二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「コンビニ人間」村田沙耶香(文藝春秋 2017年刊)がおもしろい!

2019年02月01日 | 小説(国内)
おや、これはおもしろそうだぞ!
フィクション離れしていたわたしが、本屋の棚でふと眼を止めた小説。
ハードカバーの帯に「芥川賞受賞 50万部突破」の文字が麗々しく躍っている。

最初2~3ページ立ち読みし、その場では買わなかったが、いずれ読もうと脳内BOOK LISTに記憶した。
しばらくして文庫版が出ると、ハードカバーの値落ちがはじまり、あれよあれよというまに半額になったり、200円になったり。
というわけで2ヶ月ほど前、お安くなっていたのを手に入れ、寝かせてあった。

さっき調べたら、《累計92万部突破&20カ国語に翻訳決定。
世界各国でベストセラーの話題の書。》
・・・となっている。
最近の芥川賞作品は、川上未映子「乳と卵」、西村賢太「苦役列車」の二冊を読んでいる。
川上さんのはわかったような、わからないような不可解な作品、西村さんのは、露悪的反時代的な私小説。
近ごろの芥川賞作品など読むのは時間のムダ・・・だと、ほぼスルーしていきた。だから本書はわたしにとって例外に属する一冊(^^;)

コンビニというところは、昆虫にとっても、わたしのような初老の男にとっても、ウォッチングするに足る、ある意味「現代の聖域」といっていいだろう。「コンビニ人間」はAmazonに、なんと599件ものカスタマーレビューが投稿されている。
主人公古倉恵子は36歳、女性。恋愛経験もなく、性行為も知らない処女という設定。仕事はコンビニのバイト以外はしたことがない。
この設定のもと、女子フリーターの生態がリアルに描かれている。

前半はすばらしい出来栄えなので、これは五点満点の評価をつけてもいいかな・・・とかんがえながら読みすすめた。
しかし、後半、白羽さんという同年輩の男子と知り合い、同棲をはじめるあたりから、おやおやという展開になってしまった。
わたしの眼から見て、“男”という存在の厚みが十分書き込まれているとはいえない。
《「いらっしゃいませ!」
私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。
そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。》(本書20ページ)
《同じことで怒ると、店員の皆がうれしそうな顔をすると気が付いたのは、アルバイトを始めてすぐのことだった。店長がムカつくとか、夜勤のだれそれがサボっているとか、怒りが持ち上がったときに協調すると、不思議な連帯感がうまれて、皆が私の怒りを喜んでくれる。
泉さんと菅原さんの表情を見て、ああ、私は今、上手に「人間」ができているんだ、と安堵する。この安堵をコンビニエンスストアという場所で、何度繰り返しただろうか。》(本書29ページ)

フリーターと称される人と、ニートと称される人との違いは、ひと言でいえば「働いているかどうか」である。さっき検索してみたら、ざっくりいって、つぎのように定義されている。
・フリーターの意味:15~34歳までの非正規雇用者
・ニートの意味:15~34歳までの通学も就労もしていない人

したがって、主人公古倉恵子はフリーターに該当する。
おそらく作者村田沙耶香さんは、コンビニでバイトした経験がおありなのだろう。店内に響きわたる音に、主人公はじつに敏感に反応する。古倉は時給***円という給与をもらって働いているわけだ。
年金には加入しているのか?
市県民税は支払っているのか?
健康保険税はおそらく給与から天引きされているだろうが、そういう労働条件についてはいっさいふれていない。

肉親からも旧友からも、結婚しろ、もっとちゃんとした仕事をみつけろといわれつづけ、いささかうんざりしている。彼女は自分が「普通じゃない」という不安にとりつかれている。
ケーキを持ち寄ってお茶しながら“女子会”をやっているが、わたしのような読者からは、このあたりの描写もまことにうまい(*゚。゚) 風俗小説の秀作といっていいだろう。旧友と較べ「自分は普通じゃない」という劣等感に苛まれている自己意識との格闘が、おそらく多くの読者の共感を呼んで、90万部突破というヒット作になったのだ。

しかし、注意しなければいけないのは、村田沙耶香=古倉恵子ではないということ。
ほかの作品も読まなければたしかなことはいえないが、村田さんは、現代風俗の表層を掬い取るすぐれた作家的才能に恵まれている。エンターテインメントではないが、「純文学作品」の深刻さ、際立った個性もない。なんだかうまくバランスがとれているのだ。

《「コンビニに居続けるには『店員』になるしかないですよね。それは簡単なことです、制服を着てマニュアル通りに振る舞うこと。世界が縄文だというなら、縄文の中でもそうです。普通の人間という皮をかぶって、そのマニュアル通りに振る舞えばムラを追い出されることも、邪魔者扱いされることもない。》(本書87ページ)

作者は古倉と同棲(性的な関係はない)する白羽にそういわせている。
白羽は古倉の同類といえる存在だから、他者ではない。借りた金を返さない、アパートの家賃を払わない、浴室で寝る、仕事はサボる等、公序良俗を重んずる社会からは人間的に滑り落ちかかっている。
彼の生き方に多少は共感しつつも、主人公はそれを最終的には受け入れることができない。

そして、いったんはやめたコンビニ業界へとUターンしていく。不安定なフリーターの生活だが、コンビニのバイトこそ、自分の棲む世界だと。これは一種の“天職”宣言。
だからここまで読んできた読者は本書のタイトルが「コンビニ人間」であることを深く納得する。
現代という社会の、ある意味ど真ん中で、フリーターと呼ばれる多くの若者たちが働いている。
欲望を奪われた、下流志向の男と女。欲望が介在せず、単に同棲しているだけなら、男であること、女であることの意味は失われる。
西村賢太の世界の女性版という側面も持っている。
そういう若い世代の生態が、的確に描かれ、わたしはある場面では喝采を送りたくなった。
ストーリーも交わされる議論もページを追って深まっていく展開とはならず、やや物足りないが、小説としてはかなりの成果をあげていると評価できる(^-^)




評価:☆☆☆☆

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