温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

渋温泉 多喜本旅館

2015年12月18日 | 長野県
 
石畳の路地がノスタルジックな風情を作り出している渋温泉。この温泉街の西端、安代温泉との境界付近に位置する「多喜本旅館」で日帰り入浴しました。温泉街のメイン通りに面する玄関は破風屋根を戴き、渋温泉の風情によく馴染んでいる純和風の旅館といった趣きです。日帰り入浴の利用が可能であるとの札も立てられていましたので、意気揚々と玄関を訪ったのですが、いくら声をかけても全く応答がありません…。


 
宿の敷地は反対側の川に面したバス通りまで達しており、こちら側にも玄関があるのですが、外観の装いは全く異なり、RC造と思しき3階建てで、玄関も自動ドアという雑居ビルのような雰囲気です。おそらくこちらは新館で温泉街側は旧館といった位置づけなのでしょう。山形県・肘折温泉にも同じように建物の裏と表の両サイドに玄関を設けているお宿が何軒かありますが、それとおなじような感じです。どうやら新しい建物の方がメイン棟として使われているらしく、この新しい側から館内に入ると、帳場にスタッフの方がいらっしゃり、入浴をお願いしますと快く受け入れてくださいました。こちら側の玄関では6代目三遊亭円楽師匠の大きな人形がお出迎え。円楽さんは楽太郎時代からこちらのお宿を長年にわたって贔屓になさっているんだとか。そういえばかつてのお弟子さん(伊集院光さん)が、師匠のお供で何度か渋温泉へ訪れたとラジオで話していたような記憶があるのですが、そのお宿はこちらのことを指しているのでしょう。


 
館内には三遊亭円楽や襲名以前の楽太郎の名前を冠したグッズがたくさん飾られていました。落語に詳しい方ならお分かりかと思いますが、館内のあちこちに飾られている三ツ組橘の紋は円楽一門のものですね。このように館内は円楽一門の色で染まっており、まるで一門に弟子入りしたかのような錯覚に陥ります。


 
中庭を眺めながら廊下を歩いて、温泉街側の古い建物へと向かいます。


 
温泉街側の玄関そばに浴場入口があり、男女別の内湯のほか、家族風呂や露天風呂など、館内には計4種類のお風呂があるのですが、男一人で突然やってきて、いきなり貸切風呂を使わせてくれとお願いするのは、節操が無く後ろめたいことのように思われたので、今回は男湯のみの利用とさせていただきました。


 
脱衣室はごく一般的な様式で、陶器の洗面台を採用するなど随所を適宜更新している形跡が見られますが、建物自体が相当疲れているらしく、歩いていると床が撓み、場所によっては床板を踏み抜きそうになりました。いや、不摂生な食生活を送って内蔵脂肪をたっぷりと蓄えてしまった私の問題でもあるのでしょうけど…。はぁ、俺、頑張って痩せなきゃ…。


 
観葉植物のヤシの鉢植えが置かれた浴室は、どこかトロピカルな雰囲気を漂わせつつも、脱衣室と同様に相応の年季も感じられ、おばあちゃんが無理してフラダンスを踊っているような少々シュールな佇まい。そんな室内には、湯気とともに石膏と芒硝が混ざったような匂いが籠っていました。タイル張りの室内の真ん中に曲線を描く大きな浴槽が据えられ、窓下に配置された洗い場にはシャワー付きカランが3基並んでいます。



全体的に曲線を描く浴槽は、心臓の断面図というべきか、はたまた金貨が入った袋というべきか、牡蠣の剥き身というべきか、とにかく下膨れをした独特の形状をしており、大きさとしては10人サイズ。縁を乗り越えてお湯が溢れ出るようなことはなかったのですが、窓下にはオーバーフロー管と思しき穴があいていましたし、底面には目皿もありましたので、こうした穴から排湯されているのでしょう。湯使いはおそらく放流式かと思われます。


 
 
浴槽の奥には岩がまるで渓谷のようにうずたかく積み上げられており、その岩の間から直に触るのが躊躇われるほど激熱のお湯が、細い滝のように落とされていました。湯口まわりの岩の表面には、ものすごく分厚くて白く、まるでサンゴ礁を思わせるようなトゲトゲの析出がびっしりとこびりついており、硫黄の影響なのかその一部はカスタードクリームを思わせる淡い黄色を帯びていました。

こちらのお宿では複数の源泉を使っており、公式サイトによれば、この男湯では「湯栄第2号」という源泉が使用されているんだとか。でも脱衣室に掲示されていた分析表には源泉名として「比良の湯」と記されており、どちらが正しいのかよくわかりません。ちなみに女湯では「荒井河原源湯」という別源泉が引かれているんだそうです。

男湯(岩風呂)で用いられているお湯は無色透明ですが、湯中には綿くずのような細かな浮遊物(おそらく湯の花)がチラホラ舞っています。お湯を口にしてみますと、石膏の味と匂いがしっかりと感じられるほか、うっすらとした芒硝感、そして弱いながらもはっきりと主張してくるタマゴのような味と匂いが伝わってきました。渋温泉でこれだけはっきりとしたタマゴ感が得られるのはちょっと意外かも。食塩泉らしいトロミを伴うツルスベ浴感の中に、硫酸塩泉らしい引っかかりが混在しています。湯口では激熱ですが、お湯の投入量が絞られているため、湯船では丁度良い湯加減です。お風呂こそ渋い造りですが、お湯の持つフィーリングはなかなか個性的。渋温泉に湧く源泉の多様性を実感させてくれるお風呂でした。こちらのお宿では他に2種類(この岩風呂を含めると計3種類)の源泉を引いているんだそうですから、いずれは一泊して全ての源泉を堪能してみたいものです。



私が「多喜本旅館」で立ち寄り入浴をした際に最も気になったことは、お風呂のことでも源泉のことでもなく、お隣で店を開いているお菓子屋さんの屋号についてでした。その名が「わかたけ」なのです。落語が好きな方ならお気づきかと思いますが、蛇足を承知で簡単に説明申し上げますと、今は亡き先代の円楽さん(かつて「笑点」で司会をつとめていた馬面のお師匠さん)は、いろんなゴタゴタがあって落語協会を脱退した後、東京の寄席の定席(新宿の末廣亭や上野の鈴本など)に出演できなくなった自分のお弟子さんたちに高座を用意するため、私財を投じて江東区の東陽町に寄席をつくりました。その寄席の名前こそ「若竹」なのであります。志こそ崇高でしたが、すぐ厳しい現実に直面し、数年で経営難に陥って早々に閉館してしまい、その後、先代円楽さんは借金の返済で大変なご苦労をなさったそうです。もちろん寄席「若竹」とこのお菓子屋さんは、たまたま同じ名前であっただけで、何の縁もゆかりも無いのでしょうけど、もしかしたら、当代の円楽さんが楽太郎時代に初めて当地を訪れた時、このお菓子屋さんと宿の並びに円楽一門と何かの縁を感じ、宿の湯に浸かりながら篤く慕っている先代の師匠の愛情に想いを寄せていたのかな、なんて勝手に想像してしまいました。

そんな私の下衆な勘ぐりはともかく、渋温泉では日帰り入浴を積極的に受け入れてくれる貴重な存在ですし、岩風呂で入れる源泉の個性も面白いので、当地での湯めぐりにおいては、訪れる価値がある一湯かと思います。


(男湯「岩風呂」)
比良の湯
ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉 pH4.78 湧出温記載なし 成分総計1293mg/kg
Na+:256.7mg(65.49mval%), Ca++:95.26mg(27.89mval%), Mg++:8.09mg,
Cl-:289.7mg(48.40mval%), SO4--:412.1mg(50.87mval%),
H2SiO3:161.5mg, HBO2:38.22mg,
(昭和50年4月22日)

長野県下高井郡山ノ内町平穏2279  地図
0269-33-3245
ホームページ

日帰り入浴時間不明
500円
シャンプー類・ドライヤーあり

私の好み:★★
コメント
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