アベノミクスが打ち出されて3年半が過ぎ、一時の株価上昇もここに来て、原油安、中国経済の低迷などの
長引く強風にあおられ、今一つ伸び悩んでいる・・ どころか、日銀のマイナス金利政策の影響が住宅ローン
金利の低下等にその効果が出始めていると言いながら、この住宅価格も建設費の高騰で販売戸数は減少している
という。 来年4月には、消費税10%が約束されており、はたして日本経済の再生は期待できるのでしょうか?
アベノミクスは、日本経済再生のための政策で、ある意味 弱者にとっては、それが“ガマン”の子である
ことが半ば前提とされていると思うのですが、これら多くの弱者のガマンの限界以内に再起できるかどうか、
不安が無いわけではありません。
トリクルダウンとは、富裕層が富めば経済活動が活発になり、その富が貧しい者にも浸透するという経済論で、
「富裕層や大企業を豊かにすると、富が国民全体にしたたり落ち(=トリクルダウン)、経済が成長する」
という仮説なんですね。 これまでずっととられてきた政策は、とりもなおさずこのトリクルダウンを目指し
推進してきていますが、グローバルな大企業の業績を回復させて来たものの、国内中小企業にまでなかなか
“したたり落ち”て来ず、潤っていないのはなぜでしょうか?
したたり落ちる
(トリップアドバイザーHPより)
makの好きな、三橋貴明氏ブログ(2016.1.6)に、テレビ朝日系の「朝まで生テレビ!」での
竹中平蔵元総務相・慶応大教授の仰天発言として、「アベノミクスの『元祖3本の矢』や『新3本の矢』に
ついて是非を評価。冒頭、「アベノミクスは理論的には百%正しい」と太鼓判を押しながら、アベノミクスの
“キモ”であるトリクルダウンの効果が出ていない状況に対して、『滴り落ちてくるなんてないですよ。
あり得ないですよ』と平然と言い放ったのである。」 「以前にも、竹中氏は〈企業が収益を上げ、
日本の経済が上向きになったら、必ず、庶民にも恩恵が来ますよ〉と言い切っている。 竹中平蔵氏が
トリクルダウンの旗振り役を担ってきたのは、誰の目から見ても明らかだ。その張本人が今さら、手のひら
返しで『あり得ない』とは二枚舌にもホドがある。」と厳しく評しています。
また、野村證券の用語解説には、「この理論は開発途上国が経済発展する過程では効果があっても、
先進国では中間層を中心とした一般大衆の消費による経済市場規模が大きいので、経済成長にはさほど有効では
なく、むしろ社会格差の拡大を招くだけという批判的見方もある。」と冷静に分析されていて、なるほど・・と
うなずく次第です。
冨山和彦氏(㈱経営共創基盤代表取締役)の記事にも、グローバル経済(G)とローカル経済(L)に
区分した分かりやすい分析がなされていました。 Gの経済は、自動車、電気製品、情報などの製造業や
IT産業などで、この領域は世界市場で激しい競争にさらされているので、世界規模で“規模の経済”が働き、
そのため資本集約的になり高度な設備、技術集約を持つ企業が有利であり、生き残った企業の労働生産性は
世界トップクラスで高賃金である。しかし、この(G)の領域の企業は生産拠点を世界最適値に置いているため、
必ずしも自国に大量の雇用を生まない可能性がある。また、自国のGDPにも寄与しないかもしれない。
一方、Lの経済は、非製造業やサービス産業で、この領域の多くは労働集約型なので、雇用を生み出しやすく
空洞化しにくいが、一方でサービス内容の良し悪しや価格の高低よりも、近場で利用しやすい、他に利用できる
店が無いなどの理由から、企業は生産性を上げる努力より地域密着型となり易く、生産性の低い企業やサービスの
悪い企業でも生き残れてしまう。 そして、GDPや雇用面から見ると、GとLのどちらが大きいかを見ると、
今や、Gの経済領域は約3割程度未満で、むしろLの経済が占める割合が大きい産業構造になっていると
指摘しています。 グローバル化の進展で、大手企業の多くが生産拠点を海外に移し、従来のピラミッド構造
(下請、孫請け)が縮小した今、ローカル経済の主役は圧倒的にサービス産業(交通、物流、飲食、宿泊、
小売り、卸、教育、医療、介護など)が主流となっているため、アベノミクスでGの経済が好調になっても、
トリクルダウンは起こらず、Lの経済は簡単には潤わないのだといっています。
ではどのようにするべきなのか? 冨山氏は、いくつかの提言をしています。 つまり、Lの経済に取るべき
成長戦略のテーマとして、“新陳と代謝の同時進行による労働生産性と賃金の持続的上昇”を挙げています。
新陳代謝とは、開業と廃業のことですが、廃業とは倒産のイメージではなくむしろM&Aを指しています。
日本は、中小企業のM&Aが非常に少ない国なのだそうですが、この事は、サービス内容も労働生産性も
良くない企業が淘汰されずに残る理由の一つだと指摘しています。 また、Gの領域で、高給取りの年収を
1割上げてもほとんど消費に繋がらないが、Lで働く多くの人の年収を増やせば大いに消費に還元されることが
見込めるとしています。
Lの経済領域を活性化する具体的施策として、 ①スマートレギュレーション(賢い規制)、②コンパクト
シティ化、③人材を地方に還流、④大学をL型へ転換、⑤ゾンビ企業を生き残らせない が提言されています。
① の賢い規制とは、サービス産業の最大の業種は、交通、医療、介護、保育などの公共サービスが主ですから、
規制が多いけれども、中にはあまり意味の無い規制があり、これらは、生産性の向上を妨げるので撤廃すべき
といっています。 しかし、労働集約的サービス業で規制緩和だけを進めると、過当競争が起こり、
低賃金で長時間労働を強いる生産性の低い企業が生き残り、先のバス事故や介護の現場では高齢者が犠牲に
なったりする。 既得権益保護につながる規制はもっと緩和すべきで、逆に、最低賃金・労働基準監督・
安全監督等に係る規制は強化すべきだと。 そして、複数の中小企業が連携することで、当該産業の集約化、
統合化、経営の効率化を図るための非営利ホールディングカンパニーを導入することも一案だとしています。
② のコンパクトシティ化は、その名の通り、ローカル経済圏で集約化を図ることで、雇用も集約化できる
体制とすることが重要だと言っています。山間僻地の集落をそのまま残すことは全体にとって好ましいとは
言えないとします。サービス産業は、密度が重要であり、物理的に集約を図るほかはないというのはもっともだ
と思います。 ③ は文字通りで、イノベーションを起こすのは人ですから、大都市に偏る人材を地方に還流する
政策を行うべきだと。 ④ の大学をL型へ転換するというのは、これまでのような、大企業で働くエリート
一辺倒ではなく、中小企業で活躍できる、技能向上とプロ意識が持てる例えば“プロフェッショナル人材を
養成する実学専門の職業訓練校”に改編することだと言っているのです。 もちろん、Gで通用する人材の養成も
必要ですから、「二山構造」とすべきだと。 ⑤ で言っているのは、銀行が通常の融資を控えるようになった
実質破たん状態の企業が、信用保証協会などから融資を受けて何とか延命を図るような制度は中止するべきで、
このような生産性の低い中小企業は穏やかな統合と退出を促すべきであるとするのです。 厳しいようですが、
つまるところこのようにすることがL型領域にとっての新陳代謝となるのですね。
冨山氏は、結びのところで次のような内容で締めくくられています。
人口減少は日本経済にとって何ら致命的なことではなく、これまでの発展はすなわち生産性の向上によるもので
あるから、ここに、ローカル経済圏の生産性向上がまさに重要となっており、この分野の改善余地は十分にあり、
むしろ千載一遇のチャンスだと。 人余りの時に生産性を上げると失業が発生し社会問題化しますが、
昨今の日本の地方は人手不足であり、今こそイノベーションと生産性革命の絶好の機会であるのだと。