伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

怒り 上下

2017-03-02 00:41:53 | 小説
 八王子郊外の新興住宅地で発生した壁に血で「怒り」の文字が残された夫婦惨殺事件の容疑者山神一也が逃走潜伏し続け、それを追う刑事たち、手配写真と似た特徴を持つ出自不明の若者の周りで殺人犯ではないかという疑いを持ちながらその正体不明の若者とかかわる千葉/東京/沖縄の人々を描く小説。
 体裁は、殺人事件の捜査を軸としたミステリーですが、ミステリーとして読むよりも、自らと関係がない事件とその報道を契機に身近な者を疑い、信じきれないことに憔悴しやりきれなく思い後悔する心情、自分をそのままに信じ受け入れてもらえない者の悲しみといった人間の情を読む作品だと思います。出自/過去/その他の事情を隠し、また自己の内心を語らないまま、すべてを信じ受け入れてくれないと、嘆くのは、甘えではないか、それを丸ごと受け入れなければ親として(洋平の場合)、恋人として(優馬、北見の場合)関係を維持できないというのでは浮かばれない/やってられないという思いもありますが。
 まったく落ち度のない夫婦が惨殺され、その殺人事件の真相も明らかにならないという設定で体感治安の悪化を印象付け、沖縄では自分が経営する民宿で基地問題を語り那覇にデモに行く辰也の父を客が聞き飽きて逃げ出し息子の辰也に疎ましがられる存在として描き、辰也にそんなことをしても変わらないと言わせ、米兵のレイプ被害を受けた女子高生泉には告訴しない「私はそんなに強くない」と言わせる。沖縄の運動に冷ややかな視線を送り、闘わない者の闘わない理由の方に同調のサインを送る、なんかいやらしさを感じるなぁと思ったら、読売新聞朝刊の連載小説だそうな。掲載媒体への媚でしょうか。


吉田修一 中央公論新社 2014年1月25日発行
コメント
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