鎌倉市小町に中山法華経寺を旧本山とする「鍋かむり」で知られる日親ゆかりの日蓮宗総寺院「叡昌山妙隆寺」は鎮座する。創建は至徳2年(1385)。この一帯は鎌倉幕府の源頼朝御家人の千葉常胤の子孫「胤貞」の別邸「千葉屋敷」跡に祖先追福のため七堂伽藍を建立が興りである。中山法華経寺の日英上人が開山。足利将軍家の日蓮宗への改宗を目論み、永享12年(1440)立正治国論を著して直訴を試みたが投獄され、拷問を受けた際に灼熱の鍋を被せられたまま説法されたことから「鍋かぶり上人」、「鍋かぶり日親」と呼ばれている。本尊は釈迦牟尼仏。日蓮聖人辻説法跡地前の右手に位置し「寺号標」(寺門)から参道中ほどに構えられた「山門」を抜けると正面に入り母屋づくりの「本堂」、その左手に「寺務所・札所」がある。「本堂」右手には百日寒行をした「血の池」跡が残されている。当寺は鎌倉七福神の寿老人を祀っている。(2206)
相模原市南区相武台の団地の花壇の一画に植栽されている「クチナシ」が香りある白い花を咲かせ始めている。花弁はぽってりと他の花とは異なり肉厚である。「クチナシ」はアジア原産でアカネ科クチナシ属に属する常緑低木、6~7月に葉腋に1個ずつ白色の花を咲かせる。咲き始めなのかピンクがかった花もあり、後に黄色く変化するのだろうか。この花は何といっても初夏に甘く強い芳香を有することが特徴で、花の形には一重咲と八重咲とあるが。「クチナシ」の花の香りは香水にもよく使われるほど世界中で愛されている花である。(2206)
鎌倉市大町に比企谷妙本寺を旧本山とし「ぼたもち寺」と呼ばれている日蓮宗寺院「慧雲山常栄寺」は鎮座する。創建は慶長11年(1606)。鎌倉時代からあった草庵を日祐尼が開基、日詔上人が開山。本尊は三宝祖師。寺伝には鎌倉時代に「源頼朝」が山上に由比ガ浜を遠望するため創った「桟敷」が興りである。文永8年(1271)に「日蓮上人」が「瀧の口法難」にあって刑場に引かれていく時、ここに住んでいた桟敷尼が「ぼた餅」を捧げたことに由来し、寺号はその「桟敷の尼」の法号「妙常日栄」に因んでいる。妙本寺山門前を右折した右手一角に赤い「山門」構えられている。境内正面に独特の屋根を有する「本堂」右手に「庫裏」がある。さほど広くはない境内の一角に「これやこの法難の祖師に萩の餅ささげし尼がすみしところ」の碑が建てられている。幾度となく訪れているこの寺は「ぼたもち寺」という別称にいつも上人に思いを馳せる。(2206)