今日12月23日は、天皇のお誕生日で、満84歳を迎えられました。 昨年夏に退位のご意向
(お気持ち)が示されて後、政府並びに各方面で 退位に関する法的その他の検討や会議が
行われ、先頃(12月1日)開催された皇室会議にて、『平成31年4月30日に譲位して5月1日に
改元する』ことが決まりました。
天皇の譲位は、江戸後期の119代光格天皇(1771~1840)以来、約200年ぶりとなるのだ
そうです。
何かと報道されることも多く、元号、休日等身近な関心事もあり、多くの人々が注目する
ところとなっています。 今日の一般参賀への人出は例年よりも多いのではないかと想像
されます。
一般参賀(平成28年)
(ネット画像より)
天皇は、昭和64年(1989年)1月7日に践祚(せんそ)され、第125代目の天皇になられ、
元号が『平成』となったことを公表された 小渕官房長官(当時)のテレビ映像は今も忘れ
難い想い出です。元号がかわる瞬間を2度体験できることになります。
天皇に関して特に思うのは、「象徴天皇としての役割」をどのように捉え、それを実行
するか、常に模索され 真に考えられて、一つひとつの行為を積み重ねられ、それらの中に
それぞれの務めを果たしてこられたその姿が、すなわち「象徴」としての務めであった
のでしょう。
憲法第4条の『国政に関する権能を全く有さない』の制約は、このお立場からして相当に
重いものであったと思料されます。「退位」についても、天皇の指示(意見)であっては
ならず、「お気持ち」を政府が独自に立案するなどの解釈がとられ、譲位に当たっても、
天皇が直接皇太子に引き継ぐことは、やはり、この規定に抵触する可能性があることから、
「剣璽等承継の儀」に際しても、天皇は4月末に独自の行動をとられ、翌日、皇太子がそれ
を受け取るなど、回りくどい方法が検討されているという。
まことにつまらぬことですが、私がリタイヤして目黒にある会社に勤めていたお昼休み
に、上大崎交差点の側で何気なく見ていた時、突然白バイの先導で黒塗りの乗用車が近づ
き、周囲には誰もいない、そんな時、黒塗りの中を注視してみましたら、ナント天皇陛下
が窓側に見え、とっさに右手をまっすぐに伸ばしましたら、車の中からこちらを向いて
手をかざされ 一瞬目が合ったのでした。 ただそれだけのことですが、予期せずのことで、
印象深く今も残っています。
天皇誕生日に際しては以下の行事が行われるのだそうです。
『 宮中では、祝賀の儀、宴会の儀、茶会の儀、一般参賀が行われる。
- 伊勢神宮を始め、各地の神社では天長祭が行なわれる。
- 海上自衛隊では、基地・一般港湾等に停泊している自衛艦において満艦飾が行われる。
- 海外の日本大使館等の在外公館ではナショナルデーとしてレセプションが行われる
(当日ではない)。 』
昭和23年(1948年)までは、天皇誕生日は、天長節(てんちょうせつ)と呼ばれていた
のでした。
満艦飾 (平成27年)
(ネット画像より)
ところで、2017年(平成29年)6月16日に公布された『天皇の退位等に関する皇室典範
特例法』では、附則第10条に国民の祝日に関する法律の改正も盛り込まれていて、同法の
施行による皇太子徳仁親王の即位に伴い、2020年からは、天皇誕生日も2月23日に変更され
る予定とあります。
“ 変更に伴い、政府は国民の祝日である天皇誕生日の「12月23日」について、天皇陛下
が2019年4月30日に退位された後、当面は新たな祝日とせずに平日とする検討に入った。
なお代替わりとなる2019年は、2月23日は皇太子徳仁親王の天皇即位前、12月23日は今上
天皇の退位後のため、天皇誕生日は設定されない見込み。” とあり、2019年は、天皇
誕生日は無いということになります。 また、現天皇誕生日の12月23日は、退位後平日と
し、祝日とするかどうかは、国民の意見などを聞きながら検討するといっています。
なお、明治天皇の誕生日は、11月3日「文化の日」、昭和天皇は、4月29日の「みどりの
日」として休日となっています。 明治天皇は、崩御から15年後(1927年)に明治天皇を
偲ぶべく「明治節」として新たに祝日として制定されたのです。
戦後(1948年)、11月3日は「国民の祝日に関する法律」によって「文化の日」と改め
られました。この日は日本国憲法の公布日で、これを記念する祝日として位置付けられて
いるといいます。
また、昭和天皇の誕生日である4月29日は、崩御した1989年に植物学者だったことから
「みどりの日」として新たな祝日となり、2007年には「昭和の日」と改められ、「みどり
の日」は5月4日とされたのです。
今上天皇即位 正殿の儀(Celebration parade His Majesty the Emperor)がありました。