二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

エポックメイキングな傑作! ~ヒラリー・ウォー「失踪当時の服装は」を堪能する

2023年12月03日 | ミステリ・冒険小説等(海外)
■ヒラリー・ウォー「失踪当時の服装は」法村里絵訳(東京創元社2014年刊)原本は1952年


つぎのページを繰るのがもどかしいほど、夢中にさせられた。
いやはや、す、すばらしい♬ 
これほどの出来映えはディーリア・オーエンズ「ザリガニの鳴くところ」以来となる。

ドキュメンタリータッチの地味なリアリズムが、冴えにさえて・・・警察小説の傑作が誕生したのだ。
こういうミステリが1952年に刊行されていたということが、ちょっと信じられない。
なぜこういう小説が書かれたのかは、解説(<警察捜査小説>を確立した三つの出会い)の中で川出正樹さんが理由をいくつか挙げている。

・実在の都市や施設名を採用したこと
・十話の犯罪実話を集めたチャールズ・ボズウェルのノンフィクション“They All Died Young(彼女らは皆、若くして死んだ) ”を読んで衝撃をうけたこと。のちにボズウェルはMWA賞犯罪実話賞を受賞
・現役の女子学生だった婚約者ダイアナ・テイラーの協力があったこと
・1946年12月にヴァーモント州で起こったポーラ・ジーン・ウェルデンの失踪事件をめぐって、事件記者や私立探偵にインタインタビューできたこと

これだけの要件がそろって、本編「失踪当時の服装は」が生み出されたのだ。
各種のオールタイム・ベスト等で必ず上位にランクインする定番の警察小説で、わたしも以前から意識していた。
なお、川出正樹さんによるこの解説は出色のもので、とても参考になった(´ω`*)

《1950年3月。カレッジの一年生、ローウェルが失踪した。彼女は成績優秀な学生でうわついた噂もなかった。地元の警察署長フォードが捜索にあたるが、姿を消さねばならない理由もわからない。事故か? 他殺か? 自殺か? 雲をつかむような事件を、地道な聞き込みと推理・尋問で見事に解き明かしていく。巨匠が捜査の実態をこの上なくリアルに描いた警察小説の里程標的傑作!》BOOKデータベースより

「捜査の実態をこの上なくリアルに描いた警察小説」とあるように、わたしも舐めるように、隅々まで読ませていただき、はじめて読むヒラリー・ウォーの作品をたっぷり堪能できた。
創元推理文庫のオビで宮部みゆきさんが「捜査小説とはこういうものだというお手本のような傑作」とおっしゃっておられる。わたしも同感。

ところで最近知ったのだが、世界で最初の警察小説はローレンス・トリートの「被害者のV」である。


   (このあいだブックオフでみつけたポケミス。2003年刊)

こちらはさして評判にはならなかったようであります(^^;
さて、本編の名場面はいろいろとあるが、ここを引用させていただこう。

《「やらないわけにはいかないんだ、バート」フォードは言った。キャメロンは足をとめたが、振り返らなかった。
「他にできることは何もない。警察の仕事がどういうものかは、わかっているだろう? 歩いて、歩いて、歩きまくる。そしてあらゆる可能性について調べ尽くす。
一トンの砂を篩にかけて、ひと粒の金をさがすような仕事だ。百人話を聞いて何も得られなければ、また歩きまわって、もう百人に話を聞く。そういうものだ」》(現行版232ページ)

フォードはブリストル警察署長、キャメロンは同警察署巡査部長で、フォードの若い部下の一人。ラストシーンにもこの二人が登場する。シャーロックホームズとワトスンではないが、この名コンビ二人が、全編を通じて活躍する。この掛け合いが、大きな見どころの一つとなっている。
三人称の客観描写である。

ボズウェルのノンフィクション「They All Died Young(彼女らは皆、若くして死んだ)」を読んだあと、ヒラリー・ウォーはつぎのように語っている。

《そこでは現実に起きた事件が微にいり細にいり、淡々と描写されていた。こうしたタッチをフィクションに応用し、何か特別なもの、ほかの作家が読者にまだ提供していないミステリをつくりあげることはできないだろうか》(「愚か者の祈り」の川出正樹による解説323ページより孫引き)

「これを読み終わったあと、私はもう以前の私ではありませんでした。」
ヒラリー・ウォーのこのことばが、警察小説誕生の瞬間を生々しく語りかけてくる。警察小説としては「被害者のV」がさきに刊行されていたが、読者たちの注目は「失踪当時の服装は」に集まった。
そういう意味で、エポックメイキングな傑作が本編ということになる♬
ドキュメンタリー(あるいはノンフィクション)のような現実。

後半、フォードとキャメロンが徐々に用心深い犯人を追いつめていくプロセスが、読む者の心を圧倒する。そして、最後のひとことが、全編に響きわたっている。
うむむ、いま読んでも十二分にコクのある警察小説の逸品である。


   (つぎは、もう一つの代表作といわれる「事件当夜は雨」がスタンバイしている)



評価:☆☆☆☆☆


※「被害者のV」
《女の悲鳴が事の発端だった―二一分署管轄内で起きたひき逃げ事件は、目撃者によれば、奇妙なことに事故の直前に悲鳴が上がったという。駆け付けた三級刑事ミッチ・テイラーは機転を利かせ、鑑識を呼び寄せる。悲鳴を上げた女性の部屋では猫が死んでおり、当の女性はなぜか火傷を負っていた。しかも、彼女と会う予定だった男が、すでにホテルで撲殺されていた。鑑識のジャブ・フリーマンの協力により、死者に纒わる人々の秘密が次第に浮かび上がり、ついにはひき逃げ事件との関連が…警察捜査の実態をリアルに描いた世界で最初の警察小説。》BOOKデータベースより

これもしばらくしたら読んでみようっと♪

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 激しい憎しみの連鎖 ~ロス... | トップ | 見事な構図、そして第二幕が... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

ミステリ・冒険小説等(海外)」カテゴリの最新記事