伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

新富裕層の研究 日本経済を変える新たな仕組み

2017-03-09 00:03:52 | 実用書・ビジネス書
 インターネットが基本的なインフラとなり、すべてのものやサービスがネットでやり取りされるようになった今、ネットのインフラを駆使すれば、自分で何かを作り出さなくてもすでに世の中に存在しているものをうまく集めてくるだけでビジネスを立ち上げられるようになっており、事業所や製品、従業員等を用意する多額の投資をする必要はなく、ただニーズを読み取った新たなアイディアがありそれを迅速に事業化できれば、新たな富を作り富裕層になることができるという、起業のすすめ。
 シェアリング・エコノミー、例えば Airbnb (民泊の仲介)、Uber (運送の仲介)が典型例として挙げられています。多数の一般人が保有している家(空き室)、自動車と提供者による空き時間の労働を利用して、利用希望者とサービス提供者(こずかい稼ぎ希望者)をマッチングして手数料を取るビジネスモデルです。サービスのための施設(宿泊施設や自動車)もサービスをする従業員も所持・雇用することなく、用意する施設はネット上の登録・予約システムだけ、それで相手にするのは客も提供者も分断され孤立した個人ですから力関係で優位に立ち好きなように立ち回れるという、経営者にとても都合のいいビジネスモデルです。客の立場からすれば、正体不明の個人の家に泊まったり、正体不明の人に自分や大切な荷物を運んでもらうことには相当なリスクがあります(民泊だと合鍵で侵入されたり、盗撮カメラが仕掛けられていたりしないでしょうか…)。「シェアリング・エコノミー」でない事業者の場合、著者が煩わしがる、起業の障害となる事業所の確保、施設への巨額の投資があればこそ、簡単には逃げられないから、評判を落とすようなまねはしないだろうという点で一定の信用を確保でき、また長期雇用の従業員にサービスさせるから従業員が悪事を働かないだろうと信用できるわけです(もちろん、リスクがゼロではありませんが、相当程度小さいと考えられるわけです)。シェアリング・エコノミーの事業者(仲介者)がサービスの質を維持しようと思えば、登録者を契約で拘束し、マニュアルを徹底しということになっていくでしょうが、そうなれば、サービス提供者(登録者)は実質的には雇用された労働者に近い拘束を受けながら、「個人事業者」として「業務委託」を受けているという形式(建前)故に労働者としての保護を受けられないということになりかねません。サービス提供者側は、言ってみれば登録型日雇い派遣という究極の不安定雇用の「業務委託」版です。労働者として保護されないのですから、日雇い派遣労働者よりもさらに保証/保障がない、それが「雇用によらない働き方」の正体です。シェアリング・エコノミーに限らず、著者はたびたび、これまでの起業では過剰雇用のコストが高い、日本の労働法制下では原則として解雇が禁じられている、と文句を言い、「タクシー代わりに自分の車を提供する個人は、あくまで個人の判断ということになりますから、どこまでが不当な労働なのかを決めることも難しくなります。」(66ページ)などと述べていることからして、まさに労働者としての保護を受けさせない形でサービス提供者を安いコストで使いこなすことが、著者がいう新たな起業/新富裕層の決め手とも言えそうです。
 「三木谷氏もベンチャー企業には労働基準法は適用すべきではないと発言して、物議を醸したこともあります。筆者自身もサラリーマンから起業家に転身した経験がありますから、この感覚は実感としてよく理解できます。事業が軌道に乗るまでの2年間は、毎日、深夜残業があたりまえであり、大晦日と正月以外に仕事を休んだ記憶はありません。」(29ページ)というくだりには、著者の姿勢がよく表れています。経営者として自分がどれだけ働こうがまたどのような考えで働こうが、それは自由です(私も、個人自営業者ですから、残業代請求事件の依頼者の大半よりも長時間働いていますが、それは自己責任だと考えています)。しかし、労働者にそれを求めることは筋違いですし、ましてや労働基準法を適用すべきでないなどという身勝手な主張を正当化する余地はまったくありません。過労死の事件とかがあると、自分はそれ以上働いていたが大丈夫だったなどと言いたがる輩がいますが、体力や適性は人によりさまざまだという当然のことも理解できず、他人の体力やストレスなどの事情に思いをはせる想像力もコミュニケーション力もないことを宣言しているだけです。こういう人物に雇用されている労働者や「個人事業者」として付き合わされている/こき使われている人はとても不幸だと思います。
 強欲な経営者にとって夢のような労働者いじめ/切り捨てを容易にする「新たな仕組み」を推奨し、ネットで用意できる他人の財産や労力を、仲介ビジネスで中間搾取して儲けようという幻想を振りまき、それが実現すれば使われる側に多くの不幸なものを生み出すというのが、著者の主張の先行きにある未来だと、私は考えてしまいます。


加谷珪一 祥伝社新書 2016年9月10日発行
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