星のひとかけ

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ダメダメな聖人。: 「沙漠のアントワーヌ」ジュール・シュペルヴィエル

2010-09-14 | 文学にまつわるあれこれ(詩人の海)
前に、 『怪奇幻想の文学 Ⅵ啓示と奇蹟』という本について ちらっと触れましたが(>>)、、 その中の「沙漠のアントワーヌ」という作品について。 作者は ジュール・シュペルヴィエルです。

 *** 以下 内容に触れていますので未読の方はご注意 ***


とても短い作品なので、 お話はどこか唐突にはじまります。。 話の冒頭で、 修行者アントワーヌが死者を葬ろうとすると ライオンが出てきて墓掘りをしてくれます。 ナイルを渡ろうとすると 鰐たちが背を並べて渡るのを助けてくれます(そんな話、 日本にもありましたね、、) 

(なんだかアントワーヌ 立派な人かも?)

、、と思いきや、、 アントワーヌの過去の放蕩の魂だとして 鏡に豚の姿が映るまじないを悪魔がかけると、 アントワーヌは雄豚を友にして 毎日1時間もその身体を洗ってやったりする。。。 さらに、 悪魔がアントワーヌの夢に 誘惑の女たちを送り込むと、 アントワーヌはいたたまれずに寝床から跳ね起きて、 苦し紛れに沙漠の砂を口いっぱいに、、、

(大丈夫? アントワーヌ、、)

で、、 自分の身を殴りつけながら 寝床に戻り、、 雄豚の方を見ると、、、 なんと 雄豚はどこかの雌豚と共寝して 高いびき、、。。 でも、 アントワーヌはこう思うのだ、、 「べつにあいつは誓いを立てたわけじゃないし、、」

(なんだかお人好し過ぎない? アントワーヌ、、)

、、、このあたりで気づきました。 このアントワーヌって、 ヒエロニムス・ボスとかが描いた 『聖アントニウスの誘惑』のことなのね? (←気づくの遅い) 、、、でも、、 聖人にしては このアントワーヌ、、 めっちゃ頼りない。。。

めっちゃ頼りなさそうだものだから、 村人がアントワーヌに意地悪をする。。 悪魔の仕掛けるおねぃちゃんの夢に耐えるため、 自分で自分に噛みつこうと握り拳をくわえて眠るアントワーヌをさらに困らせようと、 村人が等身大のおねぃちゃんの人形を寝床に潜り込ませる。。。 (ひどい~~~) すると・・・

 *** 以下 引用文 ***

・・・ 目をさましてそれを見たアントワーヌは、 人形があどけない顔をしているので、 淫売婦どころか生まれたばかりの赤んぼのように思った。 沙漠の風が贈ってくれたこの砂人形の娘を、 彼はどこまでもいっしょに連れていくことに決めた。 この無垢の娘は、 わたしの心をきよらかに保たせてくれるだろう。 ・・・

    (嶋岡晨 訳)


、、、 そうして 腕におねぃちゃんのお人形を抱えて 沙漠を旅するアントワーヌ、、、 (い、いいの?) 、、、 スミマセン、 読んでて笑ってしまいました。。。 

アントワーヌの苦難(?)はまだまだ続きます。。 友の雄豚が毒蛇に咬まれても、 アントワーヌはちゃんと処置できない。。 雌豚が産気づいても、 アントワーヌは養豚の本を手に うろたえるばかり、、、

(なんかダメダメです、 アントワーヌ)

 ***

結局、、 この聖人未満のアントワーヌは 奇蹟を起こせるのでしょうか。。。

あらすじだけをおかしく書いてしまいましたが、 この作品を貶めるつもりは毛頭ありません。 そうではなくて、 シュペルヴィエルの作品に出てくる聖人や、 聖書の登場人物、 動物たち、、は、 万能なんかではなくて、 可哀相なくらいに困ったり、 自分の無力さに頭を抱えたり、、 それがとてもけなげで。。。

『ノアの方舟』のノアも、 舟が狭いとか文句を言われたり、、 なかなか陸地が見えないのに困り果てて、 神様に烏(カラス)の使いを放ってみたりするけど、 烏はどこかへ行っちゃって、 奥さんに (あんたカラスなんか放したってダメに決まってるでしょ、、) とか怒られたりする、、、(笑)  で、 白い鳩を放すんですが。。。


、、なんか 素敵でしょ?

シュペルヴィエルを読みながら、 いつもおぼろげなイラストが頭に浮かんでいたのですが、、、 さっき、 はた!と それが何のイラストか思い至りました。 『ティム・バートンのコープスブライド』です。 あの気弱で失敗ばかりの、、 でもとってもまっすぐな主人公ヴィクターの絵が、 自然と頭に浮かんでたのでした。。 ダメダメな聖人アントワーヌも、 あのイラストが頭の中でぴったり合うのです。

ティム・バートン監督が シュペルヴィエル作品を映像化したら、 きっと素晴らしいものになると思うな。。


「沙漠のアントワーヌ」という作品は、 上記の『啓示と奇蹟』の本か、 あるいは
『シュペルヴィエル抄』(堀口大學訳 小沢書店)(紀伊国屋書店>>) か、
『書物の王国15 奇跡』(国書刊行会) (Amazon>>) で読めると思いますが、 いずれも入手困難のようです。

 ***

、、、 万能な人なんて そうはいないものだろうし、、 (人なんだから) 、、 それに、 万能な人は じつは奇跡を起こせないものなのかもしれません。。。


ジュール・シュペルヴィエルに関する過去ログ>>