マドンナのナイショ話

あなたに話したいあれこれ

ウォーキング(2024.1210 織田作之助来遊の地)

2025年01月23日 | ウォーキング

 

今日のフォト。あべの筋を北へと歩く。

 

大阪の街路樹。

御堂筋には、イチョウが植えられていますが

あべの筋には、クスノキが植えられています。

 

2024年12月10日のウォーキングの時

あべの筋の西側(左)の街路樹が剪定されていました。

東側は、まだ剪定されていません。

 

そろそろ新年の準備かな。

人間でいうなら、12月に美容院へ行ったり

散髪屋さんへ行ったりの気持ちかな。

 

数10本に1本くらい、クスノキの中に

雀がたくさん集まっていて、寝床にしています。

その木の下に行くと、もの凄い鳴き声がします。

そして木の下には、雀の糞。

 

街路樹をチョッキンすると、雀たちは寝床を失う。

公園の桜の木は落葉している。

雀さん、どこへ引っ越したかな?

剪定して、さっぱりした街路樹の下を

北へ向かって歩いています。

 

2024年12月10日=9313歩。

万歩計の数値は、1日の歩数ではなく

ウォーキングの時だけのもの。

写真は全て、スマホ撮り。

 

 

 

            

 

 

 

 

 

松虫の交差点、阪堺電車が来ないか

チラッと西側の踏切を見る。

電車は通らず。

 

 

 

 

 

松虫の阪堺電車、写真スポット。

併用軌道と専用軌道の分かれ目のポイント。

 

 

 

 

 

昨秋オープンした、おむすび からあげの店「Wa」

おむすびランチ&テイクアウトもOK

 

一度、おむすびを買ってみよう。

今は、美味しいおむすび屋さんが、あちこちに。

 

 

 

 

「大阪キリスト教短期大学」

大阪市阿倍野区丸山通1-3-61

 

ここに「織田作之助来遊の地」の碑があります。

大阪文壇の鬼才・織田作之助は、若き時代

阿部野にかかわりがありました。

 

 

この街で

恋して結んだ

青春を

訪ねて歩く

真冬の朝

 

 

 

 

「織田作之助来遊の地」の碑を三方から。

 

織田作之助は、昭和9年

三高(京都大学)在学中の21歳の時

美人の女給・宮田一枝さんに一目ぼれ。

ある日、一枝さんを誘い出すことに成功しました。

 

 

 

 

先の写真の碑から50m南へ行ったところ

現在の「大阪キリスト教短期大学」の

南の辺りにあった高級料理旅館「松虫花壇」で

一枝さんと1泊します。

 

 

 

 

 

「松虫花壇」は、丁度ここから入った校庭の中辺り。

その後、紆余曲折をしながら、昭和14年に結婚。

 

阿部野丸山で結ばれた2人の恋は

「織田作之助来遊の地」として

今もその碑が、残されています。

 

 

 

 

 

大阪キリスト教短期大学から、天王寺へ。

 

ここは阿倍野交差点。

高架は、阪神高速松原線。

 

 

 

 

あべのハルカスの西は、あべのキューズモール。

 

 

 

 

阿倍野筋2丁目界隈です。

 

作之助と一枝さんは、この辺りにあった

料亭「千とせ」で、結婚式を挙げました。

 

 

 

 

 

あべのハルカスがすぐです。

 

堺市北野田で新居を構えた2人。

作之助は、創作活動1本の生活となり

「夫婦善哉」

「俗具」

「二十歳」

「我が町」などを発表して

次第に新進作家として、地位を固めてゆきました。

 

 

 

 

昭和19年1月、一枝さんは病に倒れ

8月に永眠。

 

阿部野丸山で結ばれた2人の恋は

ここで終わるのです。

 

参考文献。

「もうちょっと知っとく?私たちの阿倍野」

難波りんご著

 

 

 

 

 

さあ、帰ろう。

こんなところにも、赤い色。

 

 

 

 

 

帰り道の松虫交差点。

東側のクスノキは、選定されてない。

 

 

 

 

 

あべの筋の歩道は、自転車が多いので

商店街へと入る。

 

12月10日。

クリスマスまで2週間。

華やかな花が多い。

12月は寒くても、心がワクワクする。

 

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウォーキング(2024.1128 天下茶屋跡 地蔵尊65・66)

2025年01月21日 | ウォーキング

 

今日のフォト。

2024年11月28日、桜の紅葉。

 

11月のウォーキングは、このブログで終わりです。

11月は14日間、歩きました。

 

地蔵尊は、まだまだ数えきれないほどあるのですが

ウォーキングの無理のない歩数

6000歩 ~ 8000歩となると

もう行き尽くしてしまったような?

 

夏が長かったので、11月はとても秋らしく

素敵な季節の中、14日間ウォーキングが出来ました。

地域のことを再発見する、実りあるものです。

阿部野の街が、ますます好きになってゆく。

 

2024年11月28日=7128歩。

万歩計の数値は、1日の歩数ではなく

ウォーキングの時だけのもの。

写真は全て、スマホ撮り。

 

 

 

            

 

 

 

 

西に歩いています。大きな木があります。

手前の木は、半分以上が石垣から生えています。

向こうの木は、全てが石垣から生えています。

このような大きな木は、むやみに伐採できません。

 

日本の神道では

「八百万(やおよろず)の神」がいるとされ

木には、神様や精霊が宿ると言われます。

大きな木は、その家の守り神です。

この木はとても大切にされています。

 

どうしても切らないといけない時は

お浄めや供養をして伐採した方が無難です。

 

 

 

 

 

遠目には、南天か千両かと思っていたら

セイヨウヒイラギでした。

赤い実をいっぱい付けています。

 

 

 

 

 

阪堺電車の阪堺線。

恵美須町&浜寺駅前区間です。

下り電車、浜寺駅前ゆき電車が通過。

 

 

 

 

 

踏切を渡って、南西に進むと

ここは「天神ノ森天満宮」です。

 

 

 

 

 

「天神ノ森地蔵尊」

大阪市西成区岸里東2-3-19

 

天神ノ森天満宮の鳥居をくぐると

右手すぐに、地蔵尊の祠が見えてきます。

 

立像の大きなお地蔵さんが1体

小さなお地蔵さんが2体。

お帽子とお召し物はお揃いで

着せてもらっています。

 

 

 

 

 

天神ノ森天満宮の鳥居の前に

紀州街道の石標。

 

前の道路が、南北に延びる紀州街道で

ここを渡ると、矢印が次の目的地。

 

 

 

 

 

「天下茶屋跡」

大阪市西成区岸里東2-10-8

 

大きなクスノキが1本。

ここは天下茶屋跡。

 

 

グーグルの

マップ見ながら

探しゆく

太閤さまの

茶の湯で一服

 

 

 

 

 

ここは豊臣秀吉が大阪城から

住𠮷大社詣でや、堺へ行く途中に立ち寄って

千利休に、お茶を点てさせたところ。

 

上質の水が湧き出る井戸があり

味の良さに感激し「恵水(めぐみのみず)」と

名付けられました。

 

天下茶屋の名前は、豊臣秀吉が

憩いの茶を召し上がった故事から

「殿下茶屋」と呼んだことから。

 

 

 

 

天下茶屋跡の石碑の横と裏側。

 

 

 

 

戦災(1945年)で焼失するまで

井戸がありました。

土蔵と「豊國社」と刻まれた石があります。

 

 

 

 

「天下茶屋跡地蔵尊」

大阪市西成区岸里東2-10-8

 

クスノキの下には

お地蔵さんが祀られていました。

 

 

 

 

クスノキを囲んで

こんな風に配置されていました。

 

 

 

 

天下茶屋跡の石碑。

右向こうの矢印は、天満宮の前の

紀州街道の道標。

近い距離です。

 

 

 

 

南へ歩いて、踏切を東へ。

阿部野神社の参道です。

「大日本は 神國なり」の文字。

 

 

 

 

 

振り返れば・・・。

 

 

 

 

歴史の散歩道のつたい石を歩き、この階段を上る。

 

ウォーキングの時は

スロープではなく、階段を上る。

 

 

 

 

南港通に出て

ミャクミャクのマンホールのふたに、こんにちは。

そして姫松駅で、阪堺電車に出会う。

 

 

 

 

羊さんの前をカエルさんが通過。

ノウゼンカズラも、元気モリモリの葉っぱ。

 

ウォーキングは、私の地元観察日記。

季節の移り変わりが、面白い。

 

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウォーキング(2024.1124 足の向くまま)

2025年01月19日 | ウォーキング

 

今日のフォト。

大阪市立・中学校フェンスの標語カルタ。

標語は五七五、カルタの絵画も上手い。

1枚1枚、納得する標語です。

 

12月半ば頃から、ブログには記録しておきたい

内容のものが多くて、ウォーキングのブログが

なかなかアップ出来ませんでした。

 

今日のブログは、11月24日のウォーキング。

この日は、帰省していた娘と一緒に歩きました。

 

行き先は、地蔵尊や名所巡りではなく

娘の歩きたい径、足の向くまま気の向くまま。

自由気ままなテクテクも、またよしです。

 

2024年11月24日=5717歩

万歩計の数値は、1日の歩数ではなく

ウォーキングの時だけのもの。

写真は全て、スマホ撮り。

 

 

 

            

 

 

 

 

大阪市立・中学校から、電車通りに出ました。

阪堺電車、上り電車が通過(天王寺駅前行)

 

 

 

 

11月24日、桜の紅葉が始まった公園。

美しいグラデーションの秋色。

 

 

 

 

 

大阪市立・高等学校。

 

 

 

 

 

この辺りは、坂道が多いです。

通学路にもなっています。

 

 

 

 

 

相生通にある郵便局。

相生通を横断して、相親坂。

 

相親坂は、以前ブログで紹介した

「阿倍野七坂」のひとつ。

 

 

 

 

 

君歩みし径の

時振り返りて

深まる秋

深まる人生

 

 

大きなヤシの木が見えて来ました。

 

 

 

 

 

大阪市立・小学校。

この日は、日曜日で校庭には誰もいない。

 

 

 

 

校舎の北側に回ると、幼稚園。

そして大阪市立・小学校正門。

 

正門には、第10回全国小学校

ラジオ体操コンクール取組部門で

文部科学大臣賞受賞の垂れ幕があります。

 

 

 

 

 

児童公園。

散髪屋さん。

まだ午前8時40分で営業前。

 

 

 

 

阪堺電車、東天下茶屋駅。

中央奥に、あべのハルカス。

 

 

 

 

 

熊野街道を歩くと

安倍晴明神社。

阿倍王子神社。

 

こちらも以前、ブログに紹介しましたね。

 

 

 

 

 

熊野街道を北から南へ歩いてきました。

 

 

 

 

お屋敷街を歩くと

イトラン(糸蘭)という植物。

ウォーキングのゴールも近し。

 

 

 

 

 

この日は、モーニングしました。

とても美味しかったです。

テクテク、ご褒美のモーニング。

 

 

 

 

店内は、クリスマス仕様。(2024.1124)

 

ウォーキングブログ、早くアップしなければ。

今は、「寒い」と言って、お休み中なので(笑)

すぐに追いつくと思います。

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウォーキング(2024.1122 地蔵尊62・63・64)

2025年01月04日 | ウォーキング

 

今日のフォト。

地下鉄御堂筋線・西田辺交差点。

 

今日は、ウォーキングのブログですが

まだ2024年11月22日のものです。

 

12月半ばまで、ウォーキングのブログを

頻繁にアップしていたのですが、後半になって

12月中にアップしておきたいものに

集中してしまい、ウォーキングを放置しました。

 

早くウォーキングの日にちとリアルな日にちが

並行してアップ出来たらいいなと思います。

 

11月の写真なので

秋色風景となりますが、ご勘弁くださいませ。

この日は、8時30分くらいの出発でした。

秋晴れの気持ちの良いお天気でした。

 

2024年11月22日=8302歩

万歩計の数値は、1日の歩数ではなく

ウォーキングの時だけのもの。

写真は全て、スマホ撮り。

 

 

 

            

 

 

 

 

西田辺駅前の「なか卯」

いつか食べて帰ろうと思っているけれど。

 

東へ東へと進む。

 

 

 

 

 

JR阪和線。

上り電車と下り電車がすれ違う。

鼻の先、微妙な位置。

 そして両電車とも、関空特急はるか

ハローキティオリジナルラッピング。

 

こんなハッピー&ラッキー、もらっていいの?

狙っても撮れない。

しかもスマホ撮りです。

 

撮っている時は、全くわからず

レタッチの時に気づきました。

 

 

確率は

ゼロに等しい

幸運よ

痺れる神回

ウォーキング

 

 

 

 

真っすぐ歩いていると、横から人の気配。

ハッとすると、チャップリンさん。

 

 

 

 

 

東へ、東へ進むと。

11月22日のブーゲンビリア。

 

今は、どんな風になっているか見てみたい。

 

 

 

 

ブーゲンビリアを過ぎて左折。

矢印が、祠の屋根。

 

 

 

 

 

「延命地蔵尊」

大阪市東住吉区山坂3-10-8

 

Y字路の中央にあります。

 

 

 

 

 

祠の扉はありません。

三体のお地蔵さんが祀られています。

 

左=日限地蔵尊

中=延命地蔵尊

右=子安地蔵尊

 

日限地蔵尊(ひぎりじぞうそん)とは

日を限ってお願いごとをすると

願いが叶うと言われています。

 

 

 

 

 

東住吉区役所前の交差点。

東に入ると。

 

 

 

 

「子安水子地蔵尊」

大阪市東住吉区東田辺2-4-18

 

真言宗白雲山不動寺の角に

地蔵尊と不道明が祀られています。

 

 

 

 

 

左=子安水子地蔵尊

中=水掛不道明

右=祠の中に一体の地蔵尊

右の右=小さな地蔵尊

 

 

 

 

 

東田辺の幼稚園を右折すると。

 

 

 

 

「日限地蔵尊」

大阪市東住吉区東田辺1-1-17

 

お地蔵さんは、L字型に配置されていますが

右奥のお地蔵さんは「北向き地蔵さん」

 

 

 

北向き地蔵尊は

全国に400体ほどしかありません。

珍しいお地蔵さんです。

 

 

 

 

後ろには、小さい北向き地蔵さんが

六体あります。

 

ウォーキングを始めて

ここで「64ヶ所目」の地蔵尊めぐりですが

初めて出会う、北向き地蔵尊です。

 

やはり神回のウォーキングでした。

さあ、帰ろう。

 

 

 

 

南田辺本通り商店街。

東住吉区には、東西南北の「田辺」があります。

 

 

 

 

「山阪神社」

大阪市東住吉区山坂2-19-23

 

 

 

 

 

歴史の散歩道のつたい石が続きます。

 

 

 

 

秋の味覚、柿の実が

たわわに生っているので見ていたら

家人が外へ出て来られてお話。

 

その昔、家人が柿の実を食べて

種を庭に捨てたそうです。

 

その捨てた柿の種から芽を出し

大きな柿の木になったそうです。

日本むかし話のような本当のお話です。

 

 

 

 

山坂公園です。

向かい側がニトリ。

 

通過する電車は、1本の普通電車。

電車の奇跡は、1回でいい。

 

 

 

 

西田辺の交差点まで戻って来ました。

交差点が好き。

交差点には、いつもドラマがある。

 

 

 

 

お庭のアレンジが素敵な美容室の前を通って。

8000歩超えると、足に負担がくる。

さあ、頑張って帰ろう。

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ウォーキング(2024.1121 北畠顕家墓碑)

2024年12月19日 | ウォーキング

 

今日のフォト。

あべの筋の沿道の家の前に

鉢植えのお花が並んでいます。

この家の人は、お花が好きなんだなあと

思いながら歩きます。

 

この日も史跡巡りで、「北畠顕家の墓碑」です。

16歳の若さで、陸奥国(東北)の

陸奥守(むつのかみ)に任ぜられ、数々の功績を挙げ

文武両道にすぐれ、才知抜群の貴公子でした。

 

見目麗しく「花将軍」とも呼ばれながら

享年21歳の若さで散った北畠顕家です。(討ち死に)

 

北畠顕家公の像は、阿部野神社に建立してあります。

 

 

そして墓碑は、北畠公園内にあります。

 

後醍醐天皇への上奏文には、政治を憂い

国の平和と、民・百姓の幸せを望んだ文面は

後世に高く評価され、政治の参考とされました。

 

 

2024年11月21日=3928歩。

万歩計の数値は、1日の歩数ではなく

ウォーキングの時だけのもの。

写真は全て、スマホ撮り。

 

 

 

            

 

 

 

 

あべの筋を北に歩いています。

 

 

 

 

 

ここが北畠公園。

反対側の歩道を歩いていたので

横断歩道を渡ります。

 

桜のきれいな公園で

桜の紅葉が、今が盛りのようです(11月21日)

 

北畠顕家の墓碑は、公園内にあります。

 

 

 

 

 

信号が赤になった時、車道から1枚。

 

 

 

 

「北畠顕家卿之墓」の石碑、三方面から。

 

 

 

 

北畠顕家公の由緒記。

 

 

 

 

公園にはベンチもあります。

 

 

 

 

「北畠顕家公墓」

大阪市阿倍野区王子町3-8-3

 

「大阪府指定史跡」になっています。

 

 

 

 

北畠顕家の由緒記と石碑。

 

 

 

 

 

石碑、三方面から。

 

 

 

 

 

由緒記

 

 

 

 

 

北畠顕家の墓碑の中へは入れません。

もとは「大名塚」と呼ばれた古墳群のひとつ。

 

墓は、二重台石に伏亀を置き、その上に竿石。

とても立派なものです。

 

 

 

 

 

顕家会館は、閉まっていました。

その横に、石碑があるのですが

何と書いてあるのか、分かりません。

 

 

 

 

 

散りゆくも

民の心に

刻まれて

花愛でる春

葉(よう)愛でる秋

 

 

阿倍野区北畠の地名は

北畠顕家や、父・親房にちなんだものです。

顕家の名前を地名に入れるということは

顕家らに対する、地元の人々の絶大な人気を物語ります。

 

地元の有志により建立された阿部野神社の

北畠顕家公像、毎年顕家の命日の5月22日に

恒例神事として「春季大祭」が行われています。

 

 

 

 

 

北畠公園には、桜の木があるので

春はお花見が楽しめます。

 

 

 

 

歩道を北へてくてく。

バラの花にも、出会いました。

 

 

 

 

 

北畠顕家墓碑の北畠公園から200m北へ進むと

向かい側に、阿倍王子神社の東の鳥居。

前の道路は、あべの筋。

 

ここから商店街に入り、てくてく。

商店街は、自転車も通らないので安全です。

 

 

 

 

商店街には、今でも「荒物屋さん」があります。

家庭用雑貨類のお店。

 

ちょこちょこ来るので

店主の叔母ちゃんと仲良くなりました。

ご夫婦で営まれています。

この日、叔父ちゃんは珈琲を飲んでいました。

 

ここでちょこっと、買い物をしました。

年末まであと何度来るかな?

大手ホームセンターより、便利な時があり

お宝が隠れているのです。

叔母ちゃんとの一言二言の会話も楽しい。

 

 

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする