雨、13度、84%
先日、テレビで「桜」の特集を見ました。番組の最後、「人にはそれぞれの桜があるんですね。」と語られました。「私にとっての桜はどの桜だろう?」
小学入学時は電車とバスを乗り継いで学校に通いました。九州大学の教養学部の道には大きな桜並木がありその桜の前で電車に乗り換えました。ある時帰国したら大学の移転でその桜は全て伐られていました。目を瞑ればその桜の様子が瞼に浮かびます。
香港に移り住む前には多摩川沿いの桜の名所のすぐそばに住んでいました。野良犬を引き取って育てていました。その犬と幼稚園に通う息子を桜を見るために遠回りさせて、幼稚園に送った朝を思い出します。川向こうから見ると一面の桜が見事でした。早朝その桜を息子と犬と独り占めできた喜びは心に残っています。そして、桜のない国に30年住みました。
7年前の早春、花が好きな老犬を連れて帰国しました。香港生まれ、香港育ちのモモは桜を見たことがありません。モモに桜を見せたいと強く思って帰国しました。 我が家の近くの桜並木でモモは桜を見ることができました。花びらの匂いも嗅ぎました。見出し写真からひと月後にモモは逝きました。この写真の時はすでに病状は進んでいました。
私にとっての桜は、やはりモモに見せることができた家の近くの桜です。昨日、雨の中足を運びました。ここ数年、いく本かの桜が枝を切られました。モモに見せた春より花は少なく感じます。数日前、ココと散歩した時の桜です。 私が子供の時分にはここには桜はありませんでした。4、50年の桜です。来年は花がもっと戻って来て欲しいと願います。 散り始めた桜の下を始業式の小学生が走って行きました。ここの桜が私にとっての桜です。