臨床ニュース
「うつ病」はどのように遺伝するのか(前編)
「日本の研究者」が世界で初めて発見した「その仕組み」
うつ病には、「うつ病になりやすい」人と、そうでない人がいて、
「うつ病になりやすい体質」は遺伝率30~50%で遺伝することがわかっています。この遺伝率は高血圧や糖尿病と同じ程度なので無視することはできません。しかし、その仕組みはまったくわかっていませんでした。
うつ病の原因がヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)のSITH-1(シスワン)遺伝子であることを発見した東京慈恵会医科大学・ウイルス学講座の近藤一博教授らの研究チームは、今回、「うつ病になりやすい」人とそうでない人は何が異なるかを発見し、「うつ病になりやすい体質」が遺伝する仕組みを、世界で初めて解明しました。その遺伝の仕組みは、これまで知られていなかった、全く新しいメカニズムでした。
近藤教授の自作のマンガとともに、驚きの研究についてくわしくお伝えします。
研究の概要
うつ病は環境と体質の2つの原因で発症し、同じ環境にあっても、うつ病になりやすい人となりにくい人が存在します。「うつ病になりやすい体質」は遺伝することが判明しており、その遺伝率は30%~50%と考えられています。これは高血圧や糖尿病の遺伝率と同程度です。しかし、うつ病の遺伝に関しては、通常の遺伝で知られている、親から子への染色体の伝搬では説明がつかず、その遺伝の仕組みは全く不明でした。
今回、東京慈恵会医科大学・ウイルス学講座の小林伸行准教授と近藤一博教授らの研究グループは、うつ病の原因となるヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)のSITH-1遺伝子には、うつ病を引き起しやすいタイプとうつ病を起こしにくいタイプが存在し、これが「うつ病になりやすい体質」やその遺伝に関与することを発見しました。
うつ病を引き起しやすいタイプのSITH-1遺伝子は、SITH-1が発現しやすい遺伝子変異を持っており、うつ病患者の67.9%がこのタイプのSITH-1遺伝子を持つHHV-6に感染していました。影響力を示すオッズ比は5.28で、
このタイプのHHV-6に感染している人は、そうでないタイプのHHV-6に感染している人の約5倍、うつ病になりやすいことが判りました。
また、HHV-6は新生児期に主に母親から感染し、その後、一生涯ウイルス感染が持続することが知られています。うつ病を起こしやすいSITH-1遺伝子は、HHV-6とともに親から子に伝搬することで遺伝に関係することも判りました。
この発見は、メンデル遺伝として知られている染色体の親から子への伝搬による遺伝のメカニズム以外にも、親に持続的に感染している常在微生物(マイクロバイオーム)の子への伝搬が遺伝のメカニズムになり得ることを示す世界で初めての発見であるとともに、HHV-6のSITH-1がうつ病の原因となることをさらに確実とする証拠でもあります。
この発見により、原理的にはうつ病の遺伝については、新生児期に「うつ病を起こしにくい」HHV-6をワクチンとして接種することが可能であると考えられます。また、これまでMissing Heritability(失われた遺伝率)と呼ばれ、謎とされていたうつ病の遺伝のメカニズムが明らかになり、解決策が得られたことで、うつ病に対する社会的偏見が減ることが期待されます。
なおこの研究は、2024年2月9日(日本時間:2月10日)に米国科学誌 iScience(Cell press)に掲載されました。
研究の詳細 うつ病の遺伝と関係するHHV-6 SITH-1遺伝子のR1A繰り返し配列
うつ病の原因であるSITH-1遺伝子はHHV-6のゲノムに存在し、3種類の繰り返し配列R1、R2、R3に囲まれています(図1上)。我々は、SITH-1のタンパク質コード領域(SITH-1 ORF)の発現に最も関係すると考えられるR1領域に注目しました。

図1 上:HHV-6遺伝子の構造 下:繰り返し配列R1の構造
R1領域には12塩基からなる繰り返し配列が複数種類、存在し、その種類や繰り返しの数は、SITH-1タンパク質の発現に関係します(図1下)。水色でハイライトしたR1A配列(SITH-1遺伝子の発現を抑制する繰り返し構造)の繰り返しの数が「うつ病になりやすいSITH-1」と関係します。
ちなみに、R1A配列の繰り返しの数は、HHV-6が感染している個人個人によって、2回から27回のバリエーションが見られました。
(後編につづく。7月30日公開予定)