伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

朗読者

2009-06-14 17:54:45 | 小説
 第2次大戦中強制収容所の看守だったハンナの行為とその後の人生を、15歳の時それと知らずに深い関係になり溺れたがハンナに去られて傷心して法学部に入りそのゼミでハンナの裁判を見守ることになったミヒャエル・ベルクの視点から描いた小説。2008年に映画化され、ケイト・ウィンスレットがオスカーを手にすることになった「愛を読むひと」の原作です。
 表面的には、ハンナの行為、特に裁判で問題となった移動中のユダヤ人たちを収容中の教会が爆撃により火事となったときに鍵を開けずにユダヤ人たちが焼死するに任せたことを、どう捉え、どう裁くか、加害者であるハンナは、そしてハンナを見守るミヒャエルはそれとどう向き合うかがテーマとなっているように見えます。ドイツで強制収容所の看守、その裁判を扱う以上、そのような位置づけがなされることとなるでしょう。
 しかし、字が読めないことを恥じ、それを知られぬために昇進の話が出る度に職を変わり結局はナチの看守に応募して戦犯となるハメになった挙げ句、裁判でもそれを隠すために真実に反してより重い責任を背負い込むハンナの人生のありよう、ハンナの煩悶と希望、努力、そして失望が、作品のより大きなテーマとなっています。
 そして、15歳にして、21歳年上の女性との性生活に溺れ、いきなり肉体関係から入った女性との関係とハンナの失踪によるその突然の終了への傷心の経験がミヒャエルに及ぼした影響と、ミヒャエルのその後のハンナを含む女性との人間関係の間合いの取り方が、たぶんさらに大きなテーマとなっていると思います。恋人とも、そして妻とも幸せな関係を築きそこねたミヒャエルが、しかし、ハンナとの関係においても、15歳の幸せな想い出の世界を壊したくないのか、実は強制収容所の看守として罪を犯していたことを許せないのか、面会をすることもなく、ハンナが努力して字が書けるようになっても手紙を書くこともなく、ただ文学作品を朗読したテープを送り続けるという一種の先送り/逃げの姿勢にとどめることを、どう評価するか。そのあたりこそがこの作品の小説としての読みどころのように思えます。その意味で、戦争犯罪を扱った小説というよりも、人間関係のありようを考えさせる小説と、私は読みました。
 仕事がら、そのテーマとは別に、ハンナの裁判で、ハンナの思い、法廷での言動、それが真実に反して重い責任の認定に至った経緯、弁護人がハンナが字が読めないことやそれを恥じてそれを知られぬために嘘を言っていることに気がついていない様子を見るにつけ、被告人と弁護人の意思疎通を欠く裁判の恐ろしさと、刑事弁護の難しさと重さを改めて感じます。


原題:Der Vorleser
ベルンハルト・シュリンク 訳:松永美穂
新潮文庫 2003年6月1日発行 (単行本は2000年、原書は1995年)
コメント (2)
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