岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

「東京都におけるSARS-CoV-2のPCR陽性率からみた地域差~血清有病率との関連性~」 臨床医によるレポートです。

2020-06-10 12:31:39 | 新型感染症

医療ガバナンス学会に寄せられた報告です。

転載させていただきます。

 

東京都におけるSARS-CoV-2のPCR陽性率からみた地域差~血清有病率との関連性~

いつき会ハートクリニック 
佐藤一樹

2020年6月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------
●はじめに
 COVID-19の緊急事態宣言解除後、東京都では新規SARS-CoV-2のPCR検査陽性者が再増多し6月2日に東京アラートが宣言された。以前より東京都は、各区市町村島別のPCR検査陽性者累計実数を連日更新して発表している。このPCR検査陽性者数は、(1)各区等の保健所が東京都健康安全研究センターに持込んだ行政検体(2)協力医療機関が保険診療により提出した行政検体(3)各区等の医師会によるPCR検査センターが保険診療により提出した行政検体(4)協力医療機関以外の医療機関が保険診療により提出した行政検体で陽性となった数をいう。

このデータを基に、筆者は各区市町村島の人口10万人に対するPCR陽性率を計算している。当初より、当院の診療圏である葛飾区、足立区のPCR陽性率は都心に比較して低い。このため、極端にCOVID-19の罹患を恐れ日常生活が成立しなくなっている患者(所謂「コロナうつ患者」)には、「これまで足立区では10万人に20人、つまり5000人に1人しか陽性者はいない」と、具体的な数字を挙げて励ますツールとしてこのPCR陽性率を使っている。
また、当クリニックは2017年からオンライン診療を行っている。このため、本年4月10日より時限的に容認されたCOVID-19に関連した初診オンライン診療が円滑に機能しており、通常の診療圏を越えた区や県からの受診も多々ある。このため、東京全域のPCR陽性率には注目していた。6月6日現在、陽性率は東京都全体で37.4人、23区部47.4人、区部以外の地域15.0人である。23区は東京都全体の1.3倍になる。

一方で6月3日、中央線で東西27km離れた新宿駅と立川駅の2つのJR・私鉄のターミナルステーションの駅中クリニックで診療するナビタスグループが、血清SARS-CoV-2特異的IgG抗体による有病率(以下、有病率)を報告した。
https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.06.03.20121020v1#disqus_thread
この報告で有病率はコホート全体(n = 1,071)で3.83%(95%信頼区間:2.76-5.16)、23区4.68%[95%CI:3.08-6.79]、区部以外郊外1.83 [0.68-3.95]だった。23区部は東京都全体の1.2倍になる。この割合はPCR陽性率とほぼ同じなのが興味深い。

被検査者がPCR検査を受けた区市町村と居住地は必ずしも一致しない。一方で、外出自粛により居住地のエリア内でPCR検査を受けるのではないかとも推測できる。そこで、ナビタスから居住地別のデータを提供していただいた。各区のn数には差があり、数も多いとは言えないが東京都のPCR陽性率とナビタスの有病率をエリア別比較してみた。特に各区の有病者実数が少ないことから学術的な判断はできないため、簡単に雑駁な感想を述べる。
(本稿における東京都地域人口は住民基本台帳2020年1月により、PCR陽性者数は6月6日に調査完了した同月6日16時30分の東京都発表データによる)

●東京都各エリアと各区のPCR陽性率
(順位は東京都の全区市町村が対象で28位まで)
東京全体37.4人、23区47.4人、23区以外15.0人.
1.都心6区 92.4人
 新宿区126.6人(1位)、港区126.0人(2位)、渋谷区80.6人(4位)、中央区 67.7人(6位)、千代田区 66.7人(7位)、文京区42.0人(15位).
2.城南エリア 46.3人
 目黒区60.4人(8位)、世田谷区52.1人(11位)、品川区47.3人(12位)、大田区33.5人(18位).
3.城西エリア 45.8人
 中野区 71.0人(5位)、豊島区52.4人(10位)、杉並区 44.8人(13位)、練馬区37.6人(16位)
4.城東エリア 34.9人
 台東区86.4人(3位)、墨田区55.7人(9位)、江東区43.9人(14位)、葛飾区29.1人(19位)、足立区22.7人(27位)、江戸川区 21.0人(28位)
5.城北エリア 28.5人
 荒川区37.3人(17位)、北区28.3人(21位)、板橋区25.4人(24位)
6.23区外 15.0人

(1)北多摩エリア15.4人
 府中市28.4人(20位)、狛江市26.4人(22位)、西東京市23.4人(25位)、小金井市22.9人(26位)など.
(2)南多摩エリア11.7人
 多摩市25.5人(23位)など.
(3)西多摩エリア5.5人
(4)島部3.9人.

ナビタスの有病率(nが少ない区は省略。順位は15位まで。)
1.都心6区 4.0%
 千代田区10.0%(5位)、港区7.8%(8位)、中央区6.3%(10位)、新宿区3.2%(12位)、渋谷区2.9%(13位).
2.城南エリア 7.7%
 大田区11.8%(4位)、目黒区10.0%(6位)、世田谷区7.3%(9位).
3.城西エリア 6.2%
 中野区16.7%(2位)、練馬区3.2%(11位)、杉並区(2.9%).
4.城東エリア 2.3%
 墨田区9.1%(7位).
5.城北エリア 0%
6.多摩全域  1.6% 
 調布市20.0%(1位)、東久留米市12.5%(3位)、立川市1.2%(15位).

●比較してみた感想
PCR陽性率をエリア別でみると都心6区が92.4人と一番高く、文京区を除く所謂「都心5区」では103.7人まで上昇する。「コロナは都心が危険」といった誰もが受ける印象はPCR陽性率と一致した。区別では、最近の報道でホストが連日多数感染している歌舞伎町に役所本庁舎がある新宿区が1位(126.6人)である。しかし、6月5日までは六本木や赤坂を擁する港区が1位で、同月6日に2位(126.0人)に落ちたが新宿区とともに特に高い。
ところが、ナビタスから提供されたデータでの有病率では都心6区は全体で4.0%。城南エリア(7.7%)や城西エリア(6.2%)と比較して低い。新宿区3.2%(12位)、港区7.8%(8位)でトップレベルではないことから、PCR陽性者は居住エリアと別のエリアでPCR検査受けているといえそうだ。
ホストの感染数増加ばかりが多いとの報道後に、新宿区と港区以外でPCR陽性数が大きく増えた区は、新宿区とも渋谷区とも隣接する中野区(陽性率4位/有病率2位)、陽性率は低いのに中野区と同様に鉄道で新宿へのアクセスがよい豊島区(陽性率10位/有病率位外)と練馬区(陽性率16位/有病率11位)である。

千代田区は都心とはいっても代表的繁華街の有楽町には「夜の接待を伴う飲食店」は少ない印象だった。しかし、陽性率7位有病率5位と高い。これは電気街から「昼から三密での接客を伴うカフェや劇場の街」に変貌した秋葉原の存在が関わるのではないだろうか。
都心ではない城東エリアでは、上野や浅草のある台東区(陽性率3位/有病率位外)の永寿総合病院と錦糸町のある墨田区(陽性率9位/有病率7位)の都立墨東病院で院内感染の拡大が報道された。やはり大きな繁華街がある区のPCR陽性者数は高い。

城北エリア全三区、荒川を隔てた足立区葛飾区江戸川区、大田区は、都心6区と区境をもたず(地理的に隣接しない)、公共交通機関の鉄道は網目状ではなく放射状にしか伸びていない。これらの区のPCR陽性率は17位~28位といずれもかなり低い。ところが、これらの区全体のナビタスの有病率は4.0%で都市6区の有病率と同じであった。

●まとめ
東京都と大阪府、10万人当たりのPCR陽性率が東京都の10分の1程度宮城県で行われる血清抗体検査とPCR陽性率の比較が待たれている。それに先駆けて報告された、ナビタスグループの血清SARS-CoV-2特異的IgG抗体による有病率は、3.83%〔2.76-5.16%〕であった。これは、4月末のデータではあるが、米国でもニューヨーク州などと比較して死亡者が少ないカリフォルニアでの有病率が2.8~4.2%と報告された値に近いことからすると、意義があると思われる。また、その数値からいっても、スウェーデンの方針である集団免疫の獲得を当てにするのは困難が予想される

東京23区と全域でのPCR陽性率とナビタスの有病率の割合は同程度ではあるが、各区はおろか各エリア別で比較しても、同一性をほとんど認めない。このことから、これまでのPCR検査は居住地とは別の区やエリアで行われていることが明らかである。
これまで日本のPCR検査数が極めて少ないことが頻繁に報道され、多くの研究者や実地医家からも新型コロナウイルス感染症対策専門家会議のメンバーやその周囲の人々への厳しい批判の声が上がっていた。東京都では各医師会のPCR検査センターが立ち上がったり、充分な補助金を受けたと聞く病院などでの発熱患者受け入れが円滑になったりで、今後はPCR検査も少し増加しそうではある。地域かかりつけ医としては、特に地域の居住者へのPCR検査数の増加を望んできた。もちろん、検査精度の課題の存在は承知してはいるが、地域居住者のPCR検査数の増加と血清抗体検査の結果の両方がそろってこそ、より有効な感染防止対策の知見やノウハウが得られると思われる。

------------------------------------------------------------------------
ご覧になる環境により、文字化けを起こすことがあります。その際はHPより原稿をご覧いただけますのでご確認ください。
MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
---------------------------------------------------------------------------

転載終わります。

お読みいただき有難うございました。


最新の画像もっと見る