これまでにもさんざん言われてきたことですし、「異次元の少子化対策」もありました
ので、今さら何を‥という感じも否めませんが、少し前に手元に届いた会報に『これからの
少子化対策』(柴田悠氏、京都大学大学院人間・環境学研究科教授)と題した提言があり
ました。
内閣府では、「少子化社会対策大綱」(令和2年5月29日閣議決定)別添に、施策の具体的
内容が39ページにわたり網羅されており、施策に関する数値的目標も記されています。
この中では、雇用環境の改善、働き方改善、結婚支援の取り組み、保育、教育支援など
網羅的に記述されてそれはそれで結構かとも思いますが、今一つズバッとした視点での切込
みにかけるように感じられ、言葉は適切ではないかもしれませんが、枝葉の繁りに比べて、
幹が細いような感じがします。
(イメージマートより)
それに比べて、会報での提言は、かなり荒削りの感はありますが、統計的分析、推論から
ズバリ太い幹が示されているように思いました。
これまで言われて来た少子化対策は=子育て支援策? みたいな感じがしていましたので、
会報記事での提言は概括的ではあるものの、革新的ポイントかも・・と思いましたので、
ここに紹介する次第です。
そもそも、高学歴化による「育児の心理的・経済的コストの上昇」「価値観の自由化」は、
社会の近代化の当然の流れで、少子化は避けられない‥との前提は揺るがないのですが、
特に日本では、これらの傾向の他に ①「男性稼ぎ主モデルの長時間労働」 ②「長時間
労働の割に所得低迷」 ③「育児の家族負担が重い」によって、他の先進国よりもさらに
低出生率になっていると指摘されています。
で、ここに挙げた3つの視点から、今後どのような対策を取るか・・について提言されて
いるのです。
先ず①の「男性の長時間労働」について、他の先進国に比して長く、1985年以降30年間を
見てもほとんど変化していないというのです。 一方、2020年代から、若い未婚女性の
「結婚・出産をして仕事も続けたい」との志向「共働き・共育て」が主流であるにもかか
わらず、現実には共働き・共育てが出来そうになく、結果として仕事を選ぶ・・。 この
背景に、男性の長時間労働があるというのです。 結婚しても夫が長時間労働でであれば、
結局、家事・育児は自分の負担となり自分のキャリア形成が困難になる・・だから、結婚は
諦める。
したがって、「男性稼ぎ主モデル長時間労働」から「共働き・共育てモデル」に更新して
男性の労働時間を減らすことが重要であるというのです。 実際、内閣府の調査で、夫の
収入が変化しない条件下で「夫の労働時間・通勤時間」が減ると「夫の家事時間・育児時間」
が増え「妻の出産意欲・出産確率・子ども数」が増える傾向があると報告されています。
このことから、「収入低下を伴わずに、労働時間を減らして行く」対策を講じる必要が
あります。
デジタル化やテレワーク、フレックスタイム、ジョブシェアリング、労基法改正などに
より働き方の柔軟化・効率化を進めて労働生産性を高めることだとあります。 働き方の
柔軟性・効率化支援が充実している国の方が国民全体の幸福感が高いそうで、幸福感が高い
方が出生率が高いそうです。 働き方の柔軟化支援が乏しい、米国、オーストラリアなど
では、育児による幸福感の低下がみられるが、柔軟化支援が充実している北欧、フランス
などでは、そのような幸福感低下は見られないそうです。 日本では、「育児による幸福感
低下」は女性のみで見られるとあり、これは育児負担が妻ばかりにのしかかると・・。
著者の分析では、収入低下を伴わずに平均労働時間が年235時間(週平均5時間)減ると
出生率は0.44上昇する(OECDデータによる)とあります。
次に②の所得低迷については、先ず、男女ともに高所得や正規雇用者の方が結婚しやすい
傾向にあり、妻が正規雇用者の方が第1子が生まれやすいとの報告があります。働き方の
柔軟化・効率化、労基法改正、労働移動促進などにより生産性を上げ、さらに年功序列から
職務給への転換、同一労働同一賃金、非正規雇用の正規化などによって若者の所得を増やす
ことが重要。 賃上げと職務給が進むと出生率は10年後に0.2上がると推計されています。
最後の③「育児の家族負担の重さ」について、先進諸国に比べて、高等教育費の家計負担
が大きく、給付型奨学金が少ないことが指摘されています。
著者の「学生一人当たりの高等教育費の政府負担が増えると出生率がどう変わるか」の
分析によれば、全学生に一律年間61万円(国立大学相当)の学費を政府負担とすると、政府
支出は年1.8兆円増えるが出生率は約0.09上がると試算されています。
さらに、この家族負担には、保育サービスを自由に利用できないことによる幼児期の育児
に関する身体的・心理的負担も重大であり、これについてはすでに政府は、過去15年にわた
って保育定員を約100万人増やし、年間政府支出は約3兆円増加したが、それにより、女性の
生涯未婚率が5.5ポイント下がり、出生率は0.1上がり約10万人増えたと推計されています。
また、育児休明けで保育ニーズの高まる1~2歳保育の定員を約40万人増やすと出生率は
0.13上がると見込まれています。なお、「加速化プラン」で、年1.2兆円規模の政府施策が
決定されていますが、これによる出生率引き上げ効果は約0.1と試算されています。
諸外国の合計特殊出生率推移
上記、①~③の施策を実施したとすれば、試算上は、①で0.1~0.2、②では0.2、③は
0.09+0.13となり、合計0.52~0.62上昇することになり、G7でも上位にランクするように
なる。これに要する財源は経済成長の阻害要因として影響が少ない資産課税(相続・贈与・
固定資産税)などを視野に入れながら、消費税、社会保険料などとの財源ベストミックスを
探ることになると考えられています。
まぁ、統計的な見方ではありますが、確かに、男性の長時間労働というのは、そういう
面に大きな影響があるということが分かりました。
【専門家に聞く】エビデンスに基づく少子化対策とは⁉︎【京都大学教授・柴田悠さん】