伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。今年も目標達成!

アート・ロー入門 美術品にかかわる法律の知識

2021-07-13 23:30:10 | 人文・社会科学系
 美術品の売買やそれが贋作だった場合の処理、盗難・略奪美術品の取り戻し、美術展の開催や展示などでの美術品利用、美術品をめぐるビジネス、美術品をめぐる紛争の際の裁判や仲裁など、美術品に関するさまざまな場面での法律を、日本法に加えて、多くの場面でイギリス法とアメリカ法ではどうなるかを解説した本。
 前半は、美術品の取引、所有権をめぐって、所有者が盗難や戦時中のナチス等による強奪で美術品を奪われてその後第三者が購入している場合の処理を含めて解説していて、戦時中の強奪、特にナチスによる強奪の場合には、通常の民法的な処理とは異なる法令/方向性があること、英米法と一括して捉えられがちなイギリス法とアメリカ法でも取引法レベルでさまざまな違いがあることがわかり(法律家業界の人以外の読者には、どう違うんだよとか、そこが違ったから現実にどれだけの意味があるんだよと思われるかも知れませんが)、勉強になりました。美術品の保険に関しても、イギリス法では保険契約者の告知義務が非常に厳しく、重要な情報を保険会社に告知しなかった場合、保険契約者が意図的でも無頓着でもなくても(つまり故意・過失がなくても)保険会社はその重要な情報を契約時に知っていた場合にどうしたかに合わせて契約の取消や変更ができるのだとか(さすが、ロイズの国。保険会社優先の法制ですね)。で、海外から借り受ける美術品等に関する保険契約約款には日本の保険会社もイングランドの法及び慣習に準拠するとしているけれども、東京地裁は告知義務違反の効果は保険会社の責任の問題ではなく契約成立の問題で契約成立の問題には日本法が適用されるとしてイギリス法の適用を排除して告知義務違反による契約解除という保険会社の主張を退けたのだそうです(141~143ページ)。業界外の人には何のことかわからん、だからどうよってところでしょうけれど、弁護士にとっては、大変興味深い。もっとも、前半は、法律の知識よりも、日本では美術品の売買はオークション等のオープンな場ではなく美術商の協同組合が行う非公開の業者交換会で行われることが多く、そこでは買主の代金支払債務を組合員全員が保証する(代金は組合が払う)ことになっている(82ページ)、オークションでは出品者が最低売却価格を設定した場合その価格まではサクラが参加し、オークションハウスはそのことを規約に規定して入札参加者に知らせることになっている(102ページ)、クリスティーズのオークションで史上最高額約4億5000万ドルで落札された売主の取り分は、落札手数料や保証業者の手数料などを差し引かれると約1億3500万ドルだろうと言われている(116ページ)など、美術品取引の実情に関する話の方に興味を持って読みました。
 後半は、著作権をめぐる話が中心になります。著作権では、保護期間をめぐって、基本は従来は著作権者の死後50年だったため2018年12月29日までに死後50年が経過していたものは保護されないが、2018年12月30日時点で保護されていたものは死後70年に延長された、しかしそのカウントは第2次大戦の連合国の著作者の場合戦時加算で3794日(10年5か月ほど)延長して行う(162ページ)、映画の著作権は公表後70年だがその法改正は別の時期(2004年1月1日基準)なのでまたカウントが違う(225ページ参照)とか、興味深いと言えば興味深いですが、面倒で頭が混乱しそうです。著作権関係では、外国の制度の話で、著作者が美術品を譲渡した後も転売されるたびに一定のロイヤルティを受け取れるという芸術家追及権がEUをはじめ多くの国(80か国以上)で定められているけれども日本やアメリカではその制度がなく、日本国内では芸術家追及権導入を支持する声はあまり聞かれない(195~197ページ)ということに興味をそそられました。要するに才能ある芸術家が画商等に買い叩かれて安く手放したがその後才能が評価されて画商がぼろ儲けしたというときに、その芸術を生み出した芸術家に還元するのか、中間でぼろ儲けした著作権ビジネス業者だけが潤うことを野放しにするのかということです。日本で芸術家追及権に関心が高まらないのは、著作権擁護を声高に言う人たちが、芸術家を保護することではなく、著作権ビジネスで儲けることの方に(そればかりに)関心を持っているためだと、私は思います。
 さまざまな領域の解説があり、いろいろと勉強になる本ですが、ミスがいくつか目に付きます。88ページ下から6行目の「買主」は「売主」の間違い、130ページ下から3行目の「借主」は「貸主」の間違い、設例でも289ページ7行目の「Aの使者」は「Bの使者」の間違いなど、読んでいて「?」と思うことが何度かありました。そういうのはちょっと残念です。


島田真琴 慶應義塾大学出版会 2021年4月15日発行
 
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