かつて奥州街道の脇往還であった羽州街道は、桑折宿から分かれて小坂峠を越えて仙台藩領に入り、現七ヶ宿町を通り抜けて現山形県上山市の楢下宿に至って、更に北上して津軽の油川を目指していました。この街道の上戸沢や下戸沢といった旧宿場が並ぶ長閑な田園地帯の一軒宿、白石湯沢温泉「やくせん」にて日帰り入浴してまいりました。
敷地内には「湯沢神社」と称する小さな神社があり、温泉の縁起を記した石碑が設置されています。曰く、その昔、当地で営業していた宿にみすぼらしい格好の坊さんがやってきて宿泊を乞うたが、宿賃の取りっぱぐれを危惧した宿はその坊さんを門前払いにした。すると坊さんは持っていた杖で地面を叩いてその場を去ったのだが、しばらくするとその場所からお湯が湧き出た。その後しばらくこのお湯は忘れ去られた存在であったが、後年このお湯に浸かった者がその効能に驚き、温泉宿として再興した。かつて杖を叩いた僧侶は弘法大師ではなかったか・・・とのことです。弘法大師が杖もしくは錫杖を突いたら温泉が湧き出した、という伝説を有する温泉は日本全国に余多あり、そのほとんどは弘法大師が訪れたのではなく、山師として流浪の人生を送っていた高野聖であったことに想像は難くないわけで、もしこの伝説が本当であったとしたら、当地も高野聖が何かを掘り当てようとした際に温泉を発見したのかもしれません。
祠の傍らには「くすりの泉」と刻まれた碑とつくばいが藪に半身を隠していました。お宿の名前である「やくせん」とは薬泉という意味であり、ご近所の萬蔵稲荷神社の神主さんが命名したんだそうです。
玄関から上がって帳場で入浴料金を支払い、お風呂のある奥へと進みます。玄関の帳場と反対側にあるカウンターにはこけしがたくさんこちらを向いて微笑んでいました。
ちゃんとした旅館だけあり、フローリングの脱衣室は綺麗に保たれており、ロッカー・ドライヤーなどベーシックな備品の他、ルームエアコンも1台設置されているので、暑い日の湯上がりでも涼しく快適に着替えることができました。壁には「温泉でガンが消えた」という内容のレポートが貼り出されているのですが、真偽の程はいかに…。
お風呂は男女別の内湯のみですが、その浴室はスペースが広くて天井も高く、梁や柱、そして床材に用いられている重厚な味わいの石板タイルなど、諸々の部位が立派でして、和風旅館らしい風格が感じられます。なお洗い場にはシャワー付き混合水栓が5基並んでいました。
浴槽は13~14人は同時に入れそうなほど大きなもので、縁は木材、槽内の側面はタイル、底には御影石系の石材が用いられています。そして白木の縁の上を、浴槽のお湯が絶えずオーバーフローしています。槽内には吸引口らしきものが確認できますが、稼働している気配はありません。加温しているにもかかわらず放流式の湯使いを実践しているのは立派ですね。
源泉温度が40℃に満たないため、2本ある太い竹筒より、加温されたお湯が浴槽へと供給されています。2本の筒からは若干温度が違うものの同じようなお湯が吐出されていましたので、てっきり同じ配管を分配させているだけかと思っていたのですが、筒の根元がある窓の外を覗いてみますと、2本はそれぞれ別の配管とつながっていました。両者にはどんな違いがあるのでしょうか…。
湯口の上には「保健所の指導により、ここでは飲めません」と記されていますが、飲泉については後述します。2本の竹筒から出るお湯は44~5℃まで加温されているのですが、湯船では41℃くらいに落ち着いており、はじめのうちは体への負担が軽い状態で入浴することができました。無色透明で芒硝感と石膏感を放つお湯は、いかにも硫酸塩泉らしいトロミとともにキシキシと引っかかる浴感を有し、さざなみ立つ湯面は虹色に輝き、湯船から出した指先は青白い光を放っています。41℃という湯加減ゆえに全身浴してじっくりと長湯したくなるのですが、硫酸塩パワーが発揮されるためか、気づけばボディーブローのように体へ負担がのしかかり、湯船から出たり入ったりを何度か繰り返すはめになりました。薄そうに見えて意外とパワフルなのです。
男女浴室の入口と並んで、飲泉場の設備が別室の中に設けられており、訪問時もタンクを持参した方が車で乗り付けて、お湯をたっぷり汲んで持ち帰っていました。
ステンレスの流し台には、塩ビのパイプから絶え間なく生の源泉がドボドボと落とされており、壁にはホルダーに入った紙コップも用意されていたので、コップに汲んでそのお湯を実際に飲んでみますと、石膏味と芒硝味がしっかりと口の中に広がってゆき、石膏臭が鼻へと抜けていきました。味・匂いともに浴槽のお湯よりはるかにはっきりしており、やはり加温されていない生源泉の方が質感は優れているようです。
この界隈は渋くてそれほど知名度が高くないにもかかわらず、クオリティの高い温泉がポツンポツンと点在していますから、意外と面白い湯巡りが楽しめますね。
ナトリウム・カルシウム-硫酸塩泉 35.8℃ pH8.4 蒸発残留物1173mg/kg 溶存物質1143.8mg/kg
Na+:206.1mg(54.94mval%), Ca++:145.0mg(44.39mval%),
Cl-:62.7mg(10.83mval%), SO4--:667.5mg(85.02mval%),
H2SiO3:32.9mg,
加温あり
白石駅・白石蔵王駅より白石市民バス(土日祝は運休)の小原線で六角バス停下車、徒歩12分(約1km)
宮城県白石市小原字下戸沢湯沢山13 地図
0224-29-2620
ホームページ
日帰り入浴10:00~19:00 第4木曜定休
500円
ロッカー・シャンプー類・ドライヤーあり
私の好み:★★