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今日はくしろ市民大学の開校式があり、そこでの今年最初の講演で私にお話をしてほしい、という依頼がありました。
それならば、ということで、タイトルを「生涯学習とまちづくりの原点」ということにして、生涯学習的な生き方についてお話をすることにしました。
思えば、生涯学習発祥の地、掛川で三年間市の助役として勤務し、生涯学習の提唱者榛村純一元市長さんの市長生活最後の三年間を部下として仕えることができたことは自分にとっていかに大きな価値を与えられたのか、と思います。まさに掛川での三年間は人生の大きな転換点でした。
これからは私が生涯学習の真髄を最も理解しているものの一人としてその考えを発展させ広めてゆかなくてはと決意も新たにするところです。
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さて今日、生涯学習というと、『高齢者が年を重ねてもなお、文化・芸術活動にいそしむこと』と捉えられがちです。しかし実はそれは生涯学習の真の概念のほんの一部に過ぎません。
榛村さんは、生涯学習の目的として次の5つのことを掲げました。
1 教育改革としての生涯学習(学歴社会からの脱皮、大器晩成社会)
2 楽しむ・たしなむ生涯学習(自己実現と多様に豊かな生活を目指す生き方)
3 勉強を求められる生涯学習(高度情報化、地球環境問題など今日を生きる術)
4 高齢化に対して良く死ぬための生涯学習(社会的コストをかけずに死ぬための自己規律)
5 まちづくりへの生涯学習(周辺や子孫に尊敬される舞台としての地域)
この五つです。しかし私は敢えてこれに「災害で死なないための生涯学習」を加えて6つの生涯学習の目的を再定義したいと思います。これらについて少し説明を加えておきましょう。
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1つめの、教育改革としての生涯学習です。現在の学校教育の世界では、15歳や18歳の偏差値で入学する学校が決まり、そして就職する22歳の時の偏差値で就職先が決まってそれが一生を決めることになります。
しかし多様な個人の才能を偏差値のようなもので代表させて良いわけがありません。我々はこうした学歴社会から脱皮し、多様な生き方に人生の深みを感じつつ、大器晩成社会を認めていかなければならないという教育改革の生涯学習が1つめの「教育改革としての生涯学習」です。
2つめは、楽しむ・たしなむ生涯学習です。自己実現と多様に豊かな生活を目指す生き方で、他の町は(いや文科省までが)これが生涯学習と思っています。
もちろん目標のある人生を前向きに豊かに生きることは立派なことですが、これが全てではないということは理解しておくべきだと思います。
3つめは勉強を求められる生涯学習です。技術革新の時代、変革の時代の中で高度情報化、地球環境問題などは話題の変化が速いものです。
我々は常に好奇心をもってその変化に追いつき、新しい時代についていかなければなりません。今日を生きる術を身につける生涯学習です。
今日の参加者約40名のうち、まだ地デジに対応していない方は1名でした。市役所の1階でも相談窓口を開いていますので是非ご利用ください。
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4つめは「災害で死なないための生涯学習」を加えたいと思います。
先の東日本大震災に際しては釧路も津波被害を受けましたが、いざというときの避難所の確認や我が家の耐震度向上など、常日頃から災害への備えを当たり前のものとしておきたいところです。
もしかしたら住むところすら考えなくてはいけないかもしれません。死にたくないときに死なないように備えることこそ「災害で死なないための生涯学習」と位置付けたいと思います。
5つめは「高齢化に対してよく死ぬための生涯学習」です。自治体が高齢者に対する問題は重要です。福祉の問題、健康の問題、医療の問題をどうしていくかは非常に大きな問題です。どんな人も確実に年をとってゆきますが、そのときにどういう年寄りになりたいかどういう年寄りにならなくてはいけないかというイメージを持って備えておくことは極めて有効なことだろうと思います。
掛川では「一世紀一週間人生」という言葉で、長寿のススメと周りにも自分にも負担をかけない死への旅立ちを説いていました。
今日の日本の医療水準があれば80歳くらいまではなんとか生きることができます。しかしそこから100歳を目指すためにはまさに食事や運動など健康に十分に気を遣いかつ実践をしてゆかなくてはなりません。そしてそうやって百歳を迎えることができれば、お迎えが来た時に苦しまずにそっと旅立つことができることでしょう。そういう長寿の人生を過ごしたいものです。
最後の6つめは最も大事なまちづくりへの生涯学習です。周辺や子孫に尊敬される舞台としての地域づくりを行うことです。
自分が生まれたときよりも自分が死ぬときには良いまちにしないと今生を生きてきた意味がないというくらいに地域に対して愛着を持って一生を終えることは生きてきた大きな目標ではありませんか。
そのためには自分一人一人がわが町を良くすることに参加し実践することを奨励し続けるしかありません。
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そうした話を説いて説いて説きまくること。そして人々に参加のための工夫をこらすことです。榛村さんは「生涯学習とはなんですか?」と言う私の問いにすかさず「ゼロ歳から百歳までの動機づけだ!」と答えてくれました。
一人一人の心に火をつけてやる気を出すために何ができるでしょうか。
今日の講演もそんなことの一端ではありますが、生涯学習的生き方の私なりの実践なのです。