今回の湯田中・渋エリアにおける湯めぐりでは、渋温泉の西端に隣接している安代(あんだい)温泉「安代館」で宿泊することにしました。明治35年創業という老舗のお宿で、安代温泉のシンボルと言うべき共同浴場「安代大湯」の手前左側に位置しており、渋温泉へとつながる温泉街の通りに面して建つ、細長い木造3階建の趣きあるお宿です。
●館内・客室
私が訪れたのは今年(2015年)の早春(いつもながら季節外れの記事で申し訳ございません)。玄関のホールにはお雛様が飾られていました。私が訪うと、気さくで陽気な女将さんが対応してくださり、お話しをしながらお部屋へと案内してくださいました。館内はいかにも昭和の木造旅館らしく、通路が複雑に入り組んでおり、途中で左右にクネクネ折れたり、小さな段を数カ所上がったりして行きますから、方向感覚が悪い方でしたら迷っちゃいそうな感じですが、昭和以前の旅館建築ではこのように館内動線を迷路のようにする例が多く、意図的に複雑な構造にすることによって非日常性を演出しているものと思われます。廊下の途中には小さな石庭を拵えられ和の趣きを醸し出していますが、これも非日常的な雰囲気を客に与えるアイテムのひとつと言えるでしょう。
今回お願いしたのは2食付きの一人旅プランで大体9,000円前後。通されたお部屋は8畳の和室で、石畳の温泉街を見下ろす明るいお部屋には、トイレや洗面台も備え付けられており、後述するように2食ともお部屋出しでしたので、お風呂以外はお部屋から出る必要もなく、部屋に籠ってのんびりと過ごすことができます。とはいえ、落ち着きのない私が部屋の中でジッとしていられるはずもなく、宿泊中には何度となくお部屋を出て温泉街を動き回ったわけですが、その行動内容についてはまた後日。
●食事
上述したように、この時は2食ともお部屋出しでした。
夕食はカモ鍋や馬刺し、マグロ赤身の山かけ、茶碗蒸し、そして信州名物のキノコを使った料理(肉詰め)などなど、お膳の上だけでは収まりきらないほど、たくさんの料理が提供され、全てを平らげたらお腹が苦しくなっちゃうほど、美味しくてボリューム満点でした。
朝食は焼きジャケやハムといった家庭的な献立のほか、朝の胃袋に優しい湯豆腐など、夕食に負けないほどの豪勢なラインナップ。お味噌汁の具になっているネマガリタケは女将が山で採ってきたものなんだとか。
●龍宮風呂
館内のお風呂は2室あり、夕食時を境に男女を入れ替えています。この男女の区分は廊下にもちゃんと掲示されていますので、これを確認の上で利用させていただきました。まずは夕食前まで男湯になっている「龍宮風呂」から。
「龍宮風呂」は2階へ上がって左側に進んだ突き当たりにあり、その手前には石庭や茶屋を思わせる装飾がしつらえられていました。華やかな宴が催される龍宮城のとば口をイメージしているのでしょうか。でも出入り口のドアに記された文字がいかにも昭和な感じです。
脱衣室は鰻の寝床のように細長い空間で、左側の棚には籠がずらっと並んでいます。
浴室は大きな窓ガラスから陽光が降り注ぐ明るい環境なのですが、この日は湯気が濃く籠っており、湯気とともに石膏臭も漂っていました。床には白や青の豆タイルが敷き詰められているほか、壁の一部にはガラスブロックが用いられており、こうした内装によって海のイメージを演出しているものと思われます。洗い場にはシャワー付きカランが3基並んでおり、ボイラーの沸し湯が出てくるのですが、ボイラーからカランまで距離があるらしく、お湯が出てくるまではちょっと時間がかかります。
浴槽はひょうたんを半分に割ったような形状をしており、槽内は水色のタイル張りで、縁は御影石なのですが、この御影石はよくある直線状にカットされたものではなく、波のような曲線状に加工されており、そのおかげで柔らかな印象を与えてくれます。あくまで私の想像ですが、床のタイルや壁のガラスブロックと同じく、おそらく海中の龍宮城を連想させるため、このような形状にしたのでしょうね。
白いトゲトゲの析出がサンゴのようにこびりついている湯口から、アツアツのお湯が落とされており、時折ボコッボコッと音を立てながらお湯を噴き出していました。この音は脱衣室まで響くほどの大音量なのですが、これは引湯に伴う音なんだとか。湯船を満たしたお湯は、波のような曲線を描く縁から洗い場の床へ溢れ出ており、湯使いは文句無しの掛け流しかと思われます。湯浴みした際に肌へ伝わる鮮度感も良好です。
洗い場のカランと並んで、温泉の熱いお湯が投入できるホースがあり、もし湯船がぬるい場合はこのホースでお湯を継ぎ足すんだそうですが、私の利用時にはこれを用いらずとも十分な湯加減が維持されており、むしろしっかり湯もみしないと熱いほどでしたので、入念にお湯をかき混ぜてから入浴させていただきました。このホースの蛇口にも白い析出が付着していますね。お湯の具体的なインプレッションについては、後編にて申し上げます。
後編につづく