マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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東井戸堂ハツオサン

2009年06月10日 07時55分40秒 | 天理市へ
早朝に天理市東井戸堂の集荷場へ集まってきた数名のハツオサンの世話方。

今日は毎年4月15日に行われるハツオサンの日だ。

ハツオサンはハツオージサンとも呼ばれている八王子塚に高張提灯を設えることから始まる。

大字八軒屋の周辺に点在する八ヶ所の塚は川堤や田んぼのなかにありコンクリートで囲われている。

世話方は二つの班に別れて提灯の設営作業。

中央に二個のモチを供えると、次の場所へと提灯設えに忙しく駆け回る。

30年ほど前は子どもたちが当日までにお米貰いやお金を集め、それをハツオサンのヤドでよばれる費用に賄っていた。

杵と石臼でモチを搗くのも提灯設えをするのも子どもたちで、対象となるハツオサンの子どもは12歳の中学生から25歳の青年男子だ。

現在はその親たちが提灯張りなどの作業を担っている。

年長の家と決まっているヤドは長男が原則だが実際は次男でも構わないそうだ。

作業を終えると夕刻までは何もない。

再び集荷場に集まって、朝と同様に分担して提灯の蝋燭に火を点していく。

お参りに来る人もなく火が消えたら提灯を撤収し、用意したモチは一個ずつ47軒に配っていく。

モチは店で買うようになったが、今でも続けている村の行事は五穀豊穣や子どもたちの成長を祝ったのであろう。


奈良の東山間部では数少なくなった子どもの涅槃が行われている。

少子化時代の昨今、数年前まで行われていた地区も中断している現状にある。

その子ども涅槃はハツオサンと同じように子どもが主体の行事で年長の家がヤドとなって接待をする。

お米集め(お金の地区もある)して、それを売ってお金に換えて行事の費用にした。

子どもらのこずかいにもした。

その日の一日は親が面倒をみない子どもの遊びの日で村の行事としている。

涅槃の掛け図はみられないが、提灯張りが特徴になっているハツオサン。

いずれも子どもが主役の村の行事にかわりない。

お寺の行事のホンコ(報恩講)も同じ形態だと思料される。

類似性がみられる子どもが主体のノガミ行事も、子供から大人へ成長して村の仕事ができるようになったと村入りを認める村の行事なのでしょう。

(H21. 4.15 Kiss Digtal N撮影)

東井戸堂八王子塚

2009年06月10日 07時53分21秒 | 天理市へ
毎年4月15日にハツオージサン(ハツオサンとも呼ぶ)の祭礼が行われている天理市東井戸堂町。

八ヶ所に亘る八王子塚は八軒屋と呼ばれている集落を囲むように点在している。

布留川が東西に流れる南堤にコンクリート囲いされた塚が二ヶ所。

かって北側にあったが改修工事で移設されたという。

川を遡るポンプ施設際のツバキ樹が塚。

案内されないと通り過ぎる塚だ。

さらに北東に進んで橋を渡った右手の田んぼの中にある塚は八王子のなかでもひときわ大きく存在感をしめす。

南に戻ってバイパス道を越えた田んぼのたなかに二つの塚がみえる。

あと二ヶ所があるというが探すことができなかった。

ハツオージサンの祭礼は12歳の中学生から25歳の青年男子が塚に一対の提灯を掲げモチを供えることから始まる。

昔は大勢いた男児もすくなくなり、長男が跡取りするからと対象の男子の親が面倒をみている。

かっての祭礼では朝からモチ米を集めに廻ってそれをヤドと呼ばれる年長の家で杵と石臼でモチを搗いた。

夕方にはローソクに火を点けて、47軒にモチを配り、火が消えたら終了とする。

モチは店で買うようになったし親が世話することになっているハツオージサン。

本来は子どもだけで行われていた村の行事だ区長さんは仰った。

なお、山辺御県坐(やまのべみあがたにいます)神社を受け持つ「明神講」が八王子さんの提灯も管理しているそうだ。

(H21. 4.11 Kiss Digtal N撮影)