女の正体をはっきり知る場面、ある意味わかりきった展開なのでくどくど銀行に行ってやりとりする場面をひたすら自動車を走らせる姿に音声だけが先行する形で処理し、ぽんと女の服を暖炉で焼いているシーンにとぶ省略法の冴え。
オープニングの自動車の走りから、自動車にカメラがとりつけられた型どおりになりがちなアングルが巧みに生かされている。特に仮住まいに隠していた金を取りに戻って警察が張り込んでいるのであきらめるあたりの、車中にカメラをすえっぱなしにしたまま車の移動をカメラの移動にそのまま生かした演出などすばらしいもの。
捜査に必要だと結婚写真を切り抜くのに、ふたりの間にハサミを入れるのかと思ったら、ベルモンドの姿をまっぷたつにするのはちょっとすごい。当人がいる前だぞ。
ベルモンドはこの前に「リオの男」「カトマンズの男」が大ヒットした頃なので、こういう女に手玉にとられてやり返したりせず破滅していくような男の役だったから、フランスでは当たらなかったらしい。とはいえ、アパルトマンの一階から四階まで外壁をするすると登っていくのをワンカット切れ目なしで撮っているあたり、なんでもないようにやっている分、身体能力の高さを示す。
暖炉の炎の前でベルモンドがカトリーヌ・ドヌーブの「ひとつの風景」である顔に加える論評は、このあとの「叫びとささやき」でリヴ・ウルマンの顔をエルランド・ヨセフソンが論評するシーンに先立つ、実質ドラマの形式を介して監督が女優について直接語るエッセイ的シーンと受け取っていいだろう。
ドヌーヴが着替えるついでに下着をつけていないので乳房が見えるところが二箇所あって、ふつうもう少しもったいつけて煽情的にとるところを、すごくさらっと描いている。トリュフォーのタッチはといのは男の欲望といったものが希薄で、女の感覚に半ば一体になつているようなところがある。
ここでもドヌーヴ演じる女の悲惨な育ち(それはトリュフォー自身のものでもあるだろう)が悪女ぶりの裏に自然に社会派的な言い訳がましい感じではなく張り付いている。
「君の顔はひとつの風景だ」「日曜日が待ち遠しい」といったトリュフォーの符丁といっていい大事なフレーズをはずさないで字幕で再現している。さてはと思ったらやはり山田宏一訳。
「パリまで813キロ」など、もとはアルセーヌ・ルパンの「813」からとったもので、「柔らかい肌」に出てくるホテルのルームナンバーでもある。省略したってストーリー上では何の問題もないのだが、こういうところを外さない綿密さと誠実さ(トリュフォーが亡くなってすでに30年になろうとしている)
アントワーヌ・デュアメル音楽。デニス・クレルバル撮影。ともにトリュフォーと組むこと多い割にあまりコンビの印象が薄い。ジョルジュ・ドルリュー音楽、ネストール・アルメンドロス撮影だったらどうだろうとちょっと空想したくなった。
スクリーンできちんと見るのは初めてだったが、FINと出てエンドタイトルがながながと出ないですぱっと終わるのは気持ちいいものです。
(☆☆☆★★★)