疑いをもっている。
どうでもいいけど、チェスが強い人物に対して、「計画的才能の一つの現れだね、ワトスン君」という評をくだすんだけど、それは短絡的すぎるんぢゃないかと思う。東洋では「碁は別智」というからねえ。
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