北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

タクシーの中で

2010-01-21 23:53:29 | Weblog
 出張で今日から札幌入りです。

 東京が暖かかったのと、北海道でも暖気が入って雪や氷が融ける異常な暖かさだという報道で、コートの裏地なし、マフラーなし、手袋なしで来たのは失敗でした。

 急激に寒気が入って寒いこと寒いこと…。気持ちも内地の人になりかけているのかも。

    ※    ※    ※    ※

 夜遅くなりバスもなくなってしまったのでタクシーに乗りました。運転手さんは60歳くらいのおじさん。

「今タクシーって台数を増やせなくなったんですか」
「一応そうですねえ、減らすのは良いということですが」

「タクシーの台数を減らすって言っても、どうやって減らすんですか」
「ま、事故やったらその車はダメ、とかね。微々たるもんですよ」

「タクシーの給料では生活が大変だと聞きますけど…」
「きついねえ、うちは完全歩合制で手取りは12~13万円ですよ」

「うわー、それじゃ生活出来ないじゃないですか。奥さんはいるんですか」
「それが、離婚しました。私の母親が半身不随で介護やらなにやらがあったんですけどね。父親はもういなくて、母親がもらう遺族年金と給料でなんとかやっています。息子は市内で大学を出て就職していますが、あまり顔も見せませんね」

「タクシーに乗る前はどこかで働いていたんですか」
「夫婦で食堂をやっていましたよ。そのころはなんだかんだ結構売り上げもあって、手元に残ったものですが、母親が倒れてからはそちらにかかってしまって食堂は畳みました」


「タクシー代を値上げしてもダメですか」
「値上げしない方が良かったですねえ。結局お客さんが離れて、トータルの売り上げは減りましたから。会社は『もっとがんばれ』と言いますが、自分が頑張って何とかなるものでもありませんし」

    ※    ※    ※    ※

 よく「タクシーは世相を反映する」と言われますが、厳しさは一層募っているようです。

 やはり鍵は所得の再配分。眠っている資産をどう起こすかなのですが難しいですねえ。
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消費が嫌ですか?

2010-01-20 23:59:52 | Weblog
 若者が消費をしなくなっているそうです。

 特に、カッコツケのブランド消費がダメなんだとか。高級ブランド店も日本からの脱出を図り始めているそうですが、皆さんはどう思いますか。


---------- 【ここから引用】 ----------
【J-CASTニュース】「無理して高級ブランド」ダサイ 若者に消費感覚異変 2010年01月19日
 http://money.jp.msn.com/newsarticle.aspx?ac=JC58250&cc=06&nt=00





 若者にとって、お金がないのに無理してブランド品を持つのは、かっこ悪いことらしい。安い服にブランドバッグを合わせる「一点豪華主義」がはやったのは一昔前のこと。いまでは消費の感覚自体が変わってしまったらしい。

 バブル期以降、ブランド品を持つことがステイタスで、多少の無理をしても買うという消費者がブランドの成長を支えてきた。若い女性の間では「一点豪華主義」と呼ばれる、安い洋服にブランドバッグを合わせるファッションがはやったりもした。海外ブランドにとって日本市場は「ドル箱」だった。

■「ブランド神話」崩壊、安くていいものがあれば事足りる

 ところが2008年頃から、スウェーデン発のカジュアル衣料品店「H&M」やアメリカの「フォーエバー21」、日本の「ユニクロ」といった、安い「ファストファッション」が出てくると、「ブランド離れ」が加速した。そもそも、「みんなが持っている」とか「ステイタスだ」という理由でブランド品を買っていた人にとって、収入が減った今、安くていいものがあれば事足りるということのようだ。

 ブランド離れは若者の間で顕著だ。20歳代の女子大学生は、

「ブランドバッグを買ってもらったことがありますが、仰々しい感じがして、自分の服とも合わないような気がして、あまり使っていません」という。

 別の20歳代女子大生は、「ビニールでできているのに財布で6万円もして、値段と品質が見合っていないと思うので買いません。品質がよくて手ごろな値段のものが他にありますから」と話している。

 若い男性にとって、ステイタスだった車についても似たような傾向が出ている。

 メディアインタラクティブ(東京都渋谷区)が、車を持っていない都市部在住の15歳~34歳男女に調査を行ったところ、近い将来に自家用車を「ぜひ購入したい」と答えた人は25%にとどまり、「特に購入したいとは思っていない」(36%)の方が上回った。

■若者がものを買う条件は「バカにされないこと」

 車を買わない理由は、「利用することがほとんどない」「(購入・維持の)お金がかかるから」「車より他のことにお金を使いたい」といった「お金」の理由が多い。また、昔のように車を持つことがステイタスであると考える人は減っているようで、同社は「車を所有しても自慢できるとは思わず、中古車でも恥ずかしくない、との傾向が出ている」としている。調査期間は2009年2月20日~26日に行い、1174人の有効回答を得た。車は持っていないが免許はある人は54%だった。

 「『嫌消費』世代の研究――経済を揺るがす『欲しがらない』若者たち」(東洋経済新報社)の著者でジェイ・エム・アール生活総合研究所の松田久一代表は、

「不景気で収入が減っているからブランド品や車を買わないという人もいるが、20歳代の場合、収入に関わらず、消費を抑制する傾向にあります」と話している。

 消費をしないわけではないが、他世代に比べて収入に見合った消費をしない傾向を松田さんは「嫌消費(けんしょうひ)」と呼んでいる。

 ものを買うポイントになるのが、「自分の趣味に合って、節約に貢献してくれて、皆から利巧と思われること」の3つの条件が揃っていることだ。

「3つ目は砕いていうと『バカにされないこと』で、これが重要です」
 20歳代女性は依然としてブランド品への関心は高いが、「無理しているように見られる」「空気を読んでいない」と友達に思われるのが嫌で買わない。どうしても消費は抑制されるのだというわけだ。

---------- 【引用ここまで】 ----------

 就職も超氷河期で学生さん達からは悲鳴が上がっていますが、新しい仕事はいくらでもあるわけで、その仕事をしてほしい人がお金を出さなかったり出すシステムが整わないためにお金が回らない時期が続いています。

 これまでは資金再配分の手法として公共事業が使われることが多かったのですが、現政権は公共事業には批判的ということもあり、政府の意志で回せる額は減少しています。

 体で言えば血の巡りが悪いようなものですからなんとかそれを回したいものです。

 お金を回す上で大きいのは民間需要のはずですが、国民の総資産は1500兆円と言われ喜んでいるのは愚かなことです。これらが国内で有効に使われないためにお金の循環が悪いのですから。

 眠っているお金を使っても不安のない社会を作るということが一番だと思いますが、そうした社会の変革にはちょっと時間がかかりそうです。

 若い人たちが消費を抑制する行動に出るのも無理はないということでしょうか。 

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ネットで副業?

2010-01-19 23:47:14 | Weblog
 デフレのために給料が上がらない、あるいは減らされているという方も多いと思います。

 こんなときこそ、職場だけに頼らずに自ら稼げる能力を身につけておきたいものです。企業のなかにもアルバイトを認めるところが出始めているのだとか。

 公務員には失業保険がありません。失業するという前提にないからですが、同時に職務以外の能力を磨いてくれるような職業訓練もありません。

 給料が減るけどアルバイトを認めるというような制度があったらどうなるでしょう?
 

---------- 【ここから引用】 ----------
ネット副業で月10万稼ぐ!   節約と副業で生活を支える【1】
 プレジデント 2009年6.29号
「売却益はありませんが、配当収入は得ています。そのほか、セミナーの講師や取材謝礼などで稼いでいます」
ライター 大山弘子=文 向井 渉=撮影(パソコン)、的野弘路・熊谷武二・山口典利=撮影(人物)
 http://president.jp.reuters.com/article/2010/01/16/E7DE5B5E-FA7C-11DE-B6CB-6C213F99CD51.php




 ここへきて、不況で労働時間が短縮され賃金が減った分を補えるよう、大手の製造業を中心に副業を認める企業が増えている。転職サイト「DODA」が、ホワイトカラー系の正社員を対象に行った調査によると、30.8%の人が「副業をしたことがある」と回答している。ちなみに2007年の調査では、副業経験のある人は17.1%で、2年で2倍近くに増えている。

 ファイナンシャル・プランナー(FP)の深野康彦さんは「今後は副業が当たり前になる」と強調する。

「今夏のボーナス支給額は、前年比二桁減とも報道されていますが、不況の影響が実感を伴ってくるのは、これから。1990年代バブルの崩壊後、何度も不況を経験し、節約はしつくされた感もある。今後は、節約と副業の両輪で生活を支えざるをえないでしょう」(深野さん)

 今年になって東芝、富士通、日産自動車などのメーカーも、社員の副業を容認する動きが出てきた。

 東芝は、現在半導体の製造工場に勤務する1万7000人の社員を中心に、副業を認めているが「副業に対して、申請の義務はない。社員が何人副業しているかは把握していない」(東芝広報部)。逆に日産は、副業には申請が必要だが、「今まで申請した社員はゼロ」(日産広報部)という。

 深野さんは、副業が成功するかは「いかにプライドを捨てられるかだ」と指摘する。

「FPの世界もこの不況でキビシイ状況です。私自身、食事に行ったときに、『もっとヒマになったらウエーターのバイトでもしようか』と言っています(笑)」

 前述の調査でも、29.6%の人が稼いだお金の使い道を「生活費」にと答えている。1カ月あたりの副業収入は「1万~3万円未満」が36.0%でもっとも多く、「9万円以上」稼ぐ人は9.7%。その一方で13.4%の人が「1万円未満」しか稼げていない。副業の現状は想像以上に厳しい。

 では、副業に成功する人と失敗する人の差はどこからくるのか。今や手軽にできる副業といえば、インターネットを利用したビジネスだろう。建設会社勤務のサスケさん(ハンドルネーム・31歳)は、ネットオークションやアフィリエイトなどで月50万円の収入を得ている。きっかけは「1万円で買った福袋が気に入らず、ネットのオークションに出したら1万7000円で売れた」ことだ。

「建設業は超不況業種で、会社がずっとあるとも限らない。それでネットで生活費を補填できたら……と思いました」

 始めた当初は、それほど稼げたわけではないが、どうしたら稼げるのかと考えた。その秘訣は「儲けている人のブログを片っ端から読んで勉強した」という。

 品物の包装をキチンとするとか、注文を受けたらできるだけ早く出荷するなど、基本的なことをバカにしないのがコツ。

「オークションでは、高い評価を得ていくと、信頼度も高まる。信頼度が高まれば高まるほど、僕から買いたいと思う人も増える。アフィリエイトでも同じです。2年前に始めた頃は、帰宅後ずっとパソコンに向かっていましたが、コツを掴んだ今は、1日2~3時間程度です」


    ※    ※    ※    ※


 一般企業に勤務する香村篤史さん(38歳)は、趣味が副業につながった例だ。新興国株への投資と、自身が運営する投資ブログ「イスラム株の世界」を基にした新興国株投資セミナーの講師など。そもそも副業を始めたきっかけは「英語を勉強したいと思った」ことだ。

「インターネット上の情報は英語が中心で、より多くの情報に触れるには英語力が必要だった。ダラダラ勉強しても身につかない。それで、なけなしのお金を外国企業に投資すれば、情報収集のために否が応でも勉強するだろうと考えた」

 自身が集めた投資情報を、あるブログで紹介したところたちまち人気を集め、メディアでも注目される存在となった。

「長期投資が前提なので売却益はありませんが、配当収入は得ています。そのほか、セミナーの講師や取材謝礼などで稼いでいます」

 また、思わぬ展開もあった。イランやイラクの投資情報や、スーダン最大のコングロマリットであるダルグループのリアルな情報を得るべく、米国のコミュニティサイトに「イスラムの文化、経済、スーダンのダルグループに興味を持っている」と書き込みをした。すると、スーダンの首都に日本料理店を開く計画をしていたダルグループ会長や、イラン、イラクの銀行マンなどと知り合いになることができたのだ。

「以前は投資でお金を得ることが目的でしたが、今は勉強や人脈を広げることが楽しい。副業は自分の世界を広げるための自己投資という感じです」

※すべて雑誌掲載当時

---------- 【引用ここまで】 ----------

 ある分野を真剣に学ぼうと思ったら真面目に投資をする、自分のお金を使ってみるというのは効果的です。

 もちろん習い事にお金を掛けるという投資の仕方もありますが、成果を見えやすくするのがコツでしょう。

 「もっと金融について学ぼう」と思ったら株を買ってみたり投資信託をやってみて、机上の空論で練習するよりも、値段が下がっては泣き上がっては喜ぶというのは身体体験の問題です。嬉しくなれば脳の中にドーパミンがどっと出て快感をますことでしょう。

 もっとも、パチンコがなかなか止められないという理由も玉が出た時の快感が忘れられないからということのようなので、パチンコに投資をして副業にしようというのは止した方がよいようです。

 投資をしたつもりが、情報の方が価値を招き思わぬセレンディピティを呼ぶこともあるようで、とにかく何か仕掛け続けて自分ならではのオリジナリティを強みにすればそれを売りにすることもできるのでしょう。

 副業を奨励すると言うよりは、自分なりの価値を高めるためには目標を持って行動すべきと言うことですね。
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正義の味方の増税派はどっちだ?

2010-01-18 23:42:41 | Weblog
 いよいよ今日から始まった通常国会は、冒頭から与党のカネの問題で大荒れが予想され、マスコミはひたすら騒動を煽るだけのようにも見えますが一体どうなることでしょう。

 政権交代の原因となった自民党などによる行き過ぎた市場主義のお陰で、経済のあちこちにきしみが出ているのですが、国会審議の中でそうした問題は語られるのでしょうか。


---------- 【ここから引用】 ----------
【ロイター】市場原理主義から財政再建へ
 http://jp.reuters.com/article/kyodoPoliticsNews/idJP2010011801000910




 自民党が24日の党大会に諮る新たな綱領の原案が18日判明した。行きすぎた市場原理主義の反省から、従来の「小さな政府」路線を軌道修正し財政再建を基本政策の柱に据えたのが特徴だ。

「政治主導という言葉で少数意見を無視する独裁的統治と対峙する」などと、民主党への対決姿勢も鮮明にした。伊吹文明元幹事長が座長を務める新綱領策定委員会でさらに文言を詰め、党大会での承認を目指す。

    ※    ※    ※    ※

【YOMIURI ONLINE】行政刷新相「消費税上げ、11年度税制改正で」 
 http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100106-OYT1T01048.htm




 仙谷行政刷新相は6日、東京都内での講演で、今年末までに決める2011年度税制改正で、消費税率引き上げを含む税制の抜本改革を実施すべきだとの考えを表明した。


 仙谷氏は11年度予算の財源確保について「消費税はもちろん、法人税も所得税も新しい発想で臨まなければ(11年度)予算編成が出来ない可能性もある」と指摘した。「人口減少、超高齢化社会の中で、現役世代に大きな負担をかける仕組みはもたない。消費税を20%にしても追いつかない」とも述べ、増大する社会保障費の財源を確保するためには、消費税率の大幅引き上げもやむを得ないとの見方を示した。

 この後、国家戦略相の兼務が決まった仙谷氏は同日、記者団に対し、政府として、今年夏までに、中長期的な財政再建の目標を設定する意向を示した。

(2010年1月6日21時24分 読売新聞)


---------- 【引用ここまで】 ----------

 小泉さんから安倍さんにかけて「小さな政府」の名の下に市場原理主義を押し進めたのは明らかに自民党の失政でした。

 「トリクルダウン理論」という言葉があります。トリクルダウン(trickle down)とは徐々に流れ落ちるという意味。

 経済政策用語としては、、政府のお金を公共事業や福祉などで国民(特に低所得層)に直接配分するのではなく、大企業や富裕層の経済活動を活性化させることによって、富が低所得層に向かって徐々に流れ落ち、国民全体の利益となることを示したものです。

 これは新自由主義を標榜したアメリカのレーガン大統領が、いわゆるレーガノミックスと呼ばれる積極財政政策を行った時に取られた政策で、富裕層の所得税を大幅に引き下げることの根拠として用いられました。

 その後アメリカ経済は一見持ち直したかに見えたために、トリクルダウン効果があったという評価を得たのですが、その後のさらなる分析ではアメリカ経済の持ち直しは金融政策が効いたのではないか、ということになっているのだそう。

 結局トリクルダウン効果は単なるレトリック(単なるキャッチーな言い回し)に過ぎない、という評価に落ち着いているようです。

 ところがそんな古着を、人々が忘れた頃にたんすの奥から持ち出してきて国民に着せようとしたのが小泉~竹中ラインから安倍さんの時代というわけです。

    ※    ※    ※    ※

 その後経済危機が日本を襲い、その頃になってようやく与党でも社会保障の増大に対する国策のあり方がまずかったと気づくことになります。

 そのため、安倍政権に続く福田政権では「消費税を福祉目的税とする」と福祉の充実を明確に打ち出し、さらに麻生政権でも「景気回復を前提に消費税を上げる」と言い、社会保障の充実のためには増税を始め国民負担の増加をお願いしなくてはならないという方向に舵を切っていたのです。

 一方当時野党の民主党は、「消費税を上げるとは何事だ!」、「まだまだ行政には無駄が多いではないか、まずはそれを洗い出す」というスローガンで国民の支持を得ることに成功しました。

 これから国会で審議される来年度予算では、子供手当などの直接給付などを始めとした所得移転が萌芽を表しつつありますが、こうした政策で必要な財政の立て直しについてはまだ明確な方向性が打ち出されていません。

 しかし、増税や国民負担の増大は単にむしり取られるという現象だけではなく、医療や介護、年金、教育などが低所得でも安心して受けられるという安心感を買うための必要経費でもあるのです。

 慶応大学の権丈先生は、「これからの政治家は、社会保障を充実させるために国民負担をお願いしますと言える人や言える政党がホンモノだ。そういうことを言う政治家を落選させないような国民運動が必要だ」とおっしゃっています。

 政治的力学は、片方がある政策を打ち出せばもう片方はその旗を取れないという妙な力が働きやすいところ。

 そろそろ与野党共に、低所得者層への適正な所得移転を行うためには増税や国民負担の増大が必要だという観測気球を上げ始めました。

 この増税の旗をどちらが取り、それで政権を取れるのか、はたまた増税派はやはり政権を取れないことになるのか。

 そろそろ国民にも現状への丁寧な説明と、それでいて本当に将来を考える国民が出てくるのかを試さなくてはならない時期が近づいています。

 国会での与野党の攻防よりも、そんな静かな攻防の方が日本の将来に大きな影響を与えるのですが。 
 
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苦手な相手を従わせる方法

2010-01-17 22:37:29 | Weblog
 世の中には相性の悪い苦手な相手という人がいるものですが、皮肉なことにそう言う人とつきあわなければならないのが浮き世の辛いところ。

 苦手な相手に何かをして欲しいと思う時に、人それぞれに対処に工夫を凝らしていると思いますが、プレジデントロイターにあったこういうのはいかがでしょうか。


---------- 【ここから引用】 ----------
【プレジデントロイター】苦手な相手を従わせる「場の空気」のつくり方
直接言ってもだめなら「それとなく」頼んでみよう プレジデント 2006年12.4号
http://president.jp.reuters.com/article/2010/01/13/1879823E-F073-11DE-8A43-95273F99CD51.php






 人を動かすための直接的な方法がうまくいかないときは、間接的な手法のほうがよい成果をもたらすことがある。
  文=マーサ・クローマー 翻訳・ディプロマット

 いまどきのフラットな組織では、「命令」ははやらない。しかしながら、「協働」の時代、人を思うように動かすのは至難の業だ。ストレートにものを言っても通じない相手を従わせるための奥の手とは。

 人を管理することはかつてほど簡単ではなくなっている。企業はフラット化し、「命令」よりも「協働」で働くようになった。また、ネットワーク化された組織の登場により、新しい形の協働が必要になっている。さらに、グローバル化によって、文化的に多様な相手と仕事をする場合、人を動かすためのわれわれ[アメリカ人]の従来のアプローチ、つまり、力強く率直な物言いをするというやり方は、必ずしも最善の策ではない。

 人を動かすための直接的な方法がうまくいかないときは、間接的な手法のほうがよい成果をもたらすことがある。ジュディス・ティングリーは自著『The Power of Indirect Influence』(2001年)で、「間接的に人を動かそうとする企ては、リーダーの側では意図したものだが、対象者には意図していないもののように映る」と説明している。本稿では、直接的な手法に代わる6つの方法を紹介する。


(1)遠まわしに伝える

 西洋では、直接的なコミュニケーションのとり方を好む傾向があるが、他の文化圏では、仕事においてまったく別のアプローチをとる。ティングリーは、サウジアラビアでは、間接的なアプローチがいかに重要であるかを示す例を紹介している。官庁から情報をもらう必要があるときは、そこにふらりと立ち寄って、茶飲み話をしながら1~2時間ぶらぶらする。そのうちに、職員の1人が何か用かと尋ねてくれる。その時点で、今思い出したかのように自分の用件を述べる。するとそれは迅速に対処してもらえるのである。

 それとなく他人を動かせる人がいると、われわれはそれを「あの人は愛嬌があるから」で片づけてしまいがちだが、実際は、用件をいったん脇に置いて、時間をかけて相手の心をほぐした成果であることが多い。


(2)聞くことにもっと力を入れよう

 相手にこちらの考え方を受け入れさせようとするとき、われわれは往々にして、説明や説得に時間をかけすぎる。

 人は、相手が時間をかけて自分の話を聞いてくれ、自分の懸念を理解してくれたと感じたら、相手の主張を受け入れることにさほど抵抗を示さないものだ。スティーブン・コヴィーは、ベストセラーとなった自著『7つの習慣──成功には原則があった』(1996年)で、人間の生存欲求に次ぐ最大の欲求は、理解され、肯定され、認められることだと述べている。

 「共感しながら聞くというのは、相手の世界(frame of reference) に入り込むことだ。あなたは相手の世界から外の世界を見るわけで、相手と同じように世界をとらえ、相手のパラダイムを理解し、相手の感じ方を理解するのである」と、コヴィーは説明している。


(3)自分を好きになってもらう

 人間は自分の好きな人に対しては、嫌いな人に対してよりも「イエス」と言う確率が高いことが、さまざまな研究から明らかにされている。では、自分の好感度を上げるにはどうすればよいのだろう。見た目は自分ではどうしようもない。だが、他の面ではできることがある。なかでも重要なのは類似点を強調することだ。

 われわれは自分と似通った人間、自分と共通の経歴、関心、意見、趣味、服装の人間を好きになる傾向がある。また、自分に好感を持っている人間には好感を持つ。

 似たもの同士という感覚を高めるためには、相手のコミュニケーションのスタイル(言語的、非言語的双方の)を真似ることが有効だ。ティングリーはこの技法を「真似て、合わせる(modeling and matching)」と呼ぶ。

 友人関係や、共通の知り合いがいる、といったことが大きな力を持つことがあるように、社会的絆も人を動かす強力な手段である。ロバート・チャルディーニは自著『「説得」の心理学──人を動かす6つの原則』(02年)で、タッパーウエアのパーティの力を取り上げて、「製品の購入を決定づけるうえで、社会的絆はその製品に対する好き嫌いの2倍の力を持つように思われる」と述べている。



(4)相手を笑わせよう

 ユーモアは人々の警戒心を解く働きをする。それは最大の武器であり、人々をわれわれの味方にしてくれる。笑っているときはネガティブな気持ちになりにくいものだし、自分を笑わせてくれる相手は嫌いになりにくい。

 ユーモアは人を動かすきわめて効果的な手段になる。ユーモアのある人は話し手を、リラックスさせて、近づきやすく、場を仕切る力があるように見える。ユーモアは、聞き手のくつろぎと解放感を高め、それがひいては変化や新しいアイデアや他人の意向を受け入れる姿勢を高めるのである。

 ティングリーは『Eating Roses: Bites of Living Humor』(98年)の著者、エリー・マレクの次のような言葉を引用している。「人は直接言われたら拒絶する言葉でも、ユーモアとともに言われると受け入れる」。

 ユーモアには抵抗を和らげ、協力を促す絆を生み出す力があるが、使い方には注意が必要だ。内輪のジョークや文化的な隠喩は、部外者に不快感を抱かせることがある。


(5)たとえ話や隠喩を使う

「優れたマネジャーはたとえ話を使って、相手に特定の視点を与え、共通の意義や目的を生み出し、共同体意識を芽生えさせる」と、ティングリーは言う。たとえ話をすることは人を間接的に動かすための強力な手段になるのだ。

 隠喩にも似たような作用がある。隠喩が周囲の人間にどのような効果を及ぼすかを示す例として、ティングリーはある電子機器メーカーのCEO、ダンの事例を紹介している。

 品質を維持するために、ダンはスーパーバイザーたちに各シフトの初めに品質チェックリストを確認するよう義務づけていたが、守っている者は少なかった。そこでダンは一案を講じた。ベテラン・パイロットでもある彼は、スーパーバイザーたちを自家用ジェットでの遊覧飛行に招待したのである。

 スーパーバイザーたちは大喜びしたが、それは、「今回は離陸前にいつものフライト・チェックリストを確認しないつもりだ」と、ダンが言い添えるまでのことだった。スーパーバイザーたちはそのメッセージを肝に銘じて受け取り、その後、チェックリスト確認の遵守率は向上した。


(6)小さなことでも、何かしてあげる

 誰かに何かしてあげたら、あなたはその相手に対して途方もなく大きな支配力や影響力を持つことになる。チャルディーニは『Influence: The Psychology of Persuasion』で、互恵主義という不文律と、他人が自分に与えてくれたものにお返しをする義務をわれわれがどれほど強く感じているかを取り上げている。この不文律は、西洋文化だけでなく世界中のあらゆる人間社会に深く根づいている。

 チャルディーニは、2つの対象者グループと、対象者を装った1人の「サクラ」を参加させた実験を紹介している。第1のグループのメンバーは全員ジョー(サクラの名前)から小さな「親切」を受けた。ジョーが彼らにコーラを取ってきてくれたのだ。第2のグループは何の親切も受けなかった。その後、ジョーはそれぞれのグループに、自分から宝くじを買ってもらえないかと持ちかけた。ジョーからコーラをもらった対象者たちは、何も受け取らなかった対象者の2倍の枚数の宝くじを買った。宝くじを購入した人々は、彼にお返しをしなければという思いにかられたのである。

 われわれは概して、受けた親切より大きな親切を返す必要があると感じるものだ。興味深いことに、お返しがこのように不公平であるにもかかわらず、われわれは他人の親切を断ることもできないようだ。チャルディーニはこう語る。「お返しの義務は互恵主義のルールの本質だが、このルールをこれほどつけ込みやすくしている要素は、受け取る義務である」。

 間接的に人を動かすのは、従来の高圧的な手法やパワープレーに頼らずに他人に影響を及ぼすことにほかならない。相手や状況によっては直接的な手法が必要だが、それで望ましい反応を引き出せない場合は、間接的な手法によるさりげなさや、きめ細かさが必要になってくる。大切なのは、多様な手段を使えるようにしておくこと、そして最大の効果を得るには、それをいつ使えばよいかを心得ていることなのだ。

---------- 【引用ここまで】 ----------

 なんだかおずおずと遠回しに気持ちを伝える方法って、日本人そのもののような気も…。

 案外日本人ならこれくらいやっているのではないかと思いますが、却って直接的にものを言うコミュニケーションの欧米の方が難しいのでしょうか。

 このなかでは(4)の相手を笑わせるのは日本人には苦手かも知れませんね。ごく親しくなればおどけて相手を笑わせることもあるでしょうが、「苦手な相手をユーモアで笑わせる」というのはお笑い芸人でもならともかく、普通の人ではなかなか難しそう。

 日本人には(6)の恩を売るというのが一番似合っているかも知れません。国家間の外交でもなかなか人的な貢献が出来ずにすぐお金で解決する方向を選びがちですが、地道な貢献が尊敬される国家になるための茨の道でもあります。

 しかしそう言う視点で見ると、やはり日本の外交はあまり上手ではないのでしょうか。苦手な相手を動かすなんてやはり簡単ではありませんね。
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認知症のための住宅 in スコットランド

2010-01-16 23:17:44 | Weblog
 前回のスコットランドの住宅政策に関する話題でもうひとつ。

 スコットランドのスターリングというところにあるのが国立のスターリング大学。ここのキャッチコピーは「世界で最も美しいキャンパス」なのだそうで、アースレー湖に囲まれてアースレー城を有するなど実に美しいのだそうです。

 日本からの視察団はこの大学の認知症サービス開発センターでもヒアリングを行いました。こちらでは認知症の方に対するさまざまなサービスの研究が進められています。

 認知症の人でも一人で自立した生活が出来るようにするという基本的な哲学を実現するための研究です。認知症になっても自立した生活を勧めるというのはイギリスらしいというべきでしょうか。日本だったら危ないのですぐに施設に入れる方を選択しそうです。

 具体的な研究活動は、認知症に対する介護、住環境など認知症に関するさまざまなサービスの研究で、福祉士や看護士への認知症患者に対する介護方法のトレーニング、住宅デザインに関するアドバイスなどを行っています。

 面白かったのは、認知症の人が暮らす住宅のデザインです。認知症の人はトイレがどこかもわからなくなってしまうので、トイレのサインの中に人のマークだけではなく文字、トイレそのものの絵などを描きこむことでトイレであることをわかりやすくしています。




 また浴槽では鏡が取り外せるようになっているそうで、これは鏡に映った姿が自分であることに気づかずに驚いて転んだりするからだそうです。

 冷蔵庫や収納部分では中に何が入っているかわからなくなるために、扉を透明にして中身が見えるようにするデザインを薦めています。

*中身の見える冷蔵庫*


*中身の見える収納*




 さらに、日曜大工のお店に行くとドアのさまざまなデザインの壁紙が売っているのだそうで、これを買って個性的なドアにすることで自分の家を間違えなくなるという工夫もあるのだとか。

*実はシールの個性的なドア*




 ここまでしてでも自立した生活を送ってもらおうという姿勢がすごいですね。イギリスでは高齢者の居場所として支える場所はコミュニティだと考えているよう。日本では圧倒的に家庭なのですが、このあたりがお国柄の違いでもありましょうか。

 社会的弱者の担い手としてまだまだ家庭に期待する部分が多い日本と、もう社会問題だとしてコミュニティや行政に委ねるほうが良いという選択をしている欧米諸国。

 家庭の力が衰えつつある日本が、家庭の力を強化する方向に向かおうとするのか、それとも負担増を受け入れて社会化するほうが良いのか、まじめに議論をしたいところです。
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スコットランドの住宅事情

2010-01-15 23:44:55 | Weblog
 先日、「スコットランドの高齢者住宅」に関する勉強に出席しました。

 スコットランドはイギリス本当の北部にあって、面積が78,772平方キロメートル、人口は512万人と北海道とほとんど同じような行政規模の地域です。ここでは1998年に権限委譲と分権議会の設置を定めたスコットランド法が成立し、1999年にスコットランド議会が設置されました。

 スコットランド議会は一定範囲で所得税率を変更することができる他、スコットランド法でウェストミンスター議会留保事項と規定されている事柄以外について、独自の法令を成立させることができ、これまでに、福祉政策や狐狩り規制、公共施設内での禁煙などに関して、スコットランド独自の法令が施行されているのだそうです。

 スコットランドとイングランドを取り巻く歴史的環境は違いますが、道州制を進める北海道も大いに参考になる話です。

 さて、そんなスコットランドですが、昨年日本からの視察団が訪れました。そしてその際に現地で通訳を引き受けてくれた現地在住歴10年の日本人建築家がこの年末年始に帰国している間の日程をお願いしての報告会を開催したというわけです。

   *   *   *   *   *


 スコットランドの65歳以上高齢化率は2006年の数字で21%というもので、2005年国勢調査の結果では北海道は21.4%ですからこちらも似たようなものです。しかしスコットランドでは日本よりもずっと手厚い高齢者のための住宅政策が採られています。

 スコットランドでの高齢者医療、介護の定義は「高齢者がコミュニティ内で独立して活動的に生活を送るため」と定義されていて、自立度をあげること、自立度を下げさせないということを非常に大切にしています。

 スコットランドでの高齢者向け住宅としては、以下の4種類があるそう。

①ナーシング・ホーム(看護つき高齢者住宅)
 24時間の医療設備、医療スタッフを備えた高齢者向け住宅。認知賞、がん等介護目的が住宅と語に違い、それらの医療目的に合う設備、スタッフを備えています。

②エクストラ・ケア(ベリーシェルタード)・ホーム(要介護つき高齢者住宅)
 自立した日常生活を送るために、より高いレベルの補助(着替えやベッドからの寝起き等)を必要とする入居者のためのサービスが提供されるもので、通常、24時間、スタッフが常駐し入居者のケアに当たる。

③ケア・ホーム(介護つき高齢者住宅)
 24時間の介護は備えていないが、ごく簡単な医療サービスや、入居者が自立した生活を送るための日常生活の補助(食事、入浴、洗濯)が提供される。

④シェルタード(リタイアメント)・ホーム(健常者向け高齢者住宅)
 介護を必要としない健常者に向けた高齢者住宅で、24時間の管理者をおき、緊急のアラームシステムや食事、洗濯等のサービスを備えている。

 
 これらのうち民間が参入しているのは④だけで、①から③は公共が提供する施設だそう。①は完全に医療施設ですが、行政府が今力を入れて増やそうとしているのは②のタイプで、まずは自立して住みながらオプションのケアを増やしてゆくという方法を取っています。

 イギリスでは住宅も生活最低保障の対象で、家を失った人が行政に申請を行うと地方自治体ではその人に住宅を提供する義務を負い必ず住宅が提供されるのだとか。

 日本では医療や義務教育というサービスが実に安く受けられ、お金持ちだから受けられて貧乏人は受けられないという市場に委ねるのではなく公共がそれを負っています。

 これは「それが大事だ」という社会の価値観がそこにあるからに外なりません。ところが家を提供するということに関しては日本はその多くを市場に委ねてしまっています。つまりお金持ちは良い家に住めるけれど、貧乏がきわまると家に住むことが出来なくなってしまいホームレスにならざるを得ないというわけです。

 そうしたホームレスに対して、「努力が足りない」とか「運が悪かった」、「もっとがんばらなくてはだめだ」という評価をすることも可能ですが、逆に「最低限の家くらいは与えるべきだ」という価値観念があったってよいのです。

 住居提供だけではありませんが、そうした充実した社会福祉を実践するイギリスの消費税は17.5%です。イギリスの人たちはこれを当然の負担と見て納得しているようです。

 低福祉低負担の社会に住む日本人はこのことをどう考えるのでしょうか。

 社会保障を充実させるためには応分の負担をする覚悟はあるでしょうか?政府は増税路線に舵を切るでしょうか?
 
 社会保障の分野は生涯学習してみる価値のあるテーマです。 

  
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信じられるものは…

2010-01-14 23:42:00 | Weblog
 そろそろ一月も半ばを過ぎてお正月気分も晴れたことでしょう。

 お正月に食っちゃ寝を繰り返した皆さん、お正月太りは元に戻ったでしょうか。

 そんなダイエットを巡る困った記事が掲載されていました。

---------- 【ここから引用】 ----------
【サーチナ】外食メニューのカロリー表示は実際よりも低め? 2010/01/12(火) 19:07
 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=0112&f=national_0112_022.shtml


  米国で行われたある調査では、今年の新年に米国人が立てた誓いの中で最も多かったものはダイエットであるとの結果が出ているが、米国のニュースサイト「NPR」によれば、そんな人たちが注目すべき研究結果が発表された。

  米国栄養士会が発行する最新の会報では、人気ファストフード店やファミリーレストランなど数店においてメニューのカロリー表示を調査したところ、実際のカロリーが表示されているより平均18%高いことがわかったそうだ。実際より低く表示されていたメニューの多くは、ダイエットのために選ばれやすい種類のものだったこともわかっている。

  食品医薬品局では20%までの表示誤差を認めているが、今回の調査で出た18%という数字は平均のものであり、それ以上の誤差があったメニューもある。例えばあるファミリーレストランでは、トーストのカロリーは97と表示されていたが、実際には283カロリーで192%もの誤差があった。

  米国栄養士会の研究者は、「実際より低くカロリーが表示されていたものだけでなく、高く表示されていたものもあるので、必ずしも表示以上にカロリーを摂取しているかはわからないが、やはり多めに考えておいた方が無難だろう」と説明している。現在、表示が正確でない種類の食品を特定する研究に乗り出しているという。(編集担当:松井望・山口幸治)

---------- 【引用ここまで】 ----------

 なるほど、最近のファミレスではメニューの値段と共にカロリーを記載しているところが多いのですが、このカロリー表示がくせ者だとは思いませんでした。

 上記の記事では表示誤差として20%まで認められると書かれていますが、日本ではどうなっているのでしょうか。調べてみましょうかね。

 以前私の友人が、「紳士服の売り場においてある姿見の鏡は真ん中が凸面になっていて、実際よりも細く見えるんだ」と言っていたのを思い出しました。

 その話が本当かどうかもよく分かりませんが、実際よりよくありたいという消費者の願望を巧みに利用するのもビジネス。

  「バレないように騙して」というのがその秘訣かも知れません。世の中に信じられるものってあるのでしょうか、うーん… 

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医療崩壊前夜

2010-01-13 23:26:57 | 社会保障を考える
 社会保障に興味を持って、勉強をし始めていますが、医療の現場の過酷さは目を覆うばかりです。

 特に、社会の高齢化に伴ってどうしても上がらざるをえない医療・介護に対して、なんとしても医療費を上げまいとする施策が取られてからというもの、過酷な値下げが現場を苦しめています。

 いつも送られてくるMRICという医療関係のブログ記事の一つをご覧ください。



---------- 【ここから引用】 ----------
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「大学病院はもう限界 医療の最後の砦の現状」
山形大学医学部長
嘉山孝正
2009年12月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp
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【独法化は医療を救うか、滅ぼすか】
 特定機能病院は高度医療を開発、そして提供すると同時に、医師の教育を担う医療の中核を担う存在である。いわば、国立がんセンターなどのナショナルセンターと同じような機能を果たしている。現在、ナショナルセンターの独立行政法人化に向けて、内閣府の検証チームと厚生労働省との間でつばぜり合いが行われている最中で、着地点が未だ見えない。

 本稿では、一足先に独法化を行った大学病院の現状を紹介する。医療の最後の砦である大学病院は独法化後危機的な状況に陥ってしまっている。その原因は何かを考えて、その対策を提言したい。

【大学病院が担うもの】
 大学病院の役割として教育、研究、診療がある。たとえば教育だと我々は医学生を国家試験に合格させないといけない。研究でももちろん成果を出すことが求められる。そして、診療。大学病院は日本の医療の中核であると同時に最後の砦である。
 まずは日本の医療はどの程度のレベルなのかを確認する必要があるだろう。答えは、日本の医療は世界一であるということ。2009年のOECDのヘルスデータによれば、依然として総合で一位である。ちなみにアメリカは16位である。

 その「世界一」の医療の中で大学病院やその他の特定機能病院が担っているのが難易度の高い医療である。たとえば、手術を例にしてみると、生体肝移植のすべては大学病院で行われている。

 同じく難易度の高い、肝門部手術の82%は大学病院で行われている(DPC調査参加142施設における平成16年7月から10月までの退院患者データ)。そのほか高度医療の多くは大学病院が担っている。つまり、大学病院は手間のかかる難易度の高い医療を最後の砦として行っているのだ。

【大学病院が死ぬ、いや、もうすでに死んでいる】
 難易度の高い治療には多くのスタッフが必要になる。また、高度な医療機器や薬剤も必要になる。かといって、それに比例して診療報酬が上がるわけではなく、足りない分は病院が持ち出すしかない。つまり、難しい医療を行えば行うほど、大学病院は赤字を背負うことになるのが現状である。

 私は脳外科医である。先日行った、脳腫瘍摘出のために覚醒下脳手術を例に挙げよう。言語を司る部分の近くに脳腫瘍ができてしまったため、言語中枢を探しながら、かつなるだけ傷つけないようにするために、手術中も患者と話しながら、切除を行うという、最先端の手術である。

 手術は成功し、患者は元気に帰っていった。しかし、病院には16万円ほどの赤字が残った。

 脳腫瘍摘出術の保険点数は82万円分だ。これは、比較的少人数で行われる難易度の低いものも、今回のような難易度の高いものも一律である。しかし、実際は機器使用料として48万円、最低必要なスタッフ13人分の人件費26万円、消耗治療材料として24万円で合計98万円が必要になった。そして、差額の16万円が病院の赤字になった。次に説明するように、人件費はこれ以上切り詰められないぐらいに圧縮してあるのに、これだけの赤字がでるわけである。

 他にも急性大動脈解離、心筋梗塞、難しい小児救急疾患、ハイリスク分娩など、大学病院が引き受けている不採算医療は枚挙に暇がない。これでは大学病院は立ちゆかない。最後の砦はまさに落ちる寸前なのだ。

【特定機能病院の医師の処遇】
 大学病院の人件費は極めて安く切り詰められている。特に医師の待遇は厳しいものがある。大学病院の医師の半数が研修医や医員といった日々雇用である。

 例えば医員は平均33歳、給与年額が約300万円である。30歳過ぎても正社員になれないままなのだ。さらに、国立大学協会のデータによると特定機能病院の30代の医師の一週間あたりの平均勤務時間は97時間と長時間である。

【独法化の影響】
 さらに、驚くべき事実がある。大学病院で正社員にあたる職員、たとえば教授や講師であるが、これらは文部教官であり、人件費は医療費からまかなわれているわけではないのだ。この代わりに文部科学省による補助金等で賄われている。具体的に言えば、2001年の東京大学病院の半分近くは補助金だった。つまり、これで大学病院の持ち出し分を補っていた。

 補助金の一つある運営費交付金は、国立大学病院全体で2004年度は584億円だったが、独法化に伴もない2009年度は207億円にまで減少した。独法化当初、大学病院の診療報酬収入を2%上げ、その代わりにこれらの交付金を減らす計画が立てられたが、実際には交付金の減額が医療費の増益をはるかに上回り、国立大学法人は2009年度予算全体で197億円の赤字となった。私立医科大学についても、2008年度決算で80億円の赤字となっている。

 現在、多くの大学では赤字部分を、大学本体から補填してしのいでいる。私も病院長として山形大学で様々な改革を行ったが、もうその限界を超えたと感じている。患者数もついに減った。先に待っているのは、大学病院崩壊とそれによる地域医療崩壊、そして大量の医療難民である。

 大学病院の財政状況のデータからみれば、2010年度には、8割の国立大学病院が赤字になると私は予想している。現在大学は法人化されているので、ヘタをすれば不渡り手形を出すことになり、大学病院は倒産するのだ。このような状況にあるのは、これが良かったのか悪かったのかは別として、我々が大学で不採算の医療をやってきた結果である。

【最後の砦を救うために】
 医療機関の健全な経営のためには、医療費で自立できるようにすることが重要だと私は考える。
 具体的には、大学病院が健全に医療費で自立するために、1)特定機能病院の入院料を50%増やす。2)DPC係数を1.9にして、2996億円(医療費総額の0.88%に相当)増やす。この2つを私は提言する。このような対策を講じれば大学病院は何とかやっていける。そして、大学病院の崩壊によって生み出される医療難民の発生を防ぐことができるのだ。


 今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。

MRIC by 医療ガバナンス学会
http://medg.jp

---------- 【引用ここまで】 ----------

 お医者さんと言えば高額所得者の代名詞と思われがちですが、大学病院などの勤務医の過剰労働と低所得の惨状はあまり世間に知られることはありません。

 医は算術などと揶揄されることもありますが、医師の多くは奉仕の精神に満ちあふれていて、算術よりも患者の治癒に全力を尽くすマインドの方が多いのです。
 
 しかしその奉仕の精神にも限界があります。地域の医療がぽろぽろと崩壊を始めているのはなによりその予兆であると感じなくてはなりません。

    ※    ※    ※    ※

 そもそも医師という職業には圧倒的な情報を持つという特殊な能力が備わっています。患者の情報レベルでは到底たどり着けないものを持っているがゆえに然るべき報酬も払われる存在なのです。

 慶応大学の権丈先生はこう言います。

「みかんを買いたいと思って果物屋に出かけ、そこで店主が『あなたの欲しいのはみかんではなくメロンです』と言われたとき、『メロンですか。てっきりみかんだと思っていました。ありがとうございます』という反応を示すだろうか。

 医療では、風邪だと思って病院を訪れ、そこで医師から『風邪ではなく肺炎です』と言われれば、思わず『肺炎ですか。てっきり風邪だと思っていました。おかげさまで助かりました』という状況になりかねない。

 こういう状況が起こり得ることは、医療の世界では医師誘発需要理論という考え方で説明できる[10]のであり、わたくしは医師誘発需要理論は、医療の実態をかなりうまく説明していると考えている。

 つまり、わたくしは医療における情報の問題は、他の財・サービスと比べて、やはり深刻であると考える方に属していると思う。店主にあなたの欲しいものはあなたが言っているものではなく、他のものですと言われて、はいそうですか、ありがとうございますということが、他の財・サービスでしばしば起こるとは、わたくしにはなかなか考えにくい」(2005年1月5日勿凝学問25.5ver.2)


 医療という特別な分野をよく表したお話でしょう。


 救急や小児医療には、今や様々なしわ寄せが来たと考えられています。別な記事では、「救急医療現場で行われる心臓マッサージは1時間で2900円です。これは、駅前のマッサージより安価です」

 命を救う心臓マッサージが駅前のマッサージサービスより安いとはどういう制度なのでしょうか。そろそろ国民も医療の現状を本気で考えなくてはなりますまい。

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愚か者は誰なのか

2010-01-12 23:55:05 | Weblog
 『損して得取れ』とか、『負けるが勝ち』などとよく言われますが、何を持って得なのか、一体何が勝ちなのか、ということがよく分からないと混乱してしまいます。

 そんな笑えるジョークを一つ。 


---------- 【ここから引用】 ----------

【らばQ】愚か者は誰なのか、良くわかるお話  2010年01月06日 21:43
 http://labaq.com/archives/51348252.html





 人は知らず知らずのうちに、自分を他人と比べてしまうものです。

 賢さにおいても、自分より劣ると思う相手がいたら優越感に浸ってしまうかもしれません。そんなときの、とっておきの教訓がありましたのでご紹介します。

    ※    ※    ※    ※

 とある青年が床屋にやってきました。

 床屋はそばにいた子どもをちらっと眺めながら客にこう言いました。
「この子はとてもバカでね、あんまりバカだから良く恵んでやってるんだが、その愚かぶりを見せてあげよう」

 そう言うと彼は、1枚の5ルピー硬貨と2枚の1ルピー硬貨を取り出し、その子の前に出して聞きました。
「さあ、どっちが欲しいんだ?」

 その子は迷わずに1ルピー硬貨2枚の方を選び、去って行きました。

 床屋はそれを見て満足そうに「言った通りだろう?」と客の青年に言いました。

 散髪を終えた青年が店を去ると、さっきの子どもがアイスクリーム屋から出てくるのを見つけました。

 彼は尋ねてみました。
「ちょっと聞いていいかい?何で君は5ルピーではなく、1ルピー2枚を選んだんだい?」

 すると子どもはこう答えました。

「そりゃ5ルピーを取ったその瞬間に、ゲームオーバーだからさ」

 確かにからかわれてる間は、この先何度でも恵んでもらえるわけですね。

 他人をバカにしているつもりが、実は自分が一番愚かだったりするものかもしれません。

Funymail: Management Theory - "thats intelligence"

---------- 【引用ここまで】 ----------

 すごい! 話の出来の良さに感心しました。 まさに負けるが勝ちというやつですね。

 私もこうありたい、と思いはするのですが、しばしば世の中は本当の得よりも目先の勝ち負けにこだわったりすることが多くてうまく行かないものなのです。

 連戦連勝が求められるチームの監督なんてきっと辛いんでしょうね。少しはじっくり見守ってあげたいものですが。


   
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