伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

密着 最高裁のしごと 野暮で真摯な事件簿

2017-03-07 02:10:57 | 人文・社会科学系
 毎日新聞の最高裁担当(司法記者クラブ)記者が、4つの裁判を取り上げて、最高裁の「しくみ」を説明する本。
 民事裁判では、DNA鑑定によって親子関係がないことが証明された子を母親が親権者として代理して法律上の父親(元夫)に対して親子関係不存在確認請求をした事件(最高裁は訴えを認めなかった)、夫婦別姓を認めない国に対する損害賠償請求事件(最高裁は夫婦別姓を認めない現行民法は合憲と判断した)を、刑事事件では、裁判員裁判による1名の強盗殺人事件(被害者が死亡しなかった余罪多数)での死刑判決を高裁が覆した事件(最高裁は高裁の判断を追認)と、裁判員裁判による発達障害を抱えた被告人の殺人事件での発達障害を刑を重くする事情として検察官の求刑を超えた判決を高裁が覆した事件(最高裁は高裁の判断を追認)を取り上げています。
 取り上げられた4件の事件の内容や最高裁の判断については、ほどほどの説明がなされ、これらの裁判について知るという点では、適切に思えます。しかし、書かれている内容は、事件の当事者に取材した部分を除けば、判決を読めばわかることですし、この本の目的とされる最高裁の審理・判断の「しくみ」に関しては、掘り下げた記述はなく、私が期待した、最高裁担当記者として最高裁裁判官や最高裁関係者に取材して引き出したと思われる情報はなく、私にとって新情報はありませんでした。その点で、せっかく最高裁担当記者が書くのなら、最高裁に食い込んだ独自取材で書いて欲しかったなという欲求不満が残ります。
 1審、2審の合議体(裁判官3人)での判決について、「各裁判官の意見が分かれることを、俗に『合議割れ』というのですが、合議割れの判決というのは1、2審ではありえないわけです。(略)きっと全員一致になるまで、とことん議論を尽くしているのでしょう。」(30ページ)と書かれています。最後の一文は皮肉ですけど、それにしても著者は1審、2審では現実は疑わしいものの「建前としては」全員一致でなければならないのだと誤解しているようです。裁判所法は、「裁判は、最高裁判所の裁判について最高裁判所が特別の定をした場合を除いて、過半数の意見による。」と定め(裁判所法第77条第1項)、さらに意見が3つ(以上)に分かれた場合の決め方も定めています(裁判所法第77条第2項)。法律上、1審、2審判決の合議割れは予定されていますし、それで構わないわけです。ただそれを判決上記載しない、合議の内容は秘密だというだけです。司法記者クラブの記者が、刑事事件には詳しい(基本的に刑事裁判に関心を持ち、また警察担当をしてから司法記者クラブに来ることが多いため)ものの、民事裁判や裁判一般については基本的な知識に欠けることが多いのは、日弁連広報室時代(って、ずいぶん昔。1989~1993年)に身に沁みましたが、本を書くのならきちんと勉強して書いてほしい。
 刑事事件では、どちらも裁判員裁判の量刑を高裁が覆し最高裁が高裁の判断を追認したケースを取り上げています。マスコミの多くが、裁判員裁判の尊重を主張し、職業裁判官がそれを覆すことに批判的で、著者も同様の書きぶりです。「市民感覚」というけれども、長い陪審制の歴史を持つアメリカでも市民による陪審が判断するのは有罪・無罪だけで有罪の場合の量刑は職業裁判官が決定しています。この本でも「世界で唯一、日本だけが、一般市民に死刑の判断まで迫る制度設計になっているということです」(188ページ)と書いています。本来、一般市民の裁判員に量刑判断をさせることの方に無理があるのではないかということを、そのような制度を取っているのが世界中で日本だけだというのに、まるで論じようとしない態度の方にこそ、私は大きな疑問を持ちます。


川名壮志 岩波新書 2016年11月18日発行
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