■ロス・マクドナルド「象牙色の嘲笑」小鷹信光・松下祥子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫 2016年新訳)
最初に結論を述べさせていたくと、本編は「動く標的」に比較し、小説として明らかに落ちる、と思われる。
なぜこんなに複雑な、入り組んだ小説を書かなければならなかったのか(^^;;)
文体が秀逸なため、何とかしまいまで読み了えたけど、かなりしんどかった。人間関係があまりに錯綜しているため、途中で二度ほど迷子になりかけた。
ことに第27章など、いまだもってわからない。
暗喩・直喩はあいかわらず精彩があるし、背景描写もうまいから、つい乗せられてしまう。だが、たとえがこれほど多いと、“喩”そのものに引っ張られて、気持ちがそれてゆく。ストーリーがかえって見えづらくなると感じたのはわたしだけかしら?
「ふむ、うまいなあ」
そういった暗喩・直喩の方がもちろん多いのだけど、凝り過ぎだよといいたくなった喩もあった。
なにしろ1ページに1つか2つは必ず出てくる。
《私立探偵リュウ・アーチャーは怪しげな人物からの依頼で、失踪した女を捜しはじめた。ほどなくその女が喉を切り裂かれて殺されているのを発見する。現場には富豪の青年が消息を絶ったことを報じる新聞記事が残されていた。二つの事件に関連はあるのか?全容を解明すべく立ち上がったアーチャーの行く先には恐ろしい暗黒が待ち受けていた…。錯綜する人間の愛憎から浮かび上がる衝撃の結末。巨匠の初期代表作、新訳版。》BOOKデータベースより
本編「象牙色の嘲笑」は、アーチャーものの第4作にあたるという。「動く標的」から数えて。
半ばまで読みすすんだあたりで、登場人物があまりに“小者”過ぎるため不満がつのった。
個性的で重厚感のある人間がいない。
辛うじてグレークという警部補くらいなものじゃ、まともにつきあえそうなのは。
ほかにミセス・シングルトンのコンパニオンとして登場する、シルヴィア・トリーンがいるが、ロス・マクはこの若い女性だけ、例外的に好意を持って造型している。
「動く標的」の場合、
ミランダ・サンプソン
アラン・タガ―ト
フェイ・イースタブルック
ベティ・フレイリー
・・・あたりは、奥行き感のある人物として描いてあった。
実在の人物のように厚みを持った登場人物といえば、「象牙色の嘲笑」では、悪党だが、ベニング医師くらいなものかも知れない(^^;;)
そして構成的には、最後の2章で全体の構図が明らかにされる。これではまるで“パズラー”(謎解きミステリ)ではないか。
ジャンル小説の枠の中で、小説として、ロス・マクはかなりの作品を書いた。
しかし、批判する人たちは、「どこまでいっても、所詮ハードボイルドさ。ジャンルの境界は踏み越えられない」というだろう。
でもねぇ、わたしがこうしてつぎつぎロス・マクを読むのは、不満は不満として、それを上回る魅力があるからですよ。
憎しみの連鎖でつながった男と女。結論は愛欲・・・といっていいだろう。
愛欲のために犯さざるをえなかった犯行。人体模型(骸骨)が、じつは本物だったというあたり、だれもがぞっとするはず。
たしかにロス・マクドナルドはミステリ、ハードボイルドの範疇を使って本編を作り上げている。だから解決篇(おしまいの2章)が必要となるのだ。
意地の悪い読者なら「な~んだ、馬脚をあらわしたね」というかも知れない。犯罪を行った二人が、さほど追いつめられているわけでもないのに、アーチャーに“告白”する。
それによって、縺れに縺れた糸がほどけてゆくのだ。
アメリカは多人種がモザイクのように交じり合う銃社会である。だから、こういったハードボイルドが成立するのだろう(。-ω-)
あとがきによると、「象牙色の嘲笑」は小鷹信光さんの最期の訳書だそうである。ハードボイルド小説にこだわっている読者で、彼を知らない人はいない。わが国おけるさきがけのお一人だったのだ。
翻訳ばかりなく、評論でも活躍なさっていた。
2015年、79歳、膵臓癌で逝去した。
評価:☆☆☆☆
最初に結論を述べさせていたくと、本編は「動く標的」に比較し、小説として明らかに落ちる、と思われる。
なぜこんなに複雑な、入り組んだ小説を書かなければならなかったのか(^^;;)
文体が秀逸なため、何とかしまいまで読み了えたけど、かなりしんどかった。人間関係があまりに錯綜しているため、途中で二度ほど迷子になりかけた。
ことに第27章など、いまだもってわからない。
暗喩・直喩はあいかわらず精彩があるし、背景描写もうまいから、つい乗せられてしまう。だが、たとえがこれほど多いと、“喩”そのものに引っ張られて、気持ちがそれてゆく。ストーリーがかえって見えづらくなると感じたのはわたしだけかしら?
「ふむ、うまいなあ」
そういった暗喩・直喩の方がもちろん多いのだけど、凝り過ぎだよといいたくなった喩もあった。
なにしろ1ページに1つか2つは必ず出てくる。
《私立探偵リュウ・アーチャーは怪しげな人物からの依頼で、失踪した女を捜しはじめた。ほどなくその女が喉を切り裂かれて殺されているのを発見する。現場には富豪の青年が消息を絶ったことを報じる新聞記事が残されていた。二つの事件に関連はあるのか?全容を解明すべく立ち上がったアーチャーの行く先には恐ろしい暗黒が待ち受けていた…。錯綜する人間の愛憎から浮かび上がる衝撃の結末。巨匠の初期代表作、新訳版。》BOOKデータベースより
本編「象牙色の嘲笑」は、アーチャーものの第4作にあたるという。「動く標的」から数えて。
半ばまで読みすすんだあたりで、登場人物があまりに“小者”過ぎるため不満がつのった。
個性的で重厚感のある人間がいない。
辛うじてグレークという警部補くらいなものじゃ、まともにつきあえそうなのは。
ほかにミセス・シングルトンのコンパニオンとして登場する、シルヴィア・トリーンがいるが、ロス・マクはこの若い女性だけ、例外的に好意を持って造型している。
「動く標的」の場合、
ミランダ・サンプソン
アラン・タガ―ト
フェイ・イースタブルック
ベティ・フレイリー
・・・あたりは、奥行き感のある人物として描いてあった。
実在の人物のように厚みを持った登場人物といえば、「象牙色の嘲笑」では、悪党だが、ベニング医師くらいなものかも知れない(^^;;)
そして構成的には、最後の2章で全体の構図が明らかにされる。これではまるで“パズラー”(謎解きミステリ)ではないか。
ジャンル小説の枠の中で、小説として、ロス・マクはかなりの作品を書いた。
しかし、批判する人たちは、「どこまでいっても、所詮ハードボイルドさ。ジャンルの境界は踏み越えられない」というだろう。
でもねぇ、わたしがこうしてつぎつぎロス・マクを読むのは、不満は不満として、それを上回る魅力があるからですよ。
憎しみの連鎖でつながった男と女。結論は愛欲・・・といっていいだろう。
愛欲のために犯さざるをえなかった犯行。人体模型(骸骨)が、じつは本物だったというあたり、だれもがぞっとするはず。
たしかにロス・マクドナルドはミステリ、ハードボイルドの範疇を使って本編を作り上げている。だから解決篇(おしまいの2章)が必要となるのだ。
意地の悪い読者なら「な~んだ、馬脚をあらわしたね」というかも知れない。犯罪を行った二人が、さほど追いつめられているわけでもないのに、アーチャーに“告白”する。
それによって、縺れに縺れた糸がほどけてゆくのだ。
アメリカは多人種がモザイクのように交じり合う銃社会である。だから、こういったハードボイルドが成立するのだろう(。-ω-)
あとがきによると、「象牙色の嘲笑」は小鷹信光さんの最期の訳書だそうである。ハードボイルド小説にこだわっている読者で、彼を知らない人はいない。わが国おけるさきがけのお一人だったのだ。
翻訳ばかりなく、評論でも活躍なさっていた。
2015年、79歳、膵臓癌で逝去した。
評価:☆☆☆☆