
大渡橋が川霧にかすんでいる。
その霧の向こうへ 柴犬をつれた初老の男が消えてゆく。
スーパーのレジ袋をさげた髪の長い女も。
カラスが二羽 朔太郎の詩碑にとまって糞をする。
ぼくはシャッターを押すのをあきらめて
このごろよくしびれる左足をひきずりながら
左岸へともどってくる。
リモコンはどこへいったろう。
ぼく自身を操作するための。
かつて もう思い出せないくらい昔だが
ぼくはそんなリモコンをもっていたような・・・気がする。
だから ときにそれをさがしてみるのだが見つからない。
ことばの精霊たちが ぼくの体をトンネルのように通りすぎる。
ぼくの寓居は二草庵だけれど
好きなのは一木一草というイメージなのだ。
空の奥ふかくで 金色の花簪が揺れる。
ぼくのへそのあたりで 何十冊もの本が玉乗りしている。
たまに一冊 二冊の本がすべって 足許に落ちてくる。
よくいわれることだが 本を読んでいるつもりで
ほんとうはほとんどの人が 本に読まれているだけ。
リモコンはどこへいったろう。
ぼく自身を操作するための。
かつて もう思い出せないくらい昔だが
ぼくはそんなリモコンをもっていたような・・・気がする。
一木一草になりきるのはむずかしい。
それは そこにある。
その存在感は わかる
いや・・・わかろうとする人にしかわからない。
ぼく自身は一木より 一草に近いんだろうな。
そんなことが理解できるまで 六十年かかった。