相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

鎌倉に「東身延」と呼ばれる「妙厳山本覚寺」

2016-12-08 17:04:10 | 寺院
鎌倉市小町に「東身延」と呼ばれている日蓮宗の本山「妙厳山本覚寺」はある。創建永亨8年(1436)。源頼朝が建てた「夷堂」があったこの地に日出僧侶が時の公方「足利持氏」の勧めで建立。本尊は運慶作の釈迦三尊である。身延山の「久遠寺」より日蓮上人の分骨を祀っている。また目の病を治癒してくれる寺として「日朝さま」として親しまれていることや、江の島七福(神夷神)のひとつであることで知られる。現在の境内の伽藍はほぼ近代なってからのもので、楼門造りの「山門」(仁王門)が江戸時代の創建で最古である。境内正面には大正時代の創建の総欅作りの「本堂」である。日蓮聖人のご分骨を安置する「分骨堂」、日蓮上人が滞在して布教を再開した「夷堂」は蛭子神社に合祀され現在のは昭和56年(1981年)に再建された。その他境内には高床式の「八角堂」、市の文化財となっている「梵鐘」がある。9月に美しく咲く樹齢100年超のサルスベリ、数々の伽藍は本山に相応しい寺域を形成している。(1611)










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鎌倉小町の鎮守「蛭子神社」

2016-12-08 10:39:09 | 神社
鎌倉市小町に小町の鎮守(氏神)として本覚寺の守護神として崇敬されてい「蛭子神社」はある。創建は不詳だが本覚寺創建(永享8年=1436年)の以前より夷堂の横にあり「夷三郎社」と称されていたので700年前位になるだろうか。本尊は大己貴命。明治の神仏分離により本覚寺にあった「夷三郎社」(夷堂)がここに遷され「七面大明神」と「山王大権現」を合祀し「蛭子神社」とした。なった。「鳥居」を抜けると1874年(明治7年)に「鶴岡八幡宮」末社の今宮(新宮)のものを譲り受けたといういかにも古そうな「社殿」がある。その横は真黄色に黄葉した銀杏が境内を彩っていた。(1611)






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