二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

イギリス その周辺を歩くための本 (その2)

2021年05月16日 | エッセイ(国内)
※その(2)としたのは、『「イギリス 歴史の旅」を読みながら考えた』を(1)と見た場合です。

■高橋哲雄「二つの大聖堂のある町 現代イギリスの社会と文化」(ちくま学芸文庫 1992年刊 初版単行本は1985年刊)を読む

高橋哲雄さんの著作では「イギリス 歴史の旅」を前回UPした。
それにつづけて、本書「二つの大聖堂のある町 現代イギリスの社会と文化」(ちくま学芸文庫)を偶然手に入れたので、さっそく読みはじめた。
内容紹介はいつものように、BOOKデータベースにお任せしよう。

《なぜイギリス中産階級は探偵小説好きなのか。なぜイギリスは世界最大の幽霊大国なのか。どうして酒場をパブ(公)というのか。食事はほんとうにまずいのか―。奥行き深く層の厚いイギリスの文化と生活、一筋縄では行かぬイギリス人の行動と思考のエッセンスを、階級性と地域性に留意しつつ、広い学識と練達の文章で綴る長編エッセイ。》

初版の刊行が1985年であるため、やや古い、年代物のワインを思い出す向きもあるだろう。
ところでアメリカ大統領ニクソンの時代に、二つのニクソンショックがあったことは、多くの人が知っている。その一つが訪中、そして二つ目がドルショック。
固定相場制が変動相場制に移行したのは1973年であった(昭和48)。この年は記憶しておいた方がいい。
われわれ一般庶民が自由に海外へ出かけられる時代の到来であったからだ。1990年代半ばには一時1ドル=79円まで円高が進行する。
1980年代といえば、140~150円あたりをうろうろしていたといっていいだろう。

海外旅行に出かけていくというのは、円相場と大きな関りがある。
だが、高橋さんは60年代末からイギリスをはじめとするヨーロッパへ渡航していたというから、単なる観光ではないという意味で、エリートであったことは間違いないだろう。
本書が刊行されたのが85年。
イギリスに関するエッセイが流行する直前の一冊であったのではなかろうか´・ω・

この人はジャーナリスト的な感覚にもめぐまれている。他の人が書きそうで書かないおもしろいところを衝いている。小池滋さん、出口保夫さん、そして林望さんあたりの“イギリスもの”は、これまで何本かのエッセイを読んだ記憶がある(ノω`*)

目次を転載しておこう。
1.ハロゲイトのアガサ
2.消えゆく幽霊の国
3.二つの大聖堂のある町
4.「片想い」の音楽国
5.ドーヴァの舌びらめ
6.イギリス的「公」の世界
7.ロンドン西ひがし
8.「イギリス病」の人間学断片

いろいろな話題があるが、そこからピックアップすると・・・
《1935年にペンギン・ブックスが創設されたときの理念が「本の借り手を買い手に変える手段」というのだから、当時いかに貸本産業が隆盛をきわめていたかは想像に難くない。そして探偵小説はむろん買う本である以上に借りる本なのであった。》(18ぺージ)

《今日われわれになじみの深いクリスティやクロフツなどに代表されるイギリスの探偵小説は、かなり排他的に上・中流の知識階級の専有物なのであった。》(18ページ)

これはほんの一例だが、こういった“洞察”はいたるところにばかまかれているから、読み飛ばすべきではない。
第6章『イギリス的「公」の世界』では、パブがパブリック・ハウスの略称であることを指摘し、そのいわれを教えてくれる。

思い出話ではないし、mixiによくあるようなプライベートな身辺雑記でもない。絶えざる批評眼が出来事の背後にひそむものに注がれている。
表題となった「二つの大聖堂のある町」は、リヴァプールの町に大規模な大聖堂が二つもある・・・という話。ギリス国教会と、カトリックの教会である。
ここからイギリスという国の成り立ちや宗教問題をぐいぐい掘り起こしていくお手並みは卓越したものを感じさせる。
このリヴァプール出身のビートルズが、4人のうち3人まではアイルランド系であるのは、リヴァプールがどんな歴史を持った町かを立証している、という。

じつに的確に問題の在処を衝いているのだ。
第8章「『イギリス病』の人間学断片」(いまでいう考現学)は、「『イギリス病』起源考」「『イギリス病』の神話学」「競争を嫌う国」の3章に分かれているが、どのエッセイも、いや、そうか、そうなのか! と読者を立ち止まらせる考察にあふれている。

まだ賞味期限切れにはなっていない。
学識の広さと、現場を歩いて確かめようとする手堅い実証主義には脱帽である。
80年代の日本に、こういった鋭利な文明批評家がいたのは、ある意味で驚きである。
5つ☆でもいいのだが、近ごろこればかり連発しているので4つにとどめておこう(´v’)

イギリスに興味がおありの読者なら、一度は手に取るべき本である。



評価:☆☆☆☆

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