とてもとても遠い場所からやってきて
ぼくの傍を通りすぎ
ふたたび遠くへと消えていってしまうものがある。
宇宙の果てじゃないのに
宇宙の果てほども遠い とおいところからやってきて。
サラブレッドのように疾駆していくもの。
母にすてられた子どもとなって涙を流しているもの。
ぼくの耳たぶをひっ掻いたり
裏庭の落ち葉のようにかさこそと動き回ったり
・・・そうして ふたたび遠くへと消えてしまう。
ああ なんてやさしいんだ。
ああ なんて残酷なんだ。
ああ なんて滑稽なんだ。
ああ なんてみじめったらしいんだ。
ああ なんて愚かしいんだ。
ああ なんて麗しいんだ。
音のつばさに乗って ぼくは羽毛のように舞い上がる。
背後にはこの宇宙より広い 広漠とした沈黙がひろがっていて
それは眼には見えないのだけれど
こころに感じる ことができる。
ほら 音の粒々がきみのまぶたの裏をいったりきたり。
そうして いったいどこへ消えてゆくんだろう?
どこへ。
ぼくには紙のよごれにしか見えない楽譜の中へ。
そのさきには人のこころがある。
音楽は人のこころからやってきて
人のこころに着地する。
それを待っている人のこころや
後頭部の産毛や 足の爪のようなところへ着地する。
見ることはできないのに
聴くこと
感じることはできるだろう ほらね。
宇宙の果てじゃないのに
宇宙の果てほども遠い とおいところからやってきて。
ぼくはなにかを研ぎすまして待っている。
それがやってきて 遠ざかっていくのを。