今回から九州の温泉を連続して取り上げてまいります。まずは熊本県南部の芦北町にある吉尾温泉から。
この温泉は肥薩線の吉尾駅から徒歩圏内にある駅近温泉なのですが、普通列車しか停まらない無人駅であり、しかも列車の本数がとても少ないため、希望の時間帯に立ち寄ろうとしても、うまい具合に乗り継ぐことができません。私が当地を訪れるにあたって他の交通機関について調べたところ、芦北町で運行しているコミュニティーバス「ふれあいツクールバス」の大岩・白石線が、不知火海沿岸を走る肥薩オレンジ鉄道の佐敷駅から吉尾温泉を通って肥薩線の吉尾駅や白石駅を結んでおり、しかも私の旅程にぴったりな乗り継ぎが可能であることが判明しました。そこで、ちょっと遠回りになりますが、この路線バスを利用して吉尾温泉へ向かうことにしました。
まずは肥薩オレンジ鉄道の佐敷駅で下車。
駅前のバス停から芦北町の「ふれあいツクールバス」に乗り換えます。名前から想像できるように、通学時間帯にスクールバスとして使っている車両を、日中は地域住民の足として有効活用しているもので、私のような旅行者でも利用することができ、しかも運賃は無料なのです。このバスの存在を知った時には、無料で乗車できるということが信じられなく、事前に「本当に旅行者でも無料で乗車できるんですか」と町役場に電話で問い合わせしてしまいました。なお本来の目的はスクールバスですから、朝の通学時間帯は学生優先で、一般客が利用できないこともあるようです。時間通りに停留所へやってきたバスに乗り込みますと、地元のお年寄りが2人ほど乗車していましたが、途中からは私一人だけに。町に税金を納めていない私のような外来者が無料で乗せてもらうことに、ちょっと後ろめたさを覚えてしまいます。
なおこの「ふれあいツクールバス」に関する詳細な説明や時刻表などは芦北町の公式サイト(トップページ→「くらしの情報」→「住民利用バス」)でご確認ください。
芦北町の中心部を過ぎて平地を東進してゆくと、徐々に山間へと入って行き、途中でバス1台がやっと通れるようなワインディングの狭い峠道で分水嶺の山を越え・・・
1.5車線の狭い県道を走りながら、球磨川流域の小さな川や谷合いに点在するいくつかの集落を通り過ぎてゆきます。車窓にはいかにも日本の田舎らしい長閑な田園風景が続きました。途中で数名のおばあちゃんが乗り込み、役場の支所や診療所などで下車していきました。町の目論見通り、地域の交通弱者の足として役に立っているようです。
佐敷駅から約50分で、ようやく「吉尾温泉」のバス停に到着です。温泉といっても温泉街が形成されているわけではなく、谷合いの集落に数軒の温泉旅館が離れて点在しているばかりで、飲食店や観光名所などは無く、熊本県民ですらもその存在をご存知ない方が多いかと思われます。
谷底を流れる清流の吉尾川には、マスの魚影がたくさん見られました。こんなあからさまに姿を見せて、猛禽類やサギなどに狙われないのかな?
バス停から川をちょっと遡った対岸にある「町立吉尾温泉診療所」が今回の目的地の目印です。診療所の目の前に架かる橋で対岸へ渡って、川沿いを歩いていると・・・
川岸に民家のような建物を発見しました。基礎部分が妙に高いこの家屋こそ、今回の目的地「吉尾温泉公衆浴場」です。周囲には浴場の存在を示す看板など一切掲出されていませんから、予め存在を知らない限り、ここを訪れることはないでしょう。
この浴場は常時無人。玄関から中に入ると、上がり框の先の床に小さな笊が置かれており、そこへ直接湯銭を納めます。170円という細かな金額ですが、無人ゆえお釣りの用意はありませんから、予め小銭を準備しておきましょう。なお館内にはトイレが設けられていますが、ボットンである上、紙も備え付けられていません。
外から見ると不自然に高い基礎部分の内側に浴室があるんですね。玄関から螺旋階段で浴室へ下りてゆきます。浴室はちゃんと男女別に分かれていますが、その区分が壁にマジックで手書きされており、何とも言えない牧歌的な味を醸し出していました。
室内は脱衣室と浴室が一体になっている、九州の共同浴場ではよく見られるタイプの造り。脱衣ゾーンと入浴ゾーンを仕切る塀に棚がくくりつけられています。質素な造りですが、壁には扇風機が取り付けられていました。
入浴ゾーンは浴槽がひとつあるばかりの至って質素な構造。川岸に位置しているにもかかわらず窓が無いため、清流を眺めることはできず、まるで地下室に潜っているような感じです。室内の隅っこにはお風呂道具と一緒にデッキブラシなどの清掃道具も置かれており、地元の方々の生活臭が強く放たれていました。
簡素な浴場ですからシャワーのような設備はなく、掛け湯は桶で湯船から直接汲むことになります。シャワーはありませんが、水道の蛇口は2つあり、水栓金具は温泉に含まれる硫黄によって硫化され、黒く変色していました。
浴槽は人研ぐ石かそれに類した材質でつくられており、キャパは2人(詰めれば3人)で、一般的な浴槽より若干深くなっているため、肩までしっかり浸かれます。湯船の温度は38℃で夏向きの長湯仕様。長くじっくり浸かっていると、全身にうっすらと細かな気泡が付着しました。
浴槽にはバルブ付きの太い塩ビ管が配管されているのですが、配管から何かが流れているような気配はなく、バルブを開閉してみても特に変化はなかったので、この配管が何のために設置されているのか、よくわかりません。ではお湯はどこから供給されているのかと言えば、どうやら浴槽の底に敷かれた石板の下からどんどんお湯が噴き上がっているようなのです。浴槽の容量に対して供給量が多いらしく、湯船の切り欠けからは常時お湯が溢れ出ているほか、槽内底面にあいている穴からもオーバーフロー管を通じて排湯されていました。そして、私が湯船に入ると、洗い場が洪水状態になるほど、ザバーッと豪快に溢れ出てゆきました。お湯のサイクルが供給と排出のサイクルが早いため、お湯の鮮度は抜群です。
上段左側(最上)の画像が、お湯の供給元と思しき底の石板です。足元自噴なのか、はたまた温泉の供給配管を石板の下にもってきているのか、その辺りの事情はよくわかりませんが、温泉分析書には備考として「浴槽下から湧出の為、男湯浴槽から採水、調査を行った」と記されていますから、その文面から推測するに、この石板下から足元自噴しているものと考えるのが順当でしょうね。お湯はこの浴槽下のみならず、オーバーフローが流れる浴槽脇の排水溝の隙間からもお湯がチョロチョロと噴き上がっていました。この浴場は自噴する源泉の真上に建てられているんですね。
お湯は無色透明ですが、槽内の石材表面には薄く白い膜のようなもので覆われているように見え、湯中ではその膜が千切れたような白い半透明の浮遊物がチラホラと舞っていました。深めの湯船に浸かると湯面と鼻が近づくわけですが、その際には湯面から強くないものの明瞭なタマゴ臭が香り、お湯を口に含んでみますと芳醇なタマゴ味とほろ苦みが得られました。また浴槽表面のみならず、入浴中は自分の全身が卵白のようなゼリー状のタンパク質で覆われたような感覚に包まれ、ツルスベ浴管も実に良好です。40℃未満のぬるいお湯ですが、じっくり長湯していると体の芯まで温まり、あまりの気持ち良さに、湯船から出ようにも出られなくなるほど、後ろ髪を引かれる思いでした。
便利な設備はおろか窓すら無い、至ってシンプルなお風呂ですが、それだからこそ、邪念を一切振り払って湧出したての温泉と対峙できる、通向けの浴場でした。
単純温泉 38.6℃ pH8.2 30L/min(掘削自噴) 溶存物質0.415g/kg 成分総計0.415g/kg
Na+:94.0mg(90.58mval%),
Cl-:9.1mg(5.59mval%), HCO3-:227.0mg(80.98mval%), CO3--:13.5mg(9.81mval%),
H2SiO3:53.3mg, H2S:0.3mg,
(平成19年12月22日)
(浴槽下から湧出の為、男湯浴槽から採水、調査を行った)
肥薩線・吉尾駅より徒歩15分(約1km)、もしくは芦北町「ふれあいツクールバス」の大岩・白石線で「診療所」バス停下車。
熊本県葦北郡芦北町大字吉尾24番地3
7:00~19:00
170円
備品類なし
私の好み:★★★
この温泉は肥薩線の吉尾駅から徒歩圏内にある駅近温泉なのですが、普通列車しか停まらない無人駅であり、しかも列車の本数がとても少ないため、希望の時間帯に立ち寄ろうとしても、うまい具合に乗り継ぐことができません。私が当地を訪れるにあたって他の交通機関について調べたところ、芦北町で運行しているコミュニティーバス「ふれあいツクールバス」の大岩・白石線が、不知火海沿岸を走る肥薩オレンジ鉄道の佐敷駅から吉尾温泉を通って肥薩線の吉尾駅や白石駅を結んでおり、しかも私の旅程にぴったりな乗り継ぎが可能であることが判明しました。そこで、ちょっと遠回りになりますが、この路線バスを利用して吉尾温泉へ向かうことにしました。
まずは肥薩オレンジ鉄道の佐敷駅で下車。
駅前のバス停から芦北町の「ふれあいツクールバス」に乗り換えます。名前から想像できるように、通学時間帯にスクールバスとして使っている車両を、日中は地域住民の足として有効活用しているもので、私のような旅行者でも利用することができ、しかも運賃は無料なのです。このバスの存在を知った時には、無料で乗車できるということが信じられなく、事前に「本当に旅行者でも無料で乗車できるんですか」と町役場に電話で問い合わせしてしまいました。なお本来の目的はスクールバスですから、朝の通学時間帯は学生優先で、一般客が利用できないこともあるようです。時間通りに停留所へやってきたバスに乗り込みますと、地元のお年寄りが2人ほど乗車していましたが、途中からは私一人だけに。町に税金を納めていない私のような外来者が無料で乗せてもらうことに、ちょっと後ろめたさを覚えてしまいます。
なおこの「ふれあいツクールバス」に関する詳細な説明や時刻表などは芦北町の公式サイト(トップページ→「くらしの情報」→「住民利用バス」)でご確認ください。
芦北町の中心部を過ぎて平地を東進してゆくと、徐々に山間へと入って行き、途中でバス1台がやっと通れるようなワインディングの狭い峠道で分水嶺の山を越え・・・
1.5車線の狭い県道を走りながら、球磨川流域の小さな川や谷合いに点在するいくつかの集落を通り過ぎてゆきます。車窓にはいかにも日本の田舎らしい長閑な田園風景が続きました。途中で数名のおばあちゃんが乗り込み、役場の支所や診療所などで下車していきました。町の目論見通り、地域の交通弱者の足として役に立っているようです。
佐敷駅から約50分で、ようやく「吉尾温泉」のバス停に到着です。温泉といっても温泉街が形成されているわけではなく、谷合いの集落に数軒の温泉旅館が離れて点在しているばかりで、飲食店や観光名所などは無く、熊本県民ですらもその存在をご存知ない方が多いかと思われます。
谷底を流れる清流の吉尾川には、マスの魚影がたくさん見られました。こんなあからさまに姿を見せて、猛禽類やサギなどに狙われないのかな?
バス停から川をちょっと遡った対岸にある「町立吉尾温泉診療所」が今回の目的地の目印です。診療所の目の前に架かる橋で対岸へ渡って、川沿いを歩いていると・・・
川岸に民家のような建物を発見しました。基礎部分が妙に高いこの家屋こそ、今回の目的地「吉尾温泉公衆浴場」です。周囲には浴場の存在を示す看板など一切掲出されていませんから、予め存在を知らない限り、ここを訪れることはないでしょう。
この浴場は常時無人。玄関から中に入ると、上がり框の先の床に小さな笊が置かれており、そこへ直接湯銭を納めます。170円という細かな金額ですが、無人ゆえお釣りの用意はありませんから、予め小銭を準備しておきましょう。なお館内にはトイレが設けられていますが、ボットンである上、紙も備え付けられていません。
外から見ると不自然に高い基礎部分の内側に浴室があるんですね。玄関から螺旋階段で浴室へ下りてゆきます。浴室はちゃんと男女別に分かれていますが、その区分が壁にマジックで手書きされており、何とも言えない牧歌的な味を醸し出していました。
室内は脱衣室と浴室が一体になっている、九州の共同浴場ではよく見られるタイプの造り。脱衣ゾーンと入浴ゾーンを仕切る塀に棚がくくりつけられています。質素な造りですが、壁には扇風機が取り付けられていました。
入浴ゾーンは浴槽がひとつあるばかりの至って質素な構造。川岸に位置しているにもかかわらず窓が無いため、清流を眺めることはできず、まるで地下室に潜っているような感じです。室内の隅っこにはお風呂道具と一緒にデッキブラシなどの清掃道具も置かれており、地元の方々の生活臭が強く放たれていました。
簡素な浴場ですからシャワーのような設備はなく、掛け湯は桶で湯船から直接汲むことになります。シャワーはありませんが、水道の蛇口は2つあり、水栓金具は温泉に含まれる硫黄によって硫化され、黒く変色していました。
浴槽は人研ぐ石かそれに類した材質でつくられており、キャパは2人(詰めれば3人)で、一般的な浴槽より若干深くなっているため、肩までしっかり浸かれます。湯船の温度は38℃で夏向きの長湯仕様。長くじっくり浸かっていると、全身にうっすらと細かな気泡が付着しました。
浴槽にはバルブ付きの太い塩ビ管が配管されているのですが、配管から何かが流れているような気配はなく、バルブを開閉してみても特に変化はなかったので、この配管が何のために設置されているのか、よくわかりません。ではお湯はどこから供給されているのかと言えば、どうやら浴槽の底に敷かれた石板の下からどんどんお湯が噴き上がっているようなのです。浴槽の容量に対して供給量が多いらしく、湯船の切り欠けからは常時お湯が溢れ出ているほか、槽内底面にあいている穴からもオーバーフロー管を通じて排湯されていました。そして、私が湯船に入ると、洗い場が洪水状態になるほど、ザバーッと豪快に溢れ出てゆきました。お湯のサイクルが供給と排出のサイクルが早いため、お湯の鮮度は抜群です。
上段左側(最上)の画像が、お湯の供給元と思しき底の石板です。足元自噴なのか、はたまた温泉の供給配管を石板の下にもってきているのか、その辺りの事情はよくわかりませんが、温泉分析書には備考として「浴槽下から湧出の為、男湯浴槽から採水、調査を行った」と記されていますから、その文面から推測するに、この石板下から足元自噴しているものと考えるのが順当でしょうね。お湯はこの浴槽下のみならず、オーバーフローが流れる浴槽脇の排水溝の隙間からもお湯がチョロチョロと噴き上がっていました。この浴場は自噴する源泉の真上に建てられているんですね。
お湯は無色透明ですが、槽内の石材表面には薄く白い膜のようなもので覆われているように見え、湯中ではその膜が千切れたような白い半透明の浮遊物がチラホラと舞っていました。深めの湯船に浸かると湯面と鼻が近づくわけですが、その際には湯面から強くないものの明瞭なタマゴ臭が香り、お湯を口に含んでみますと芳醇なタマゴ味とほろ苦みが得られました。また浴槽表面のみならず、入浴中は自分の全身が卵白のようなゼリー状のタンパク質で覆われたような感覚に包まれ、ツルスベ浴管も実に良好です。40℃未満のぬるいお湯ですが、じっくり長湯していると体の芯まで温まり、あまりの気持ち良さに、湯船から出ようにも出られなくなるほど、後ろ髪を引かれる思いでした。
便利な設備はおろか窓すら無い、至ってシンプルなお風呂ですが、それだからこそ、邪念を一切振り払って湧出したての温泉と対峙できる、通向けの浴場でした。
単純温泉 38.6℃ pH8.2 30L/min(掘削自噴) 溶存物質0.415g/kg 成分総計0.415g/kg
Na+:94.0mg(90.58mval%),
Cl-:9.1mg(5.59mval%), HCO3-:227.0mg(80.98mval%), CO3--:13.5mg(9.81mval%),
H2SiO3:53.3mg, H2S:0.3mg,
(平成19年12月22日)
(浴槽下から湧出の為、男湯浴槽から採水、調査を行った)
肥薩線・吉尾駅より徒歩15分(約1km)、もしくは芦北町「ふれあいツクールバス」の大岩・白石線で「診療所」バス停下車。
熊本県葦北郡芦北町大字吉尾24番地3
7:00~19:00
170円
備品類なし
私の好み:★★★