フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

2月24日(月) 晴れ *完結

2020-02-27 13:29:36 | Weblog

8時半、起床。

トースト、ハム&エッグ、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

10時半に家を出て、千歳船橋(小田急線)に向かう。卒業生のサワチさん(論系ゼミ7期生)の出演する芝居を観るためである。

たぶんこの駅で降りるのは初めてである。

劇場は駅のすぐ近くの「APOC Tieater」。もう少し離れた場所だと勘違いしていて、そばを通り過ぎてしまい、到着までに時間がかかってしまった。開演5分くらい前に滑り込む。

本日の演目は作・演出河西祐介による「ワンルーム」「クロースチーム」「アフタースクール」の3つの短篇。「男」を通しタイトルとする連作短編集、いや、厳密には連作ではないので、連作風短編集というべきか。別日には別の3短篇で構成される「女」「愛」という連作風短編集が上演され、それらすべてを束ねて「人間賛歌」という公演タイトルが付いている。ここから想像されるのは、人間というものの素晴らしいことろだけでなく、弱いところやダメなところをすべて含めて描いて、それでもやはり、人間を、人生を、肯定的にとらえていこうというメッセージである。

河西は今回の公演パンフレットにこう書いている。「僕は半径5メートル以内のことしかかかない」。私小説ならぬ私演劇がここで宣言されている。こういうタイプの演劇では「会話」というものがとくに重要になってくるだろう。半径5メートル以内の小さな空間(部屋)の中で起きる「事件」ではなく、そこで交わされる「言葉」の中に人間関係の微妙な変化を読み取って行く、表現していくということになるだろう。

「ワンルーム」の舞台は休団中の劇団員タクミとその彼女チカが同棲しているアパートの一室である。チカと彼女の友人ユイが交わすたわいのない会話から舞台は始まる。ユカが環境省の職員と結婚することになったのだが、環境省大臣の小泉進次郎の兄の小泉幸太郎が出ているメガネのCMはどこのだっけという話で、「ゾフ」じゃなくて、「ジンズ」じゃなくて、「メガネ市場」じゃなくて・・・「ハズキルーペ」という言葉がなかなか出てこないという展開である。老眼鏡を必要とする私なんかにはお馴染みの「ハズキルーペ」が若者にはすぐに出てこないのかと思いながら聞いていたが、チカを演じるのがサワチさんで、できるだけ芝居っぽさを排して若者の「日常会話」を再現しようとしていることが伝わってくる。とはいってもこのときサワチさんは素の演技、普段の自分がしているようなしゃべりかたをしているわけではないだろうとも思った。私はときどき彼女とカフェをするが、そのときの彼女はチカのような話し方はしないからだ。もちろんカフェで私と会話をしているときのサワチさんが、素の彼女ではなくて、「大学時代のゼミの先生とカフェで会話をするときの私」というキャラクターを演じているのだと考えることはできる。たぶんそうだろう。しかし、そうだとしても、舞台の上でチカを演じている彼女が素のサワチさんだとはやはり思えない。彼女は普通の若い女性(OL)というのは友達とこんな口調で会話をしているだろうと考えながら、普通の若い女性(OL)を演じているのだろう。そして「普通を演じる」(演技であることを感じさせないように)というのはけっこう難しいことだろう。

そんなことを考えながら舞台を観ていると、「チカはどうなの?」という台詞をユイが言った。タクミとの結婚を考えているのかという意味である。ここから話は本題(演劇と生活)に入って行く。チカとタクミは付き合い始めて6年になる。けっこうな長さだ。結婚しないのは「お金がないから」とチカは答える。チカはしっかり貯金をしているが、バイト暮らしのタクミにはそれがない。でも、チカの紐のような存在にはなりたくない。チカがお金を出すからもっと広い部屋に引っ越そうといっても、彼のプライドが「うん」と言わせないのだ。「ワンルームじゃねえ、ストレスたまるでしょ」とユイが言い、「んー、ケンカした時とか、逃げ場がない」とチカが答える。

そこにタクミが劇団仲間3人(劇団主宰のトキオ、劇団員のトモコ、新人劇団員のヤマザキ)を連れて現れる。タクミはチカが留守(友達と会いに出ている)だと思っていたので、ここでミーティングをするつもりだったのだ。一方、チカはなんでいつもうちでミーティングをするのか、「バーミヤン」あたりでやればいいのにと常々思っているので、気まずい空気になるが、ユイがチカを促してご飯を食べに出ることになり、ミーティングが始まる。最初に新人劇団員ハマザキが自己紹介をして、劇団に入った理由を話す。高校時代に演劇をやっていて、そのときに出た大会の審査委員の一人がトキオで、そのときの講評が嬉しかったこと、去年の夏にトキオが主催したワークショップに参加してとても楽しかったことを話した。彼女は大学を辞めて劇団員になったのである。続いて、劇団主宰のトキオが来年は劇団として勝負の年にしたいと決意を語り始める。そのときタクミがトキオの話をさえぎって「ごめん、トキオくんさ。ちょっとその話をする前に俺から一個いいかな? ごめんね」と話始める(この場面に限らず、タクミの台詞には「ごめん」が多用される。「ごめん」とか「大丈夫?」とかの「気遣いの言葉」がとても多いのだ。多すぎると感じるほどに。それは私が若者(大学生)と話していて、あるいは彼らの会話を傍らで聞いていて、常々感じていることでもある)。

タクミは言う。「自分の話になっちゃって、申し訳ないんだけど、この半年間、お休みさせてもらって、その間、すっげえいろいろ考えたんだよ。まあ、俺もさ、もう30だし。ホントこれ、みんなにはぜんぜん関係ない話なんだけれど。まあ、一応、チカとも付き合って6年になるけし。子供のこととか考えたら、ちょっとそろそろ結婚しようかな、と思って。で、もちろん、お芝居も好きだから。好きっていうか、まあ、ずっとやってきたことだから。結婚しても、続けられたらいいなーとは思ったんだけど。自分の性格的に、ちょっとそれが難しくてさ。で、けじめってわけじゃないけど、ちょっとここで、お芝居をやめようと思って。」

サワチさんが今回の自分が出演する芝居について、「舞台役者を10年やっていた男性が彼女と結婚するために演劇を辞めて就職するというなんとも生々しいお話に出ます」と言っていた。「生々しいはお話」、つまり演劇界隈で生きている若者たちにとってはよくある、切実な話ということだろう。好きなことをやって、それで食べていければいいが、そうでない場合、好きなことと生活の両立に悩んで、好きなことをやり続けることを止めるという話だ。好きなことはここでは演劇だが、音楽や絵画などを含めて芸術一般に置き換えて考えることもできる。いや、さらに学問も含めて「学問・芸術」としてもいいだろう。タクミの場合、チカの存在(チカとの結婚)がそうした決断をする理由として前面に出ているが、そうした相手がいなくとも、「もう30だし」といういい方から、年齢という個人的要因が好きなことをやりつづけることのブレーキとして働いていることがわかる。好きなことをやりつづけることは若さの特権なのだろうか。そして「30歳」は若さの黄昏を意識させる年齢なのだろうか。

しかし、物語の結末は、タクミが演劇を辞めるところで終わるわけではない。タクミと劇団仲間との絆の強さ、演劇に対するタクミの思い(未練)を感じ取ったチカがタクミにキスをして言う。「あのね、あたしは、タクミくんのことが好き。すっっっっっっっっっごく、好き。だからね、お別れしよう」。はたしてこれでタクミはチカと別れて、劇団にもどっていくのか。はたまたますますチカのことが好きになり、決然として演劇と別れるのか。どちらにしろ、タクミはチカに愛されているのだ。決してチカから愛想尽かしをされるわけではない。「男」という通しタイトルの意味は、続く「クロースチーム」「アフタースクール」を観ずとも、ここに明らかである。男女の愛が「男」の視点から、換言すれば、自己愛的な視点から、描かれているのである。どんなときでも男は女に愛されたい(愛され続けたい)存在なのである。しょうもない存在だが、「人間賛歌」はそれを「しょうもないなあ」と受容するのである。

この調子であとの2つの芝居(サワチさんは出演しない)について書いていると話が長くなりすぎるので、短めに書かせていただく。

「クロースチーム」は舞台はラブホテルの一室。竹中という劇作家・演出家と芳子という女優志望の学生がいる。カップルというわけではない。竹中が電話で誰かと話をしている。「えっ、結婚なくなったの!? マジで? え、じゃあ、お前どうすんの。ああ、うん、おかえり」。「ワンルーム」を観た直後の観客は電話の相手はタクミだと了解する。チカと別れて、劇団に復帰するという電話である。「ワンルーム」では劇団を主宰する劇作家・演出家の男はトキオという名前だったが、「クロースチーム」では竹中という苗字で登場する。「竹中トキオ」。若者の多い観客の中でこの時点で「竹中トキオ」という名前のもつ文学史的意味について気づいているのは私以外に何人いただろうか。「竹中時雄」は私小説の嚆矢とされる田山花袋の小説『蒲団』の主人公の作家の名前である。そして「芳子」とは彼の著作のファンで、どうか先生の弟子にしてくださいと、神戸から上京してきた女学生の名前である。ちなみにタイトルの「クロースチーム」とは「布製の寝具」つまり「布団(蒲団)」の意味である。「クロースチーム」は『蒲団』へのオマージュなのである。竹中がラブホテルに来たのは、ラブホテルを舞台にした連作ドラマのプロット作りのためのロケハンで、芳子は助手としてついて来たのである。『蒲団』の主人公に妻がいたように、「ワンルーム」ではトキオは劇団員のトモコと一緒に暮らしていることになっている。しかし、竹中は清純で(彼氏はいないそうだ)、自分のことを慕ってくる芳子に恋愛感情を抱くようになる。二人は同じベットに入る。ところが、芳子が歯を磨きにいった隙に見てしまった彼女の携帯電話には彼氏らしき男からたくさんラインのメッセージがたくさん届いていた。竹中は芳子の嘘を責め、芳子が泣くと、「演技下手だねね」と突き放す。芳子は泣きやみ、舌打ちをしながら「ウザ」「キモい」「口臭い!」と捨て台詞を吐いて部屋を出て行く。竹中はパソコンに向かってプロット作りを始めるが、途中で、ベッドにもぐりこみ、芳子の匂いの残っている布団のに顔を埋め、深く息をする。分別のある大人の男たらんとして愛欲にバランスを崩す竹中、竹中に認められようとして清純でひたむきな娘を演じていたがとうとう地金が出てしった芳子、三上晃司と波多野伶奈の好演で見ごたえのある二人芝居になった。

「アフタースクール」の舞台は放課後の高校の演劇部の部室。「ワンルーム」と「クロースチーム」が連作色が強い旧作の再演だったのに対して、これは独立の新作だろう(「竹中」の名前が去年の演劇祭の審査員の一人として出て来るが、これは連作風にするための味付けだろう)。演劇部は部員の減少で存続が危ぶまれている。部員あゆの彼氏のごっさんを勧誘しようということになるが、あゆは浮かない顔をしている。昨日、彼がクラスメートの女の子と二人で「サイゼリア」に行ったことが原因で二人は喧嘩をしたからである。ごっさんが部室にやってきて、部長のやまだとおしゃべりをしている間もあゆは無言である。やまだが飲み物の買いに出て、二人きりになったとき、「私別に許してないからね。昨日のこと。やまだがどうしてもって言うからさ。それで呼んだだけだから」とあゆは言った。やまだが戻ってきて、それから少しして部員のちょりもやってきた。ちなみに部員同士は互いをニックネームで呼び合っている。ちょりはもちろんニックネームだが、あゆもニックネームで本当の名前は恵美だ。やまだに至っては本名は佐藤なのに「やまだっぽいから」ということでやまだと呼ばれている。ごっさん(本名は後藤)も部員になるのだったら改めてニックネームを付けようという話になり、ちょりが「岩石」「イシツブテ」なんかどうだろう(堅そうなイメージ)と言っているところに、あゆが「サイゼ」とボソッとつぶやく。「女とサイゼ行ってたの、こいつ」。昨日の件が暴露される。ちょりが「それはさー、ダメでしょ。浮気だよ、それは」と断言する。時計を見て、ちょりが退室。続いてやまだも。二人になって、ごっさんはあゆにさかんに謝る。「ごっさんは私のこと好き?」とあゆが聞く。「好きだよ」とごっさんが答える。「どこが好きなの?」とあゆが重ねて聞く。さあ、ここは大切なところだと思って、私も彼の答えを待ったが、彼はこう答えた。「んー難しい質問だね。俺のことを好きでいてくれるところかな」。人は自分に好意をもってくれる人に好意を感じるというのは一般的に言えることだが、ここでそれを言うのは馬鹿正直にもほどがあるだろう。あゆはごっさんのことを「好きかどうか、わかんないかも」と言ったのに対しても、「怒ってるってことは、それは好きだってことでしょ? 好きだから嫉妬するわけだし」とごっさんは答える。嫉妬の背後に愛情があるというのは心理学的には妥当な見解かもしれないが、この状況でそれを言うか。自己愛的性格丸出しである。「ドリア食べたの?」とあゆが聞く。「サイゼリア」でのことを聞いているのだ。「ドリンクバーだけ?」。ごっさんは答えた。「ドリア食べた」。あゆは「そっか」と言った後、少し間を空けて、「別れよっか。もう別れた方がいいと思う」と言った。私にはこの部分が一番興味深かった。ドリンクバーだけならぎりぎりセーフで、ドリアを食べたらアウトなのか。この感覚はなんなのだろう。並んで歩くだけならいいけど、手をつないだらダメというようなことなのだろうか。飲み物と食事の間に境界線があるらしいが、ケーキはどっちに入るのだろう、なんてことを私が考えていたら、あゆが泣きながら「ついて来ないで」と言って退室してしまった。ごっさんが唖然としているところにちょりが忘れ物を取りに戻ってくる。そして先に出て行こうとするごっさんい向かってこう言う。「一緒に帰らない?」。ちょりはごっさんが劇団ひまわりに所属していて、芸能人と仕事をすることもあるという点に興味を持ったようである。ごっさんが「ああ、ぜんぜんいいけど」と答えると、ちょりは「じゃあさ」と笑いながら、「サイゼ行かない?」と言った。おいおい、魔性の女かよ。ごっさんもそう感じたのだろう、「ねえ、ちょりさんさあ。君、モテるでしょ? モテるよね、絶対。あのさー、男子なめんなよ」と言い放った。うん、よく言った。「なめてないよー」とちょりは答え、「じゃあさあ。行かない?サイゼ」と重ねて聞いてきた。全然堪えてないみたいだ。ごっさんはちょっと考えてから、「まあ、それは行くけど」と答えた。これがバラエティー番組なら「行くんかーい!」とツッコミが入るところだ。まったく男ってやつは・・・「人間賛歌」ですな。ちょりを演じたのは「クロースチーム」で芳子を演じた波多野伶奈。さっきとは髪型を変えての出演だが、スパイスの効いた演技だった。あゆを演じた寺田華佳は、「ワンルーム」でもトキオに思いを寄せる新人劇団員のヤマザキを演じていたが、どちらも嫉妬で冷静さを失う演技がお見事だった。

短めに書くつもりが、結局、長いものになった。

観劇を終えて、併設のカフェでゆずスカッシュを飲む。

後からブログに感想を書くときの資料として本日の芝居の台本を購入した。

サワチさんと少し話をする。お疲れ様でした。彼女のご両親も来られていて、挨拶を交わした。

劇場を出て、時刻は2時になろうとしていた。近所で昼食を食べるから帰ることにしよう。

駅前の商店街を歩いて、「はま」というとんかつ屋に入る。

カツ丼(980円)を注文。「上」もあったが、初めての店では「並」を注文することにしている。「並」と「上」では肉の質や量が違うのだろうが、とんかつの揚げ方やカツ丼の味付けは同じはずである。

さきほどサワチさんから「サワチ特典」をいただいた。お菓子とカードが入っていた。

彼女は来月また別の舞台に立つ予定である。ただ、気がかりなのは、昨今の自粛ムードである。小さなイベントまで自粛ムードが広がるのはどうかと思うのだけれど。

夕食はとろろ汁、

揚げシュウマイ、鮭の昆布巻き、白菜の味噌汁、ご飯。

深夜、久しぶりに近所の専門学校のキャンパスの周りをウォーキング&ジョギング(4キロほど)。

2時、就寝。