みなさん、こんにちは
稼プロ!19期生の森です。
さて、企業の成長を支援することが使命の診断士ブログとしてあるまじき「?」なタイトルですが、これは「人新世の『資本論』」(斎藤幸平・著)で提唱されている、気候変動危機に対応するために人類社会の進むべき方向性を示すキーワードです。
2021年の新書大賞らしいので、読まれた方もいらっしゃるのではないかと思います。
マルクスの資本論の新解釈的な話であり、「コミュニズム」を扱っているので、普段の自身の思想的には、どちらかと言えば敬遠するようなジャンルではありますが、たまたまtwitterでフォローさせていただいている東浩紀氏が斎藤氏のことを激賞していたので、食わず嫌いせず読んでみようと、ポチってみました。
結論から言えば目から鱗でした。
「脱成長」と言えばものすごく抵抗がある人が多いと思いますし、文字通りには受け取らない、何か別の意味があるんでしょ?と思うかもしれませんが、いや文字通り、成長しないことこそ気候変動危機に対応する現状唯一の道であるという主張です。
そもそもCO2の排出量は、経済成長(GDPの伸び)に比例して増加してきているのであり、これをグリーンニューディールだろうが技術革新だろうが、そうした経済成長を前提とした方法論で温暖化をなんとかしようとしている限り、決して危機は回避できない。経済成長すること自体、どこかに歪みをつくり、とくに途上国や貧困国に環境破壊や苛烈な労働環境を押し付けているのであって、先進国では排出量が減ったとしても地球規模ではむしろ悪化していることを、事実歴史が示してきている、というわけです。たとえば燃費が良くなって車の排出量が減るかと思えばその分以上に絶対量が多いSUVに乗る人が増えたとか、IT技術で一見効率化できているようで、サーバーなどエネルギー需要の総量は増え続けているとか。
このように指摘されてしまうと、グゥの音も出ないというか、確かに一番の戦犯は経済成長だな、と思わざるを得ません。
ゆえに、その気候危機を回避する唯一の方法が成長しないこと「脱成長」であり、その方法論として、資本至上主義からの脱却を提言しています。
本書ではこの辺の提言については結構ラディカルなことも主張されているので、興味あるかたは本で読んでいただければと思います。
私が面白いなと思ったのは、資本主義というのはその本質として欠乏をもたらすもので、それによって希少性を作り出し、希少性を帯びれば価値が高まり、そうやって希少化していくことで価値を増やし続けるものであると言う考え方です。土地などはその典型で、都心には富裕層しか住めず、それ以外の者は郊外から時間をかけて通勤や通学をする。こうしたことがあらゆる場面で起こることで富の集中(格差)を作っていくという、マルクスを学んだ人には当たり前なのかもしれませんが、疎い自分には新鮮な考え方でした。
つまり、単に脱成長といっても、人為的な希少性を源泉にしたような価値(≒GDP)の増大は、余剰を生み、それが更にエネルギー需要を増やすことにもつながるので、そういったものからあきらめていきましょう、ということだろうと思います。