岩清水日記

「あしひきの岩間をつたふ苔水のかすかにわれはすみわたるかも」良寛

『父のビスコ』平松洋子著 気になったこと。

2022-05-07 06:40:09 | 

下書きをしていました。

すると突然フリーズ、もうどうしようもない状態で保存もできず諦めました。

かつてはこのようなことがよくありましたが今はほとんどなくなりました。

ストレスがかなり軽減したわけです。

残念ながらgooブログではいまだ自動保存はできません。

文書を書いている途中にフリーズすると落ち込みます。

その後、書き直すかやめてしまうか気分次第です。

今書いている文章は気分を落ち着かせるためです。悪しからず。

さて、少し気分が回復したので書き直します。

 

平松洋子さんは倉敷育ち、大学に行くために故郷を後にしてそのまま東京生活をすることになります。

倉敷は遠くに在りても思うものです。

多くの人が故郷を離れ、生まれ育った場所への思いを抱いて生活していきます。

そして、実家に残した両親や親族のことを遠くから見守ります。

平松さんの倉敷への思いもそのようなものです。

故郷を離れて30~40年経つと親も老い、ほっておけない状態になります。

親が健在であればみんな同じ状態になります。

平松さんも人の子、同じように故郷・倉敷へ、心身ともにかかわっていくことになります。

やはり、岡山の名物「大手饅頭」、倉敷名物「村すずめ」も書いています。

読んでいると無性に食べたくなります。

そして、倉敷駅から美観地区の間にある商店街の精肉屋への思い。

(最近、この店のコロッケを食べました、安くてうまい)

表を見て通るだけのとんかつ屋「かっぱ」の歴史。

(いつも人が並んでいるので食べたことがない)

そして、きわめつきは「旅館くらしき」。

美観地区にある旅館です。50年前も今も変わりません。

その平松さんの思い出と、かつての旅館の主人畠山繁子さんが書かれた『倉敷川ながれるままに』の転載。

このエッセーのコアになっています。

史料的価値も十分、そして倉敷人の心意気が凝縮されています。

 

さて最後に『父のビスコ』というタイトルに?と思われる方も。

こちらは平松さんの父親への思いが込められています。

土地と切り離されることのできない人々。

倉敷で過ごした人々のことを深く思うようになります。

 

多くの人は同じように思いながらもこのような文章は残すことはできません。

読売文学賞を受賞したことも理解できます。

 

お読みいただきありがとうございました。

左端に「旅館くらしき」が映っています。



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